第3話 知人6年・友人60分・恋人6か月ー②ー

 「知人」にもいろいろ種類がある。一方的に知っていても「知人」では

ないだろうが、実は私は精六さんを“”知って”いた。私の勤め先の薬局に患者

として来ていた記録があったのだ。


初対面と思っていたあの日にもらった名刺を見て「あ。」とは思っていた。


顔は憶えていなかったが(私は診断は受けていないが相貌失認のケがある。

これはまた別の機会に書く)人名漢字としては、ままレアな「精」の字を見て

ピンときていた。


しかしピンときていたのは名前だけで、そこから6年間は半年に一回もしくは

一年に一回の点検、或いは車検時に連絡をもらったら数分話す程度。点検を待つ間は

近くのスーパーで時間を潰したりしていたので長話などもしたことがなかった。


そんな私たちがナニがドウしてコウなったのか。


それは現在も乗っているコンパクトカーに乗りかえたときのことだ。

当時は(今もあるのかはしらない)エコカー割引などもあって、次の車検を通す

より買いかえもアリだと思っていたところに、精六さんの勤めている店舗が

新しく建て替えた記念キャンペーンを打ち出し、今では考えられない

くらいの値引きを提示をしてくれたのも大きかった。


後日無事に納車もされて。その車で少し遠くのホテルにランチに行ったりして。

39歳の私は文字通り、独身貴族を謳歌していた。


そんなある日のこと。精六さんからショートメッセージで「一か月点検のお知らせ」

が届いた。そうだった。メンテナンスパックみたいなやつを付けたんだった。


それでは何月何日何時から空いてますか?空いてますよ、というやりとりをしていた

のだが、ふと、LINEアプリのほうがラクなのではないかと思い、精六さんに

訊ねてみたら「会社のスマホではしてませんが、個人携帯でやり取りしている

お客さんも多いですよ」とあっさりLINE交換をしてくれた。

その頃ショートメッセージの受信箱には迷惑メールしか入ってこないような状態

だったので、この6年来知人の男とLINE交換したところで、残念ながら

トキメキはゼロであった。


さて。1か月点検の日。時間通りに行くとマネージャさんとおぼしき方が

「すみません、セイロク(とは言わないが)はいま商談に入ってまして・・・」

と言う。ああ、挨拶に来れなくてすみませんということか。

まったく問題ない。私は彼に会いに来たのではなく、愛車点検に来たのだ。


いつもどおり近くのスーパーに行って時間を潰す。

その日はなにごともなく終わった。


翌日、仕事中、いや、なかやすみのような時間帯だったか。

LINEのアプリマークに赤丸の①がくっついている。

開けてみると、精六さんからだった。


「こんにちは、セイロク(さんの苗字)です。昨日はご挨拶もできず

失礼いたしました。サービス(部門)より辻川様の1か月点検は特に

問題なかったと報告を受けました。なにかお困りごとがございましたら

いつでもご連絡ください」


的、マジメな文章でスタンプもなし。なのでこちらも「ありがとうございます、

またなにかあったらお願いします」と短い文章で返信した。


スマホを触っている流れでヤフーを開いてなにか検索しようとした時だった。


また、LINEの数字が点灯した。精六さんだ。


なにか文章のようだ。タップして、開いてみる。


こないだはおつかれー!楽しかったわー!から始まり

車の用語が並び、最後の一行にスクロールの指が止まる。


「今夜、飯、行かへん?」。


うむ。明らかに「こないだの誰か」と間違っている。ずいぶん親しげな、近しい

友人のようだ。車の用語はわからないが、どうやら趣味の話らしい。


さっきから2~3分経過したが「間違えました!!!」と来ない。

これは送信先を間違ったことに気づいていないパターンだ。

それは彼にも、そのご友人にも申し訳ない。

さっきまでスマホを触っていたということは、気づくのも早いかもしれない。


「↑LINE間違えてますよ?(笑)

今夜飯に誘われたのかとビックリしました(笑)」


私としては(カッコワライ)にすべてを集約していたつもりだったのだが、

2分後、思いがけないLINEがきた。


「間違えましたが、ほんまに飯、行きませんか?」


このとき私の耳には劇的ビフォーアフターの「なんということでしょう」という

ナレーションの声が脳内再生されていた。

こんなこと言う人だったのか。てゆか、あの人、独身なの?いや、もしかして

アラフォーにもなると男女の友情ってやつが実現するってやつ?うん、そう、かな?そうかもそうかも。きっとそうだ。

友達なら気楽な店がいいだろう。


「じゃあ、お互いの職場の間を取って、餃子の王将にします?」の文章に


「だめです。最初くらいちゃんとさせてください」の返信。


・・・アカン。これ、口説かれてしまうパターンのやつや・・・


この話、まだつづく。うんざりしてはいけない。

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