第11話 私のカク、ヨム

 お世辞にも、勉強が出来るほうではなかった。

飛びぬけて成績の良かった科目もない。国語もそんなに好きではなかったが、

16歳になって恋をした人の影響で芥川龍之介、そこから派生して夏目漱石を

好んで読んでいた。

名作を読んだところで距離の縮まらない報われぬ恋だったけれども、私に

「ヨム」を教えてくれた大切な思い出だ。


そして、私が「カク人になりたい」と思ったきっかけの作家がいる。

芥川でも漱石でもない。加納一朗さん、その人である。


ある日、兄の本棚で『イチコロ島SOS』(ソノラマ文庫)を見つけた。

たしか『冷凍人間アイスマン』と一緒に並んでいたと記憶している。

兄は私物を触られたり勝手に移動させられることを嫌う人なので、不在時にも

滅多と彼の部屋に入ったりしなかったのだが、私が一直線に本棚に向かったところを

みると兄所有の『うる星やつら』が読みたかったのだと思う。

こっそり借りて綺麗に返せば良いやと忍び込んだ、たぶんそんなところだろう。


それなのに漫画の並んだ一番上の棚ではなく、自分の目の高さである一つ下の段に

変なタイトルの文庫を見つけて、なにげなく背表紙のあたまに人差し指を当てた。


乾いた土のような匂いがする、その古びた本を適当に読み流すつもりが。

挿絵だけ見て閉じるつもりが。


私は生まれて初めて「活字で大爆笑する」という経験させられていたのだった。


荒馬あらま是馬これまの兄弟が、これでもかと言うくらいくだらない

事件に巻き込まれるシリーズで、過去の作品は古本屋で探して読み漁り、

シリーズ最終話である『恐怖の大頭脳』が発売されたのは私が高校2年あたり

だったろうか。

多感な時期に、とんでもない作品に遭遇してしまったものだ。

せっかく好きな人に憧れて近代日本文学に片足を突っ込んでいたのに、もう片足を

SFファンタジーなどというわけのわからない湯に浸けてしまい、さらにはそんな

作品が書ける作家になりたいなどと夢見ることになろうとは。


私には奇想天外な設定など思い浮かばないので小説家は目指せそうにないが、

次のページが楽しみになるものを書きたい、文章で人を笑わせたい、

その信念は同じだ。


このエッセイを書くにあたり、加納一朗さんをウィキペディアで調べてみたら、

どうやら推理作家という肩書が主なようで驚いた。

イチコロ島も含めて私が読んだ作品は子供向けというのもあってか、SFコメディー

の色が強い作風だったので。

「なんだ、先生、マジメなやつも書けたんですね」と、にわかファンバレバレな感想

を抱いてしまった。


無礼なと怒って、化けて出て来ていただいて結構だ。サインペンは用意してある。

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