第10話 ペンネーム

タイトルの『精六さん』も言わば借り物だが、私のペンネーム・辻川果実も

実は借り物だ。


話は今から28年ほど前のこと。

私のいとこが結婚し、ほどなくして子を授かったことをいとこの父、つまり

私にとっての叔父から聞いた。


「女の子だったら、カジツって付けるんだって」


へぇ。その時には既に果物の名前をつけたり、当て字で読ませたりする名前が

流行っていたので、特別の驚きもなく初孫誕生カウントダウンを嬉しそうに話す

叔父の声を聞き流していたのだが、


「上から読んでも、

 下から読んでも、

 つじかわかじつ、

 なんだって。」


あ。と思った。


私はその頃、書きたい情熱だけは無駄に有り余っている女子大生で、

詩、短歌、小説、エッセイなど様々なジャンルの中で自分の向き不向きを

模索していた。

作品を発表するにあたりペンネームが欲しかったが、良いものが浮かばなかった。

元々、小説に出てくる人物の名も、それどころか題名もうまく付けられた試しが

なくて、それは今も不得意中の不得意だ。


そこで、その「あ。」なのだ。


数ヶ月後、無事、男の子が産まれたが、いずれ女の子が生まれて「果実」と名付け

られたら諦めようと思っていた。

そして、月日は流れ。

どうやらその後も子宝に恵まれたようだが、カジツは不採用になったらしい。


筆名ペンネーム  辻川果実つじかわかじつ 誕生である。


許諾は取っていない。

だから、借り物のつもりで大事に使っている。

この名前でキワドイ作品は書かない。

私が売れっ子作家になった暁には、桐箱入りの高級手延べ素麺でも送ることに

しよう。


しかし精六といい、辻川果実といい、使われなかった名前を二つも採用した

このエッセイ。

売れっ子作家になれない予感のほうが濃厚ではある。

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