第6話 最終章 また、会う日まで

めぐみは初めて有給休暇をもらった。

その日は、珍しくアヤがめぐみの代わりに出勤してくれている。

1ヶ月が過ぎた頃にアヤが中山から聞いた情報をあわてて、めぐみに話す。

「めぐ大変!!佐藤くん、ガソスタを退社するって!!4月末だってよ!?今日、中山が教えてくれて!?どうする?もう告白しちゃいなよ!」

いつものカフェでアヤは切羽詰まったように言った。

めぐみは初めて佐藤くんとの出来事をアヤに話した。

チョコレートとメモを渡した、あの運命的な夜のこと、寒い夜の公園で佐藤くんと過ごしたこと、佐藤くんから聞いた衝撃的な言葉、

そして2人で過ごした期間限定のデート。

アヤは驚いていた。

かなり驚いて険しい表情になったり、悲しい表情になったりと喜怒哀楽な表情をめぐみに見せて話を真剣に聞いていた。

そして言葉に詰まらせていた。

「なんて言えば良いか分からないけど、でも、それでいいの?本当にさよならして、、、ずっと好きだったんでしょ?4月以降会えなくなるんだよ?」

めぐみは静かに頷いた。

めぐみ自身も何の言葉を言えば良いのか分からない。

アヤの言葉がジワジワと胸に染まっていく。

たしかに4月から会えなくなる。

毎日のように会っていた佐藤くんに会えなくなる。

当たり前の日常が当たり前じゃなくなるとき、どんな感情になるのだろう。

何もかもやる気にならなくなるのかも知れない。

佐藤くんと過ごした約2年が4月以降、何もなかったような日々に変わる。

愛想なし!安定の愛想なしの表情は、伏し目がちで冷たくて、それでも妙にカッコ良くて魅力的で、めぐみを惹き付けて行く。

愛想なしだけど、時折、、

微かに微妙なほどに微笑みを見せてくれた。

あのボールペンの出来事を忘れない。

奇跡は何の予告もなく突然に訪れる。

少しの勇気で何かが変わる。

あの日、勇気をださなければ今でも、

きっと愛想なしの毎日を過ごして愛想なしの佐藤くんとさよならをしていただろう。

愛想なしの佐藤くんと出会って、ほぼ愛想なしの毎日が埋めてしまっていた。

それでも2ヶ月の出来事が2人過ごした季節を塗り替える。

すごく楽しい時間に。

まるで愛想なしの佐藤くんなんていなかったように。

優しくてカッコ良い佐藤くんしかいないように。

2人で塗り替えた思い出が楽しいほど、相手を失った日々は辛い。

だとしても、佐藤くんについて行くこともできない。

さすがにロサンゼルスは通すぎる。

ハワイでさえ行ったことないのに。

何よりも佐藤くんと言葉だけの関係でしかない。

付き合ったなんて言えない。

ただ2人で過ごしただけ。

佐藤くんから一緒にロサンゼルスに来る?とも言われていない。

キスも抱き合ってもいない。

佐藤くんは遊びに行くわけじゃない。

スキルアップの為にロサンゼルスに行くのだから。



いくら図々しく当たって砕けろ精神を貫くめぐみだとしても、

さすがに佐藤くんについていくことは出来ない。

佐藤くんと過ごした短い時間、佐藤くんの存在をあらためて感じ知ることができたから、勇気だけでは出来ないことがある。

参加くんは周囲が一目おくほどストイック。

そのストイックな性格で自分が描いたことを叶えて行くヒト。

そして誰よりも気を遣い、見過ごしてしまう場所も見ている。

めぐみ自身が想像していたよりも魅力に溢れているひと。

だから、佐藤くんの夢を応援したいと心から思っている。

そしてめぐみも佐藤くんに感化されたように自分を変えたいと思っていた。

そんなことを考えていると、今は好奇心で守られている。


佐藤くんとめぐみは成田空港でわずかな時間、飛び交う飛行機を眺めていた。

そこに言葉はなく、互いに並んでガラス越しから、

真っ青な空に何機も飛び交うジャンボジェット機を眺めていた。

電光版が飛び交う度にめまぐるしく行く先を変える。

それぞれの思いをのせて。

好奇心で守られていても、別れの時間が迫ってくると切なさに勝てない。

言葉が頭に浮かんでこない。

声に出した瞬間に言葉がつまりそうだった。

佐藤くんは、空を眺めながら呟いた。

「ありがとうね、、、ほんと、楽しかった。

楽しすぎて、ロサンゼルスに行きたくなくないと思うほど。」

佐藤くんの言葉が聴こえてきた瞬間、めぐみの胸の奥はギュッと苦しく痛くなる。


こらえていた感情が溢れて涙がでてくる。

めぐみは空を見上げて呟いた。

「なら、、ロサンゼルスなんて行かないでよ」

最後のわがまま、あきらかに涙声だった。

感の良い佐藤くんは、きっと気づいている。

「そんなこと言うなよ、、、ちゃんと勉強したら戻ってくるからさ、、、」

佐藤くんは、めぐみの背中越しに立ち手を回して強くめぐみを抱きしめた。

はじまて佐藤くんに抱きしめられた。

最初で最後の優しい間隔。

