第16話 怒られ上手-①-

 週に何日か、系列・A薬局の業務に入っている。

コロナが5類扱いになって以降、世間が外出に対して抵抗感がなくなってきた

からというのもあるだろう、徐々に患者さんの数がコロナ禍前程度にまで戻って

きた実感がある。


A薬局に出勤すると、どっさりという表現がピッタリの、積み上げられた処方箋と

薬歴の束に対峙するところから仕事は始まる。

そもそも人手不足のA薬局では私が手伝いに入っても焼け石に水で、見直しや薬歴の印字など業務は溜まる一方だ。


第7・8話で触れた、いけずな薬剤師・Xさんが最近はおとなしくて助かる。

新人いじめが趣味だったのだろうか。新人感が薄れた私はお払い箱になったの

かもしれない。


それはそれで、なんか、くやしい。


しかし、だ。

Xさんの“問題”は新人いじめだけではなかったのだ。

これも以前から噂には聞いていたのだが、

実はXさん、夕方に「いなくなる」のである。


どしゃ降り、大雪の日を除いて、夕方その時間になると、ふらっと

近くのスーパーに出かけてゆく。どうやら夕飯の買い出しらしい。

ちなみに、昼休憩ではない時間帯に。


当然、Xさん不在時に患者さんが来ることもある。メインである門前の病院は中休みの時間帯なので、午後診が始まるまでは薬剤師1名・事務(私)1名体制のA薬局。

つまり私に、夕方「ぼっちタイム」が訪れるのだ。

いつなんどきどこの処方箋が来るかわからない薬局で薬剤師が不在ということは、

病院でドクターが診察時間内にエスケープするのと同じ、電車の運転手さんが途中の駅で降りて買い物に行くのと同じ、は表現として乱暴だろうか。

それでも、どれもビックリな状況であることが伝われば良い。

私たち調剤事務員は縁の下の力持ち。縁の上の薬剤師が突然トんでも、私たちは

その代わりにはなれないのだ。


初めて遭遇するケースだったので

「患者さん来ちゃったらどうしたらいいんですか?

Xさんに電話して戻って来てもらうんですか?」

とA薬局常勤のベテラン事務さんに尋ねたら

「いま薬剤師は居ません(お薬は出せませんの意)って、言って」

と平然と答えられて、唖然とした。

しかも「Xさん、休憩の時はスマホ置いて出かけはるから、かけても調剤室で

スマホが鳴るだけだよ(笑)」

(もう、ホント、うちのボス困っちゃうよネ⭐︎あ、これ、私が言ったって内緒ね⭐︎)と、唇に人差し指をあててシーッとでも言いそうな、茶目っ気たっぷりに教えて

くれた。



開局時間に、薬剤師が買い物行ってるから薬出せません、って、

アリなの?!(反語)



そりゃ、長年やっていれば突発的アクシデントで只今薬剤師不在のため調剤不可と

いうことも一度や二度あるだろうが、ほぼ毎日その時間帯にいなくなるらしい

ではないか。

いや実際に出向してこの目で確認済みだ。恐縮感ゼロでしれっと、出かけてゆく。


社長にも確認をしたが「そうやねん、注意しても直らへんねん」と、まさかの

代表取締役公認のお出かけであった。

ただし、社長はXさんのお出かけは10分くらいで戻ってきていると思っているので

楽観的な様子だが、実際は毎回40分間くらい出かけている。


つまり、Xさんが出かけてすぐニアミスで来局した患者さんは待合室に誰も待って

居なかろうが、湿布1袋の処方だろうが自動的に“待ち時間40分”になるのだ。

(※薬局全体の名誉のために追記しておくが、大量の薬を一包化する必要があって

処方箋を預けて外出される方もいるし、FAX受付でまだ到着されていない方も

いる。そのため待合室がガラガラでも実は受付より向こうのゾーンでは

薬剤師も事務もてんてこ舞いになっていて、意外なほどお待たせしてしまう場合も

ある。そこはご理解いただきたい)


午前中に診察に来て午後から処方箋を持ってくる人、救急で診てもらって処方箋が出た人など、まあまあな数の患者さんがXさん不在時に来局されて、結果、追い返しているという現実。そしてそれをベテラン常勤スタッフ総出で社長に隠蔽している、

この事実。


あと、私が一番解せないのは、その「抜け出し」が退勤時間1時間前に行われる

ことだ。つまり、一時間前に抜けて40分後に戻って来て、20分後に交代の薬剤師

さんが出勤してきたらタイムカードを押して、帰る。


ふつう、夕飯の買い出しって、仕事帰りに行きませんか?

・・・デスヨネ、思ってたら、最初ハナから行きませんよね。


はっ・・・!まさか・・・

タイパ?!初めて口にしたよ。使い方わからないけど、

これが噂のタイパってやつか?!(たぶん、ちがう)


つまり、だ。Xさんにとってはお昼ご飯を食べる時間は休憩ではなく、権利。

そのあと患者さんが来ない時間帯に本を読みながらおやつを食べたりしているのは、ただの待機時間。

ちょっと眠くなって30分ほど机に伏して寝るのも、待機時間。

私はその買い出しに行ってる40分間しか休憩してません、ということであろう。


休憩時間ですもんね、何しようと勝手ですよね。

ふつうって、ワタシのふつうとXさんのフツウは同じじゃないですもんね。


正そうと思うな

余計なことをするな

言われたことだけこなせ


この三つ、A薬局出向が決まったときに私が常勤しているB薬局の薬剤師さんに

言われた言葉だ。

彼女は短期間ではあるがXさんと働いた経験があり、曰く、

他店ひとのルーチンに口を出すな」

「出向っていうか、奉公」

「良かれ、と思うこと自体がお節介」

「しろ、って言われるまでしちゃいけない」らしい。

まぁ、自分は空気を読んでその場の色に染まれるタイプだからXさんともうまく

やっていけるけどね。辻川さん、余計なことしそーだからアドバイスね(笑)

と最終的にマウントを取りながら自慢話をしたかっただけのようだが、納得した

部分もある。


なるほど。私は“売られた”わけだ。

Xさんに逆らわないプログラミングを施された事務ロボットになるか、

なけなしの正義感を振り絞って闘い、散るか、だ。


そんな悶々とした日々を送っているさなか、ついにXさん不在時に

私自身が試される事件が起きた。次回、ようやくタイトルの本編だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る