第5話  想い出作り

別れることを限定とした思い出作り。

最後は無駄な思い出になる。

きっと、めぐみも佐藤くんも心の中で感じていた。

思い出作りと言ったところで、どんな思い出を作れば良いかわからなかった。

どんな思い出を作れば正解なのか、どんな思い出を作れば後悔しないのか、正直わからない。

ただ、言えることは、あの時、「そう、、、仕方ないね」と言う選択肢を選んで自分自身を納得させることはできなかった。

別れる為でも2人で過ごしたい、同じ時間を共有したいと率直に思った。

約1年の片思い、愛想なしの毎日を少しでも埋めたかった。

佐藤くんと過ごす思い出作りは、何か特別なことをするわけではない。

一般的な恋人同士のようなデートを繰り返した。

ベタ過ぎるメジャーな場所しか考えつかない。

お台場、横浜、大黒ふ頭、江ノ島、、佐藤くんの愛車でドライブを繰り返した。

佐藤くんは最寄り駅の阿佐ヶ谷まで愛車のレガシィで迎えにきてくれる。

10年落ちの黒のレガシィは、とてもきれいだった。

車内は微かにムスク系の香りがする。

装飾品を飾るわけでもなく至ってノーマル仕様のレガシィは車を好きな佐藤くんらしい。

カーステレオだけは低音が響くウーハーボックスを取り付けたと言っていた。

めぐみは免許もないし、正直、車にも詳しくもない。

ウーハーボックスと言われたところで良くわからなかった。

それでも、佐藤くんは車の話をするときが楽しそうだった。

車に詳しくないめぐみの為に丁寧に説明してくれる。

佐藤くんは得意分野になると、わりと話好きでおしゃべりだった。

佐藤くんと過ごす時間は、とても楽しいとめぐみは感じていた。

イマイチ、ピンとこない車の話でも狭い車内で2人きりで話せる時間は幸せだ。

目的に到着するよりも車内で2人きりで話ている時間が愛しい。

佐藤くんが少し深くシートに座りハンドルを軽く握る横顔がカッコ良い。

そして時折、

チラっと助手席のめぐみに目をむけて笑ったり驚いたり表情を変える。

「ごめん、タバコ吸ってもいい?」

毎回、断って少しだけウィンドをおろす。

毎回「全然大丈夫だよ。気にしないで」と答えは同じなのに。


信号待ちで佐藤くんにミントのタブレットを手渡すめぐみ。

「たべる?」

佐藤くんは左の掌を見せて頷き返事を返す。

「うん、ちょうだい」

予想外にミントのタブレット粒がケースから飛び出て2人は爆笑した。

さほど面白い出来事でもなくタブレット粒にありがちなハプニングでも、

今の2人とっては全てが新鮮で楽しめた。

夕暮れ、湘南のサンセットビーチには、

つかの間の思い出を求めて恋人たちが訪れる。

めぐみと佐藤くんも同じようにオレンジ色に染まり消えて行く夕日を砂浜の石階段に腰をかけて眺めていた。


若々しい学生服を着ている地元の恋人や少し訳ありな大人の恋人、幸せそうな夫婦、海鳥も砂浜を歩く鳩もみんな沈み行く夕日を眺めて何を思っているのだろう。

繰り返して消える波の音が染めて行くと切なさを感じる。

きっと言葉には出来ない寂しさを感じている。

佐藤くんはめぐみをチラリと見て声をかけた。


「気になることがひとつあるんだけど聞いてもいい?」

めぐみはクスッと笑いながら、佐藤くんを見て答えた。

「何、、、急に改まって?」

佐藤くんもクスッと笑った。

「左耳だけ、どうしてシルバーのフープピアスしてんのかなー?って思って・・・

女子で左耳だけなの珍しいよね?普通、両耳するよね?」


やっぱり佐藤くんはめぐみの左耳のピアスの存在に気づいていた。

まさか佐藤くんとお揃いにしたくて、、とはストーカー的な行動を言えるわけもなく、、

いや、

いっそうのこと今の関係性的に本当のことを話しても引かれない気もする。

めぐみは数秒考えて照れくさそうに呟くように言った。

「両耳するつもりだったけど、痛かったから片耳だけにしたの」

佐藤くんはめぐみを見ながら笑っている。

「え?本当に?そんな痛くないでしょ?ピアス開けるの、、、」

めぐみは佐藤くんから目をそらして少しすねたように答えた。

「痛かったものは痛かったの、、なんでそんなこと聞くの?」

佐藤くんには見透かされている。

佐藤くんは少し意地悪な微笑みを見せている。

