第2話 契約
「行ってきます、、、」
我ながら覇気のない声だと思う。朝だから声が出ないとかではない。
『おい晴翔元気がないな。仮とはいえ未来の魔王候補なんだ。朝だからって腑抜けた声を出すな士気が高まらん』
元気のない理由が話しかけてきた。
1週間前に突然俺の頭にこいつの話し声が聞こえた。初めは疲労による幻聴だと思ってたが、その日の晩に左手がこの世ならざる形にされたことで信じざるを得なくなった。そのせいで風呂場で大声出して親に怒られたことは許してない。
『ところでお前のその名はいつ変えるんだ?魔王になる者の名前に『天』なんて付いているのはどうかと思うぞ』
こいつの話によるとここにくる前は天使と戦っていたらしく俺の名字の『天内』に『天』という文字が使われているのが気に食わないらしい。
「あのなぁ、この前から言ってるだろ。名字は結婚とか家裁の許可でしか変えられないんだよ」
『ならばその結婚とやらか家裁の許可とやらを貰えば良いではないか。魔王になってから後悔するぞ』
「名字に不満はないから家裁にお願いすることはない。結婚も俺はまだ17歳だからできない。あと魔王魔王って言ってるが、俺はそんなものになる気はない。」
『ふざけるな!あのクソ天使どもを殺すために再び俺は魔王として返り咲かなければいかんのだ!』
「そーですか。頑張ってくださいね」
俺の言葉に怒ったのか何やら騒ぎ立てているが完全な無視を決め込むことに決めた。幸いにもこの1週間でスルースキルはカンストしたのだ。
「お!おっはよ〜。あれ?もしもーし。お返事はー?・・・えい」
「あだっ」
「なんだ反応するじゃん」
いきなり俺の頭にチョップをかましてくる女はこの世でただ1人、、、。
「挨拶くらい普通にしろよ美沙、、、」
「したわよ。あんたがずっと無視し続けただけじゃない」
「あー、、そうだったのかすまん」
どうやら俺の耳はスルースキルを極めすぎて全ての者の声をシャットアウトするようになったらしい。早急に対策が必要だな。
『天宮美沙こいつと結婚しよう。そうすれば名字を変えられるんだろう?」
「仮にこいつと結婚しても、名字は天宮か天内になるだけだけどな」
『さっき結婚したら名字を変えられると言ってたじゃないか!」
「自由に変えられるとは一言も言ってないぞ。自分が相手の名字になるだけだ」
『ならこいつとの結婚は絶対にダメだな、、、。他の手を考えねば』
こいつは結婚をなんだと思ってるんだ。
「ねぇ、、、1人でなに喋ってんの?」
「あ、いや気にするな。ハマってるアニメのセリフを覚えようとしてただけだ」
こいつ(アザリス)の声は俺にしか聞こえない。だから人がいる屋外ではなるべく無視を決め込んでいたが。気が抜けていた気をつけねば。
こいつ(美沙)は幼なじみであるため俺の親とも仲がいい。変な行動をしたら親に報告されかねん。それだけは阻止しなくてはいけない。
(不便な体になってしまった、、、)
学校に着き教室に入り席に着く。それを待っていましたと言わんばかりに1人の男が近づいてきた。
「よー晴ちゃん!なぁなぁ今朝のニュース見たかよ!」
木村優吾。クラスのムードメーカー的存在で入学時の座席が隣だったこともありよく喋るようになった。
「いや今朝ニュースは見てねぇな。なんか面白いもんでもやってたのか?」
「化け猫だよ化け猫。なんでも火とか使って人に攻撃したりするらしいぜ。ほら」
そう言いながらSNSのニュースを見せてくる。
【怪我人多数 被害者は猫がやったと証言】
「な?すげぇだろ!」
「なんでちょっと嬉しそうなんだよ」
「だってなんでも科学で証明されちまうこの時代に妖怪だぜ!テンションも上がるってもんだろ」
「はは、、、」
(目の前のお前の友達は魔王と共存してるけどな)
『これだー!!!』
その魔王が叫び出した。
「すまん。トイレ行ってくるわ」
「おお。いってらー」
トイレの個室に入り勢い任せに鍵を閉める。
「急に耳元で叫ぶな!耳がキーンってなったわ!」
『そんなことよりもさっきの化け猫とやらの話を詳しく聞かせろ!』
