第8話 石のある家ー②ー

 ある朝のこと。精六さんが急に私を抱きしめた。

決して惚気るわけではないが、彼が私を抱き寄せるのは特別なことではない

ので、私はのんきに抱きしめ返した。


そして精六さんは私のつむじに向かって、こう言った。


「俺、ニセオットになりたくない」


がっちり頭までホールドされていたので、よく聞き取れなかったなと思い

身をよじり背筋を伸ばして、不正解と思われる「ニセオット?」という単語を彼の眼をみて聞き返した。すると予想外の「正解」を彼は口にした。


「に、せ、い。最近、テレビでやってるやんか・・・」


ニセイ。その言葉には聞き覚えがある。

元総理大臣銃撃事件の犯人の動機にもなったという、アレだ。つまり「二世」。


?????精六さん、なにを言って・・・?


え。


あ。


もしかして、石のこと?!


精六さんはうなずきもしない。それ以外なにがあるねん、といった風に

私を見つめ返す。


彼の眼差しは怒ってはいない。むしろ初めて見るほど悲しそうな瞳をしていて

私の胸がグッと痛む。

配偶者も二世という名称であってるのか気にはなったが、そんなことを

言ってる場合ではなさそうだ。まず、とりあえず、彼に伝えたのは


宗教は入ってないよ?


だった。


そう伝えても精六さんはホッとはしてくれない。


「そうじゃないやろ。ツライことあるんやったら、俺が守ったる言うてるやん。

・・・なぁ、これからまだ石は増えていくんか?」


嗚呼。そろそろ切り出さなくてはと昨夜から彼を悩ませていたのだろうか。

ますます胸が痛い。


その時点で我が家に在った石は下記の通りだ。


石の種類(名称)/石言葉

水晶クォーツ/浄化・純粋

アメジスト(紫水晶)/誠実・心の平和

モリオン(黒水晶)/魔除け・邪気祓い

スモーキークォーツ(煙水晶)/安定・安眠・グラウンディング

シトリン(黄水晶)/繁栄・希望・幸福

スギライト/癒し・邪気の予防・浄化

ラリマー/癒し・過去のトラウマからの解放・平和

チャロアイト/癒し・恐怖の克服

レッドジャスパー/メンタルの安定

マラカイト/癒し・魔除け

パイライト/危機回避・独立

タイガーアイ/洞察力


水晶と一言で言っても、六角柱のポイント、クラスター、虹入り、一度成長をやめて再び成長した痕が見えるファントムクォーツ、ガーデンクォーツなどがあって、すべてここに在る。

アメジストだって、ショッピングモールのパワーストーン屋さんにデデンと置いて

あるあんなイカついのでは無いが、サスペンスドラマならとっさに手に取り振りかぶれば凶器になるくらいのアメジストドームも、玄関に在る。


インターネットショッピングというのは恐ろしいもので、一度検索したものの関連

商品をどんどん紹介してくるので、石言葉に魅せられたもの、単純に色味がとても綺麗で購入したもの、すべてを合わせるとこの数か月で30点近く買ってしまっていた。


私が「数珠派」ではなく「置いたり握ったりする派」だったのも、ちょっと怪しく見えた原因だろう。大きいものは手のひらサイズくらいあるし、玄関に始まり、リビング、寝室、トイレにと飾り出したら歯止めが効かなくなったのも事実だ。


