第9話 温度差
夫は暑いと夜中に起きてしまう人。
私は寒いと起きてしまう人。
つまり裏を返せば夫・精六さんは寒くても寝続けられるため、冬の寝室では
寒がりの私が目を疑うような場面を目撃することがある。
極限まで膝を折り曲げ、右手で左上腕を、左手で右上腕をがっちり掴み、
小声で「さぶい…さぶぃ…」と小刻みに震えながら、も、寝る夫。
彼の向こう側に、数回の寝がえりによって乱れ、ベッドの下に落ちている
掛け布団が確認できる。
生存本能を働かせて手探りで掛け布団を求めたりとか、出来ればしてほしい。
寒ければ、布団をかぶればいいんだよ。
私が今の今までかぶっていたホクホクの温かい布団を優しく掛けてやる。
数秒で自身の体を堅く抱きしめていた腕の力がほどける。
私はしばし、野生動物を保護したような気持ちになる。
安心しきって眠る動物というのはどうしてこうも愛おしいのだろうか。
それがたとえ50近いおじさんであっても。
精六さんは布団の端をきゅっと掴んで、掛け布団がまるで手巻き寿司の海苔の
ように、そして自身はその具のように軽く巻かれた状態で眠るのが癖だ。
私は彼が落とした布団を拾い、その冷えた掛け布団に自分の体温を移すように
同じく簀巻になって眠る。
精六さんは一時間後にはまた暑くなってきて寝返りをうち、掛け布団を下に
落として丸まっているだろう。
私たちは二人とも寝始めが「簀巻就寝スタイル(ただし、二人とも寝相は良くない)」のため、普段は各々の掛け布団を使っているが、旅先のダブルベッドで
寝る時などは熾烈な掛け布団争奪戦が繰り広げられる。
最初は仲良く同じ掛け布団の中におさまって眠り始めるが、お互い意識を失くして
からは我先に“巻き”始めるらしく、たいがい私は負けてしまう。
つまり、寒くて起きてしまうのだ。
真夜中目覚めると私は何もかぶっておらず、隣では「足だけは暑いねん」と言わん
ばかりに、上半身だけこっぽり布団を巻きつけてスヤスヤ眠る精六さん。
なんなら布団下部の端っこは股に挟み込んでいるために、ちょっとやそっとでは
奪い返せない。
例えホテルや旅館のように客室が適温に保たれていようと、やはり掛け布団がないと心許ない。寒いやないか。一人だけ簀巻かれて、ずるい!
愛おしいなんて言ってられるか。
こちらも寝ぼけているので力加減無しで、どこか奪えそうな箇所を探して
引っ張ってみる。ぐいぐいと何回か布団ごと体を揺さぶると、ようやく目覚めて
くれる。
ああ、俺また布団取ってた?ごめんごめん、とがっちり巻いてあった布団ゲートを
オープンさせ、私を招き入れる。その温かさに私もすぐ眠くなる。意識を失う。巻き負ける。揺り起こす。一緒に巻かれる、意識を失う、の繰り返しだ。
夏は夏で侮れない。
精六さんは暑がりではあるが、お腹が冷えることだけは極端に恐れているので、
パンツ一丁で横になり腹の上にだけタオルケットを置いて寝たりもする。
切タイマーでエアコンが切れると精六さんが暑くて起きてしまうので、熱帯夜は
点けたまま寝ている。すると2時間もすれば部屋が寒くなりすぎて、また凍える
精六さんを見ることになるので私たちの寝室には「レスキュー」と名付けた
タオルケットが2つ用意されている。
彼が自らを巻き、途中で暑くなって解き放った掛け布団の、さらに上に乗って寝て
しまうからだ。
放っておけばいい、と思われるだろう。
しかし私は「寒い」ということがもう恐怖なので、隣に寒そうな人がいたら、まして
それが夫ならば放ってはおけない。
ただし「暑い」件に関しては私も人並みに不快には思うが、寒さの不快感に比べれば
全然、である。
よく考えれば、寝始めは簀巻スタイルでも途中で大の字ヘソ天で寝ているという
ことは暑いのだろうし、お腹にタオルケットを掛け直すのも「いい迷惑」なのかも
しれない。今日からはヘソにハンドタオルを乗せる程度にしておこうと思う。
それくらい、今年の夏の暑さはなかなかのものだ。
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