第4話 真冬の公園で佐藤くんとふたり

めぐみは想定外の出来事に頭が真っ白になった。

「佐藤くん!」一言呟いたものの、次の言葉が出てこない。

路地に面しているとは言え、街灯ひとつない暗闇で色黒の佐藤くんは少々怖いものがある。

まして佐藤くんは小さく一言呟いたまま、頭を下げてから次の言葉が聞こえてこない。

自転車のハンドルを強く握るめぐみと立ち尽くす佐藤くん。

お互い無言のままシュールな数秒が流れた。

佐藤くんは目線をめぐみに向けて話はじめた。


「ごめん、驚かして・・・あの、、少しだけ時間いいかな?」

想像よりにも優しい話し方の佐藤くん。

おそらく佐藤くんなりに気をつかっている。

めぐみは少しひきつりながらも首を縦にゆっくり動かし答えた。

「あ、はい。大丈夫です。」

めぐみは自転車のハンドルを強く握りながら、佐藤くんとゆっくり歩きはじめた。


真っ暗な夜空に1月の冷たい空気・・・・

青梅街道を外れた住宅街の路地は誰も通っていない。

まるでこの世の中に佐藤くんとめぐみの2人しか人間がいないように・・・


佐藤くんが向かう方向に歩いて行くものの、

何処に向かうのか、めぐみは知る良しもない。

緊張感はピークのまま、

めぐみは自転車のハンドルを強く握りしめて少し手の平が痛い。


めぐみは心の中で様々な想像を駆け巡らせた。

「まさか、佐藤くんの家に?!」

「そんなことあるわけないよねー」

「駅前のカフェ?じゃ、その間、無言? 何か話してよー」


無言のまま、歩くこと2分程・・・

時間にすれば差ほど長くないが、めぐみは10分程度に感じた。

誰もいない公園が見えてくると佐藤くんは、ようやくクチをひらく・・

「ちょっとここて話さない?こんなところで悪いけど、、、それとも駅前の何処か店がいい?」

めぐみは一瞬、公園を目にして心の中で呟いた。

「ここかよ!冬の公園!」

だか話の内容さえ分からないまま、無言の状態で歩き続けることは正直苦痛。

めぐみは、目一杯の笑顔で佐藤くんを見つめて言葉を返した。


「あ、全然、公園で大丈夫です!」

佐藤くんは公園入り口にある自販機で温かいミルクティーを一本購入すると、めぐみに手渡した。

「あ、ありがとう」

めぐみは両手で受けとると、2人は背もたれのついた木製のベンチに腰をおろす。

3人座れるベンチ幅、佐藤くんとめぐみの間に微妙な隙間が空いていた。

佐藤くんは足を軽く組み、スボンのポケットから缶コーヒーとタバコを取り出した。

「吸ってもいい?」

チラリと隣に座るめぐみに目を向けて声をかける。

めぐみは、目一杯の笑顔で頷き返した。

「はい、気にしないで吸ってください!」

数秒の沈黙、佐藤くんはタバコを一本口に加えると手慣れたように100円ライターで火をつけて吸いはじめた。


めぐみは、佐藤くんからもらった温かいミルクティーの缶を開けて一口飲む。

佐藤くんは静過ぎる空気感の中、小さな声で話はじめた。

落ち着いて冷静な話し方に 極度の人見知りには感じない。


「ありがとう、、チョコとメモ。」

突然の佐藤くんの言葉に、めぐみは動揺したように急いで返事をした。

「あ、いや、、」

顔と耳が真っ赤に染まるような感覚だった。

佐藤くんはわざわざお礼を言う為に、めぐみの仕事終わりまで待っていたのだろうか。

めぐみは佐藤くんの顔をまともに見ることができなかった。


夜の公園は2人以外誰もいない。

誰ひとり通らない。

寒ざむしい白色の街灯が2人は照らしている。

真っ暗な夜空の下、街灯に照らされた佐藤くんは尋常じゃないほどカッコ良く映る。