めぐみは背を向けたまま呟いた。

「戻ってくるっていつ?」

「5年、5年したら必ず戻ってくるから、そのとき、もっと楽しい思い出作りはじめよう、、、」

佐藤くんが耳元でささやく。

佐藤くんが背後なら回した手にめぐみは自分の手を重ねて呟く。

「5年、、、5年は長い、何もかも変わってしまう年月だよ、、、きっと佐藤くん、私のこと忘れちゃう、、、」

すねているめぐみを佐藤くんは振り向かせると、佐藤くんの手がめぐみのほほを優しく触れる。

佐藤くんは、めぐみの瞳を見つめて呟いた。

「変わらないよ、たった5年だよ、、、俺は必ず約束を守るから、、だから、信じて、、笑顔をみせて」

佐藤くんの顔がめぐみの顔に接近した。

めぐみは、佐藤くんの瞳を見つめた。

数秒の沈黙、佐藤くんが優しくめぐみの顔を引き寄せて唇を重ねた。

はじめて交わした佐藤くんとのキスは、

数分前に飲んだ缶コーヒーの味が微かにする。



柔らかくて、 暖かな佐藤くんの唇とめぐみの唇が少し長く重なる。

気持ち良くて幸せで、いつまでも離したくないとめぐみは思っていた。

だけど唇を離さなきゃいえない。

無情にも出発を告げるアナウンスが流れる。

それは、もう終わりだよ、、、と、告げているみたいに・・・

少し長いキスを交わして、2人の唇が離れて、互いに瞳と瞳を合わせて。

はにかむように笑顔を見せた。

最後に佐藤くんは、めぐみをギュッと痛いほど強く抱きしめた。

強く抱きしめられた間隔を忘れないように。

めぐみの耳元で佐藤くんは小さく最後の言葉を呟いた。

「愛してる、、じゃあね、、、」

佐藤くんも少し涙目だった。

「ありがとう、、、じゃあね、、、」

潤んだ瞳で、めぐみは佐藤くんに手を振った。

佐藤くんは背を向けて手を振り、ゲートに向かって歩いて行った。

そして、佐藤くんの夢を乗せたJALが空高く飛び立って行った。


いつだって口約束

5年後に絶対に戻ってくる保証なんてどこにもない。

佐藤くんは忘れてしまうかもしれない。

2人で過ごした時間も思い出も。

きっと忘れてしまう。

記憶は繰り返して重ねて行くものだから、、、

2人が過ごした時間は、きっと新しい記憶で塗り替えられるもの。

それでも、交わした言葉を信じるしかない。

記憶が塗り替えられても、感触は、きっとカラダの中に残る。

最初で最後の甘いくちづけ。


めぐみは、佐藤くんを乗せたジェット機を見送ると微笑む。



あの日から、めぐみと佐藤くんはeメールでやりとりを交わしている。

佐藤くんは忙しく時間に終われている。

それでも充実していた。

佐藤くんがロサンゼルスに行き、1ヶ月過ぎる頃、

ホットロッドガレージの仲間と一緒に写した写真も添付して送ってきた。

佐藤くんが勤務しているホットロッドガレージのメカニックたち、

オーナーであるリチャードは、みんな派手なタトゥーを両腕にして富強なカラダ。

佐藤くんは少年のように華奢だ。

見た目は強面な職場仲間も、

冗談好きな明るく優しい人達だと書いてあり肩を組んでいる。

毎日、見たこともないクラッシックカーに触れられて興奮している様子もeメールから伝わってくる。

それでも時間に常に終われて、徹夜の日もあるみたい。自分自身の選んだ道に後悔することはないように日々変化する刺激的な忙しい中でも楽しみを見つけている。

めぐみは、

佐藤くんと離れて半年後に夢だったイラストクリエイターの道に進んでいた。

イラストクリエイターの学校に通いはじめ、

フレッシュマートでバイトを両立している。

独学では学べないクリエイティブな世界で切磋琢磨している。

互いに遠く離れた場所でそれぞれの道を模索して前に進んでいた。

いつか、きっと会える日に、

胸をはれるように佐藤くんとめぐみは歩きはじめている。

きっと会える。

口約束でもきっと会える気がしていた。

あの日、最後の最後で交わしたキスで2人は 恋人同士になれたような気がした。

はじめて佐藤くんに出会ってから長かった。

遠回りして、やっとたどり着いたときにゲームオーバー。

それでも、いつか、また電源を入れたら2人は始まる。

あの甘くて切ない夢の続きを見ることができる。

互いに互いを忘れなければ、

5年という長い月日もきっと2人は乗り越えることができる。

雲ひとつない青い空、同じ空をきっと見て感じている。

空がきれいなこと・・・


佐藤くんとめぐみのstoryは、まだ終わらない。

まだ夢の途中・・・





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愛想なし!ガソリンスタンドの佐藤くん。 こけさく @kokesaku

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