「はぁ化け猫?知るかよそんなもん。あんな話信じたのかよ。どうせデマかなんかだよ。それとも魔王時代の手下かなんかか?」
『その可能性もなくもないが、その猫に俺の力が宿っている可能性の方が高い。さっきのニュースをもっかい見せてみろ』
面倒くさいが授業中に喚かれても迷惑だと思い仕方なく先ほどと同じニュースを探し出す。
「これだな」
『視覚は共有されている。内容を確認しろ』
「へーへー」
内容としては、1週間前から昨日の夜にかけて計4件の火傷による軽度の怪我とのこと。時間はどれも21時以降、被害者は猫の周りに火の玉が浮かんでおりそれが襲いかかってきたと証言している。そして場所はこの学校の隣の『このいの森公園』付近。
「内容はだいたいこんなもんだな。もういいか?」
俺の言葉に反応せず黙り込むアザリス。
「もういいかって?」
『決めたぞ晴翔』
「なにを」
『タイミングや証言からして間違いない。今日の夜はこの公園で化け猫退治だ!』
「はぁ!?やだよめんどくせぇ!」
『待てお前にも利がある話だぞ!』
そう言い個室から出ようとする俺をアザリスが呼び止めてくる。
「・・・なんだよ利って?」
『俺の力はこっちの世界に来る際にどれくらいかは分からんが分散している。その力をある程度回収できれば俺は自分の体を取り戻せるかもしれん。つまりそうなればもう共存生活をしなくても良いのだ』
「・・・確かに魅力的な話だ。けどお前が力と体を取り戻した後でこの世界を滅茶苦茶にするかもしれんだろ」
『安心しろ。こんな非力な生物の世界などどうでもいい』
「口先ではなんとでも言えるさ」
『そんなに信用できんのだったら契約を交わすか?』
「契約?」
『あぁ。双方の合意のもと行う約束事のことだ』
「違う。契約の意味を聞いたんじゃない。俺が聞きたいのはそれにどれだけの信頼性があるのかってことだ」
『これに関しては100%の信頼を置いていい』
いつになく真剣な声色で言ってくる。
『そうだな、、、試しに契約を結んでみるか』
突然の発言に困惑する俺を置いてアザリスが喋り続ける。
『契約。そこのトイレットペーパーを切ってくれれば俺はお前に感謝をしよう』
言い終わると俺の手の中に一枚の羊皮紙と羽ペンが握られていた。
『それが契約書ってやつさ。そいつの1番下にお前の名前を書けば契約完了だ。物は試しさ、やってみな』
あまり気乗りはしないが、言われた通り名前を書く。
「書いたぞ」
『これで契約成立だ。あとはそこのトイレットペーパーをどんな長さでもいいから取れ』
ミシン目1枚分だけ切った。それに対してアザリスは『ありがとうよ』とだけ返してくる。
「あとはなにすればいいんだ?」
『もう終わりだよ。ほら羊皮紙と羽ペンが燃えてるだろ。契約終了のサインだ』
「うわっ!」
思わず2つとも投げ出してしまったが、火傷している様子などはなく試しに燃える羊皮紙を触ってみても熱さは感じない。
『これが契約だ。ちなみに人間がこれを破るとその場で死んで死後悪魔に奴隷として飼われることになる』
「あっぶねぇ!そう言うことは早く言えよ!」
契約終了後にそんな重要なことを言ってきやがるあたり性根ではしっかり魔王をしてやがると思ってしまう。
『じゃ、次が本番だ。契約。天内晴翔が魔王アザリスの力を集める対価として我はこの世界に一切の害を与えないとここに誓う』
「重要な契約だとそんな堅い感じで言わなくちゃいけないのか」
『いやせっかくだしちょっとカッコよく言ってみただけ』
こんなこと言ってるやつが魔王になれるなら俺も魔王になれる気がする。そんなことを考えながら名前を書いた羊皮紙をポケットの中へとしまい個室から出る。
『契約完了。さっそく今日の夜から化け猫退治だ!』
「はいはい」
教室に戻ると優吾と美沙が駆け寄ってきた。何事かと思う俺に2人が同時に喋りかけてくる。
「「化け猫退治に行こう!!」」
「ダメだ!」
俺は思わず反射的にそう叫んだ。
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