第19話 怒られ上手ー番外編ー

 私は調剤薬局の事務をしているので、日ごろの業務と言えば

患者さんから処方箋を受け取ってその内容を入力する係か、薬剤師さんが

スムーズに投薬できる準備をする係か、もしくは調剤室で薬剤師さんの補助

(ピッキング)をする係か、大まかにその3業務をローテーションで回している。


もちろん電話が鳴れば出るし、お薬手帳のシールが切れれば取り換える。

あいだに細々した雑務を挟みながら、午前中は水分補給の時間も取れないほど

忙しい時もある。


ある日、高齢のご夫婦が来局された。

奥さんの診察にご主人がついて来られたようだ。

処方箋を預かるときに、奥さんのほうが「タクシーお願いします」と言われたので

領収書も薬袋も薬情もすべて揃って、薬剤師さんが名前を呼び、薬の説明を始めた

時にタクシー会社に電話をかけた。

すると、その電話を切るか切らないかくらいのタイミングで、ご主人がトイレに

向かった。


あ、とは思ったが、駅のほうから向かいますと言っていたので10分はかかる。

たとえ「だいのほう」でも10分はかからないだろうと思っていた。



のに。



案の定、10分後にタクシーは到着。まだ出てこない。

タクシーの運転手さんに「すみません、トイレに入られてしまって」と言いに行くと

「は?!」と言われた。不機嫌な人というのは、一言で人の心をエグってゆく。


それでもスグに出てきてくれればよかったのだが、そこから10分経っても

出てこない。奥さんに「いつもこんなに時間かかるほうですか?」と訊ねると

「長いほうかもしれんねぇ」とのんきな返事が返ってきた。


少なくとも今で20分経過している。ちょっとトイレ、にしては長いと思う。

奥さんにトイレの入り口まで来てもらって、一緒にドアをノックして声をかける。

すると「はぁあい!」と元気よく返事するご主人。

いや、はぁあい!、じゃ、なくて。


そこからさらに5分。

顔を真っ赤にしたタクシー運転手さん、登場。怒ってる。超、怒ってる。


「もう来てから20分やぞ?!なに考えとんねん!」


いや、あの、トイレに・・・でもいつ出てくるかわからないから、あの

キャンセルさせてもらっていいですか?


その一言がさらに怒らせてしまったようで


「はぁあああ?!キャンセル?!ふざけんな!こんだけ待たしてからに!」


しゃーないやん。こっちもこんなことになるなんて思ってもみんかったわい。

悲しくなったが、怒って帰る運転手さんに頭を下げ続けることしかできなかった。


そこから5分も経たないうちに、電話が鳴った。

そのタクシー会社からだった。


「いまキャンセルって聞いたんですけど!?

お薬も渡せてないのにタクシー呼ぶのやめてもらえます?!」


伝言ゲーム二人目にして失敗してるパターンやん。


「いえ!お薬はお渡し出来てたんです。タクシーを呼んでから

おトイレに入られたんです!私たちも想定外だったんです!!」


「じゃあ、トイレから出てから電話してください!

ほんっとにこういうの迷惑ですから!!」(ガッチャン!!)


・・・だから、呼んでから、トイレに入っちゃったんだってば・・・


いま、トイレに入っちゃったんでキャンセルで!が正しかったのだろうか。


まあ、このおじいさんに関してはそうしたほうが正解だったようだ。

最終的に出てきたのは35分後。

そして最初に言った言葉は「タクシーは?」だった。


私たちの住む地域はタクシー会社が選べるほども無い。

はっきり言えば二択だ。

いま、さっきの怒り沸騰タクシー会社に電話する図太さは持ちあわせていない。


もうひとつの会社に電話する前に、訊いた。

「もう、トイレ、大丈夫ですね?奥さんも」


今度こそ、来たタクシーに乗ってもらい、送り出した。


そしてトイレを確認しに行ったら、そこは、もう、地獄絵図であった。

あまり詳しく書くと食欲をなくされるかたもいらっしゃるだろうから控えるが、

予備のトイレットペーパー2ロールを、新しいまま2個とも捨てることになった、

と書いておけばお察しいただけるだろうか。

壁にイってなかったのが唯一の救いだった。

それ以外、失敗スプラトゥーンである。


それ以来、高齢者の方がタクシーを所望されるときは

「お手洗い、大丈夫ですか?タクシー呼びますよ?」と声をかけているが

電話をして1、2分経つと

「お手洗いって聞いたら、急にしたくなってきたわ~(笑)」とトイレに

行く人が数人続いた。どなたも「しょうのほう」で数分で出てこられたが。


いまのところ、それを防ぐ手立ては見つかっていない。

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