「だってさ、俺と同じ場所に同じ色のフープピアスしてるから、気になるでしょ。普通」

めぐみはチラッと佐藤くんを見て恥ずかしそうに小さな声で呟くように言う。

「予想つくなら聞かないでよ」

佐藤くんはクスッと笑い、めぐみから目をそらして今にも消えそうな夕日に目を向けた。

2人の絶妙な距離、まだ2人は肩を寄せるほど親しくなれない。

佐藤くんはさりげなくめぐみとの距離を縮めるように手摺に沿いながら近づいた。

2人の間に隙間がなくなるとポケットから小さな袋を取り出してめぐみの手を平を握るように手渡した。


「えっ?なに?」

驚くめぐみは真横に並ぶ佐藤くんを見上げた。

佐藤くんはめぐみを見つめるように 少し腰をまげて答えた。

「ピアス、、プレゼントと言うか、2つセットだからあげる。

俺も1つしか左耳に開けてないから、、、」

佐藤くんが手渡した小さな袋には金色のフープピアスが入っていた。

めぐみはキラキラと輝く小さな金色のフープピアスを手にとり、佐藤くんを見つめた。

「えっ!本当に?嬉しい!ありがとう!

あっ、佐藤くん、もう金色のピアスしてるの?」

海風に吹かれて佐藤くんの重めな前髪がゆれている。

色黒の佐藤くんの肌に似合う金色のフープピアス。

佐藤くんは、めぐみを見つめて言った。

「つける?」

めぐみは大きく頷いた。

海風に揺れるめぐみの髪の毛、佐藤くんはめぐみの耳に軽く触れてシルバーのピアスを外す。

頷き返事をしためぐみだが佐藤くんに初めて触れられるとくすぐったい。

想像すれば心臓の鼓動は早くなる。

恥ずかしい気持ちが高まり、めぐみの頬は赤く染まっていく。

まだ2人はキスどころか手も繋いでいない・・・

優しく微かに耳タブに触れるたびに妙にくすぐったくて身体が反応する。

「はい、つけたよ」

佐藤くんは外したシルバーのピアスを手渡した。

「あ、ありがとう」

照れた表情でめぐみは佐藤くんを見つめて大きく息をはいて呼吸を整えた。

緊張しているめぐみを見て佐藤くんは、ふっと微かに笑顔をみせた。



「そろそろ、帰ろうか、、、」

毎回デートの終わりを告げる言葉は佐藤くんからだった。

毎回、佐藤くんはめぐみを自宅近くまで送ってくれる。

毎回、期待している言葉は聞けない。

佐藤くんは紳士だ。

「どこか泊まろうか」なんて言うわけもなくて、、、、

手も繋いでくれなくて、肩を抱きよせることも、抱き合うことも、キスを交わすこともない。

だから恋人同士のデートではなくて、友達同士のお出掛け。

それでも、1日1日はかけがえのない思い出になる。

目的の場所に向かう車の中では、乗った直後から到着するまで2人は隙間なく会話をしている。

カーステレオから音楽が流れていることも気にならないほどに。

帰りは、カーステレオの音楽がやけに響く。

2人の会話も隙間時間が多くなる。

佐藤くんはハンドルを握りながら、前を見て何かを考えているように涼しげな視線。

何かを考えていても佐藤くんはきっと言葉にしない。


デートも残り1回になる。

たくさん楽しい時を刻んだ。

たくさん佐藤くんと会話をした。

佐藤くんは毎回同じ商品を購入する理由は、ただ単純に選ぶことがめんどくさいということと、コッペパンが好きたと言う理由だけ。

佐藤くんは基本的に食に興味がなくて少食。

特に仕事中は満腹になると眠くなるから、あまり食べないと言っている。

15時に一人で休憩する理由は、英語の勉強しているところを邪魔されたくないからだった。

佐藤くんは見ていないようで、とても細かいところを見ていて、感がいい人だった。

アヤがサボっていることも感じていた。

「夜にタバコを買いに行ったことあるけど、めぐみちゃんの友達、壁に寄りかかって毎回スマホ見ているよね。

それから、なんかなぁ、、、って思って、あんまり夜に買い物しなくなった。」

たしかにアヤは壁に寄りかかってスマホをしている。

店内カメラにばっちり映っていてもおかまいなしだ。

社長夫妻も昼のパートからは冷ややかな対応をされている。

佐藤くんもアヤの接客態度を知っていたことに、めぐみは思わず笑ってしまった。

佐藤くんは続けて話した。

「めぐみちゃんのシフトも、あれって友達の穴埋めしてるんでしょ?

