精六さん 辻川果実ーエッセイー

辻川 果実

第1話 精六さん

 「精六せいろく」は、私の夫がまだ母親の腹の中で健やかに

育っているときに付けられた名だ。


代々、直系男子に「精」の字をつけてきた家の六代目ということで

彼の祖父が名付けたという。


今では考えられないだろうが、当時「家」のなかでは男性の権力はもちろん、

年長者の言うことはゼッタイで、精六さんを身籠っている母も腹をさすりながら

「この子はセイロクなのね」と、舅が付けた名前をおとなしく受け入れたの

だそうな。


しかし、そこに「待った」をかけた人物がいた。

胎児・精六さんの父親だ。


あまり順を追って名を明かしてゆくと身バレしてしまうので書けないが、

父は昭和2ケタの生まれにしては非常に古風な、明治、いやむしろ江戸感

漂うしわしわネームを付けられており、聞けば、父の名(長男)は一代目の

名前で、その弟(二男)は二代目の名前をそのまま拝借したものだそうだ。


「名前は親が子に贈る最初のプレゼント」という考え皆無、「ちょうど

そこにあって使えそうだったから」的ネーミングセンスの父(祖父)に抗い、

我が子「精六(仮)」に現代的で且つ字画も良くて、響きも良くて・・・と

おおいに悩み、付けていただいたのが現在の夫の名前だ。


届け出るギリギリに決まったので、「産んでからもしばらくセイロクが

忘れられなかった」と言うエピソードを義母が話してくれたのを、今度はヨメの

私が忘れられず、エッセイを書くにあたりタイトルで拝借した。


ところで。私たちには、子がいない。

でも、ときどき想像することはある。


男の子が生まれていたら、どんな名前を付けただろううかと。


今後、私から「精七」も「精八」も生まれてはこないが、精六さんだけに愛情を

注げる毎日はとても穏やかで、幸せだ。

それはきっと、40歳で結婚したこと、結婚した時点で私の両親が介護や手助け

が要る状況だったこと、結婚4年目に子宮を全摘したこと、

モロモロイロイロアッテの幸せなので、決して「子がないほうが幸せ」という

読みとらえ方はしていただきたくない、

ということまで注釈をつけないと最近は(叩かれ)るのだそうで、めんどくさい

世の中になったものだ。そうそう、あくまでも個人の意見として。



次回は、精六さんとのなれそめを書こうと思う。

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