第2話 知人6年・友人60分・恋人6か月ー①ー

 先日、精六さんと結婚して8年目を迎えた。

しかし我々の初対面は14年前までさかのぼる。


というのも、私が車の買いかえを検討して訪れたディーラーの営業さん

として出会い、彼の巧みな営業トークで購入を決m・・・たかどうかは

正直憶えていないが、花曇りの木曜日、私たちは初めて目を合わせたのだった。


それに、ここにたどり着くまでにも少しだけドラマチックな展開があったので

“エピソードゼロ”を書き足しておく。


私はたしかに精六さんのところの車も検討はしていたが、本命は別の

メーカー車だった。

(今から思えばアポ無しで来訪した私が悪いのだが)

先にその他社ディーラーを訪れ、駐車場に車を停めて店舗に入っていったが、

誰もいない。本当に誰も出てこないのだ。

熱烈歓迎してほしかったわけではないが、他社の車で乗りつけたからには

買い替えしたいお客さんだと思ってもらえる、と思っていた私も若かったのだろう。


しかしこれも今から考えれば異様なことで、なぜあのときショールームに

従業員の方が誰一人居なかったのかは今もって謎だ。座って待っていてよいのか、

もしかしたらドアのチャイムの調子が悪くて来店者に気づいていないだけかも

しれない、スミマセーンと奥に声をかけてみようか。そんな風に数分キョロキョロ

していたら、つなぎ服を着た、整備士ですという風な若い男性が私と同じドアから

入ってきてこう言った。


「なんすか」


買い替えを検討しているオキャクサマですよー、ほらほらカミサマご来店ですよ、と

カンチガイしていらっしゃるワタシの脳内を正されたようで急に恥ずかしくなった。

いまCMでやってる車を見に来たんですと伝えても、

「ああ、外に並んでるんで(勝手にどうぞ)」と最後の心の声まで不愛想で

私はつなぎ男子が目線で指したその展示車に行くように見せかけて、そそくさと

自分の車に乗り込み店をあとにした。


・・・なんだったんだ。あれは。


あのつなぎ男子もそう思っていたかもしれないが、私の感想はそれだけだった。

ここから数キロ先にも同じメーカーの店があるが、あの車を私が買うことはもう、

あるまい。自分のなかでケチがついてしまった。その当時で一番燃費が良いと

謳っていた車だったが未練はない。


そんなちょっと昂った精神状態で次のディーラーに到着すると(これもアポ無し)

駐車場に入ったと同時に店の中からスーツの男性が小走りで出てきた。

少し離れた車内からでも判るほど、おでこのアトピー肌が印象的なその彼は

他社の車で乗りつけた私を制止することもなく、「なんすか」とも言わない。

オーライオーライと誘導して、少し喘息気味にヒュっとむせてから、笑顔で言った。


「いらっしゃいませ、わたし、営業スタッフのセイロクと申します」。


思いがけず“エピソードゼロ”が長くなった。

ようやく「知人」になった私たち。どうか気長に読んでいただければと思う。

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