第14話 泣かせた女ー①ー

 精六さんが私と結婚して、泣いた女が二人いる。


残念ながら、修羅場の話ではない。

二人のうち一人は、精六さんの伯母である。つまり私にとっては義母の姉だ。


私たちの結婚式は親兄弟とその子供たちだけの参列で、とても簡単に済ませた

こともあって入籍してから親戚へ挨拶まわりをすることになった。

親戚の方々は精六さんが休日に汚いつなぎ服を着て車をいじっているか

サーキットに遊びに行ってるか、そのどちらかの印象に強いらしく、

伯父さんには「精六が、(普通の)服を着とる」と驚かれ、義母の弟さんである

叔父さんには「家庭を持ったのだから車の趣味はあきらめろ」と苦言を呈されたが、

総じてみなさんから温かい祝福の言葉をかけていただいた。


それから数か月後、ヨメ・第一関門である「大きめの法事」が執り行われた。

「見て、覚えていけばいいから」と義母には言われていたが、あれから7年、

誰の何回忌の法事だったかすら憶えてはいない。

憶えているのは、おとき(法事のあとの食事会)で伯母さんが号泣した

ことだけだ。


あのとき伯母さんがお酒を召し上がっていたかはわからないが、食事中に

私の席へやって来て

「精六と!結婚してくれて!ほんま!ありがとうっ!!!!」

ぎゅうっと握りしめた両手をぶんぶん上下に振りながら、泣きはじめてしまった。


いえいえ、そんな・・・と言いかけたが、かぶせるように伯母さんが言った。


「精六なんて・・・精六なんて・・・

エエとこ一個もあらへんやないの!!

精六の、エエとこって、なんなん?!


なあ?!」


といきなり顔を上げて全員に問いかけるではないか。


私は面食らうばかりである。エエとこが一個も無いと言い切られた本人はのんきに

ビールを飲みながら右手でゴメンのポーズをとっているし、周りの親族の方々も

「精六の・・・・エエとこ、ねぇ・・・」と首をひねっている。

ちょっと待て。なぜいま私の夫の「エエとこ」が親族会議にかけられてるのか。

エエとこ無しの夫に嫁いでしまったと私が不安になったらどうしてくれるのだ。


しかし伯母さんの追及は終わらない。すぐそばの席にいた精六さんの妹に

「なぁ?!お兄ちゃんのエエとこってなに?!」

妹さんも自分に来るとは思ってなかったと見えて、口に入れたばかりのごはんを

飲み込みながら少し考え、答えた。


「・・・優しい、とこ、とか?」


ああ、まぁ、たしかにね・・・という空気が会場に流れる。

新妻の私も雰囲気的にソレが正解な気がしてくる。


しかし、伯母さんは違った。


「ほら!“優しい”あらへんやんか~~~~~~(号泣)

こんな子と結婚してくれてほんまにありがとうなぁ~~~~~~(大号泣)」


あまりに興奮が過ぎるので、伯父が伯母の肩を掴んで強制連行していった。


それにしても。あの方は伯母さんで、つまり自分の妹の子(おい)の

評価が低すぎるんじゃなかろうか。

私は精六さんのエエとこをいっぱい知っている。

うまく説明できないが、知っている。私に語彙力があればと口惜しい限りだ。


なにか手伝ってくれる、ものをくれる、頼み事を嫌がらない、動物が好きなど

それらを「優しい」という言葉にも置き換えられるだろうが、そういう意味では

精六さんは特に“優しい”わけではない、と思う。


誰から見ても顔がカッコイイ、スポーツ万能、高学歴、高収入など

それらを「エエとこ」にカウントする人もいるだろうが、そういう意味でも

精六さんは「エエ男」ではない。妻の私も然り、エエ女ではない。


でも精六さんを「優しい」と言ってくれる人がいる。

伯母さんからは「優しいとこしかない」と泣かれたが、「優しいとこもある」では

なく、親族の欲目で見て「優しい」しか出てこなかったのだから、もはや「優しい」は当選確実、トゥルーカインドの男なのだ。

法事の手順や、執り行われたお寺の場所もうろ覚えだが、伯母さん号泣事件は

忘れない。私の夫は優しい人だとみんなに認めてもらえた嬉しい日だから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る