申し訳ないね、それについてはウチの中山にも原因はあるから・・・年中、アヤちゃん、アヤちゃん、、って言ってるからさ・・・ほんと申し訳ない。」

めぐみと佐藤くんは互いにニガ笑いをした。


「でもさ、店内のポップもめぐみちゃんが作っているんでしょ?すごいきれいだし、俺、内心はガソリンスタンドのポップも書いてほしいなって、、思っててさ、、、」

めぐみは少し驚き、佐藤くんに聞き返した。

まさか店内ポップまで佐藤くんが見て気づいていたなんて思いもしないからだ。

「えっ?!店内ポップ、よく私だって気づいたね?

まさかポップ見ているなんて思いもしなかった、、、ガソリンスタンドのポップ、言ってくれたら、喜んで作ったのに」

佐藤くんは、めぐみを見て答えた。

「そりゃ毎日のように行ってたからポップも目に入るし、、、それに、めぐみちゃんが働く前はポップなんてなかったしさ、、段ボールに値段だけ書いてあるみたいな、、、」

めぐみは声をだして笑った。


「そうそう。あれね、 社長が適当に書いていたの。

私、イラストとか書く好きで、、イラストレーターになりたかったときがあるから、結構、ポップ書くこと楽しくて、、、それから、私がポップ担当みたいになって、、夢中で描いてたの」

佐藤くんはめぐみを見つめながら言った。

「イラストレーターかぁ、、素敵な夢だね。

夢って言うか、まだまだやれるじゃん。

もったいないよ。

夢なんて言ったら、才能あるんだから」

めぐみは照れたように微笑み答えた。

「才能あるのかな、、、でも根性なくて、すぐ挫折しちゃう」

佐藤くんは答えた。

「何か夢中になれるもの、見つかるって、、、すごいことじゃん。それでさ、たとえ挫折しても、それはそれでいいんだよ、あきらめない限り何度でもやれるから・・・」

いつになく真面目な表情で呟いた佐藤くんの言葉。

やけにめぐみの胸の中に残り続ける。

ただ夢中になれるものに貪欲に進み続ける佐藤くんだからこそ響く言葉。

めぐみは佐藤くんを見つめて呟いた。


「佐藤くんちゃんと見てれてたんだね、、、ありがとう」


佐藤くんはハンドルを握ったまま前を向いて呟やいた。

「俺には友達よりもめぐみちゃんの方がずっと魅力的に見えるけどね。」

めぐみは佐藤くんを見つめて言葉を返した。

「ありがとう・・・それだけで十分だわ」


2人は照れたように目線を合わせて微笑んだ。

最後のデートも特にデートらしい出来事もなく終わる。


自宅近くで佐藤くんが車を止める。

もう佐藤くんと出かけることもないと思えば別れの言葉が声に出せないめぐみ。

佐藤くんはハンドルから手をおろすと助手席に座るめぐみを見て呟いた。

「ありがとう、、、」

めぐみは佐藤くんを直視できなかったが佐藤くんは目をそらさず見つめていた。

「うんん、私の方こそ、ありがとう、、、明日だね。出発点。」

「うん、、、見送りしてくれるの?」

「うん、、、最後だから行ってもいい?」

「もちろん」

2人は数秒の短い会話を交わした。

めぐみは助手席のドアを開けて外へ出ると腰をかがめて、窓を軽く覗き込みながら佐藤くんを見て右手を振った。

佐藤くんは同じように右手を軽く振った。


エンジンをかけ直し愛車を静かに走らせる。

めぐみの瞳は滲んでいた。

佐藤くんの愛車がぼやけて見えにくい・・・


呆気ない終わり。

いつだって終わりは呆気ないものだ。

どれだけたくさんの思いを重ねて時間かけてはじまった恋も終わりは一瞬。

結局、佐藤くんは友達以上の関係になることはないまま・・・


まるで義理で付き合ったように味気なくて「楽しかった」なんて呟いても、

めぐみの佐藤くんは出会ったときのまま。

最後のデートをした佐藤くんはやっぱり愛想なくて味気ない・・・


愛想なしの佐藤くん・・・

めぐみは心の中で呟いていた・・・









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