「こーゆーの」に否定的な人は最初から気味悪いであろうし、無理に読んでいただかなくてよいと思う。


ただ、これだけは言っておきたい。


私は石を拝んでいるわけではない。

石のムコウ側にある世界に傾倒しているわけでもない。


ただ、未知の恐怖に直面した際に母の服の裾を掴んでいた幼い頃のように

恐怖ですくんだ胸に、ポケットに入れた手に、石の冷たさに触れることで心がホっとしたり、その石に悲しみを吸収させているような

錯覚をすることで私の心はずいぶん救われている。玄関を開けてそこにある水晶をみると、盾のようであり番犬のようでもあり、そこに無い生活が今は考えられない。


精六さんは、私を守ってくれると言った。

悲しいことがあったらきっと一晩中抱きしめてくれる。私の流す涙も鼻水も自分の

シャツで拭ってくれるに違いない。

精六さんは私の心の拠り所だ。

精六さんとの生活は平和そのものだし、イヤな思いなどしたことがない。


精六さんを失うより怖いことなんて、ない。


これは真実で、そして嘘だ。


家の外、怖いことだらけやん。

精六さんは「そこ」におらへんやん。

怖いときに、おらへんやん。

だから、自分で自分を守るしかあらへんやん、わたし。


社会人なんだからツライことの十や二十は当たり前、自分と合わない人とうまく

付き合っていくというのがオトナってもので、イヤだと思うなら無視すればいい。

離れればいい。理不尽だと思うなら言い返して喧嘩して勝てばいい。

むこうが間違ってるんだから。


って。

残念ながら、私は、そんなに、強くない。


距離を取れば「感じ悪い」と言われ、無視などしたら私が加害者になって責められる。そもそも口がたつほうではないから、言い返しても返り討ちに遭うだけだ。


ストレスを紛らわすためにアイドルに夢中になってリビングや寝室にポスターを貼るのと、私の石収集は意味合いとして大差ないと思っていたのだが、すでに困惑している夫を前に論破など出来ようはずもなく。


石は、これ以上買いません


と嘘をついた。いや、夫婦の平和のために言い訳すると、数日後に二つ届く予定になっていたため「これ以上増やしません」とは言えなかったのだ。

そして、それ以降は本当に買っていない。パソコンやスマホを触っていると

「ダンナ、良い品が入りやしたぜ」とばかりに広告が入り込んでくるが、

今ある石たちに満足しており我慢もしてない。


そうそう、一番大事なことを伝え忘れていた。

たくさん石を買って、飾って、首にかけて、握っているが、

A薬局にはまだ出向しているし、Xさんのイビリも多少なり続いている。なんなら、C薬局からも応援要請がきて朝、昼、晩と違う店舗に居る日もあって、

ひとりドッペルゲンガーみたいなことになっている週もある。


そう、何も変わっていないのだ。

私が持っている石のなかでは、シトリンとタイガーアイだけが幸福や仕事運向上と

いった「外」に向かう石言葉を有しているが、そのほかは「盾」の役割を期待して

集めたものばかりなので「効いてない」とは思ってない。

ありきたりな結論だが、信じる事で癒やされている事実を大切にしたい。

プラセボ上等、である。


朝、出発前にモリオンのペンダントをかけて、えり口から胸元に入れる。

ジーンズの左ポケットにスモーキークォーツを入れる。A薬局出向の日はさらに

スギライトも入れる。出勤前のルーチンだ。

精六さんはなにも言わない。優しい人だ。

新車を購入したらオプションで付いてきた男だと思えぬほど出来た夫だ(「精六さん」第2話以降参照されよ)。


さて、ここには写真がないのでみなさんは私の石やペンダントをきっとなんとなくの想像で読んでこられただろう。


私の友人、さくら氏もそうであった。


そうか、石にハシッたのか…と私の行く末を案じ、精六さんの胸中も慮ってそうかそうかと話を聞いてくれていたのだが、石と言えば数珠を想像していたさくら氏との

会話に若干のズレが生じたので、私は胸元からモリオンを取り出した。


すると、どうだ。

失礼しちゃうくらいに笑うではないか。


ビートルズが流れる、駅前のカフェで。

アイスコーヒーを飲むために一旦はずしたマスクを慌てて着け直してヒーヒー言いながら笑っている。

しまいにはスマホを取り出して撮影する始末で、なにもそこまでとは思ったが、それも仕方ないのかもしれなかった。

私もこれが届いたとき、ちょっとしくったな、と自嘲気味に笑ったからだ。


形は、勾玉。


大きさは“ちょっとエエとこの中華料理店で出てくるエビチリのエビ”くらいである。

中華がわかりにくければ“ちょっと本気出したガーリックシュリンプ”でもいい。


石なので当然硬いが、見た目がもう、つやつやのプリップリだ。重みもある。


「王侯貴族やん」と、さくら氏はまだまだ笑う。


真っ黒な、メガ勾玉。私だって「大きいな」と思ったさ。でも私の手元に来たと

いうことは(私がサイズを確認せずに購入したミスは置いといて)これくらいの

サイズでないと避けきれない「魔」に対峙しているという表れに違いない。

石は人を選ぶと言うし。しらんけど。


そう。最初にあまりに笑うから氏に見せそびれたが、ポケットに忍ばせた

スモーキークォーツはもっと大きかったのだ。薬局勤め流の例えで言うと、

シムビコート(吸入薬)くらいの大きさだと言えばわかりやすいかもしれない。


あの時すかさずスモーキークォーツを取り出して見せていたら、友人は

笑い続けたのか、笑いが凍りついたのか、今となっては検証できず残念だ。

次回会う時には、マラカイトを持っていこう。

クレオパトラが油で溶いてアイシャドウに使っていたと言われる、とても

美しい緑色の石だ。なんとなく、私にとっての、さくら氏の存在に似ている。

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