佐藤くんを直視することは出来ないほど、めぐみはカッコ良いと感じていた。

足を軽く組み、タバコを一本吸いながら時よりフレッシュマートで購入した缶コーヒーを飲む。

すべてのしぐさがパーフェクト。

めぐみは改めて佐藤くんと2人だけの時間をかみしめるように、ミルクティーを強くにぎる。


佐藤くんの吸ったタバコの煙が、わずかに舞うと小さな声で話はじめた。

「おれ、LINEやってないんだわ。」

めぐみは、少し驚きながら佐藤くんを見ていった。

「えっ!そうなの?本当に?」

佐藤くんは、めぐみにチラリと目線を向けて話続けた。

「うん、本当に。

めんどくさいじゃん、やれ既読だの、返信とかさ、、、だから、ほぼ電話で済ますか、直接話すくらいかな。」

めぐみは少しテンション低く呟いた。

「そう、、、たしかにめんどくさいこともあるけどね、、」

佐藤くんはタバコを時折吸いながら話を続けた。

「それにさ、書いてくれた電話番号、間違えてない?現在使われてないとか言われるんだけど、、、」

佐藤くんは少し笑いながら、めぐみにメモを見せた。

めぐみは佐藤くんに近寄りメモを覗くと、声をあげて佐藤くんを見た。

「えっ?あ!!うそ!最後が7じゃない!8だ!

えー!やだぁ!なんで間違えたんだろう、、、わたし、バカすぎる」

佐藤くんは笑っていた。

「繋がらないわけだ、、、おれ、一応電話かけたから、

でも知らない人に繋がらなくてよかったよ。

間違い電話してムッとされたら、おれの方がへこむ、、、、」


めぐみはバツが悪そうに佐藤くんに目を向けて手を合わせて謝った。

「ごめん、本当にごめんなさい」

佐藤くんは優しい笑顔を見せてくれた。

「まぁ、でも、電話じゃ話にくいから、直接話そうと思ってたし、、」

2人は再び数秒、沈黙になった。


めぐみは再び心臓がドキドキと高鳴り、嫌な胸騒ぎを感じた。

佐藤くんはコービーを一口飲み、話はじめた。

「オレさ、、、今年の4月にガソリンスタンド退社するんだよ。」

めぐみは佐藤くんを凝視するように見つめて呟いた。


「えー!?退社?辞めちゃうの??どうして、、、?」

佐藤くんは目を大きく見つてくる、めぐみに少し微笑みを見せながら冷静に答えた。

「なんて言えばいいのかな、、、4月からアメリカのロサンゼルスに行くことになってて、、、」

めぐみはテンション低く呟いた。

「アメリカ、、、留学ってこと?」

絶望的だった。

退社しても都内や他の職場に移るなら、まだ希望がもてるがさすがに次の言葉が見つからない。


佐藤くんは、めぐみに気を使うように柔らかな話し方だった。

めぐみがショックを受けている様子は佐藤くん自身にも伝わるっていた。


「留学、、まぁ、そんな感じかな。

おれ、整備士としてもっと勉強したくて、それでオーナーに口を聞いてもらって、アメリカで有名なカスタムショップに修行させてもらうことになってね、」

めぐみのショックははかりきれない、正直佐藤くんの言葉に対しても

「何で?日本じゃダメなの?!」心の中で繰り返している。


そんな言葉が伝わるように佐藤くんは沈黙を埋めるように話を続けた。

「日本だとさ、カスタムカーなんて支流じゃないから、なかなか勉強できないし、それじゃ食べて行けないんだよね。

アメリカは、古い車をカスタムシして命を再び吹き込んで、オークションで売る、、そんな世界で腕磨きたいなって、、思ってたんだよね。」


めぐみは佐藤くんを見つめて呟いた。

「ずっとアメリカに行って帰ってこないの?」

寂しげに呟やくめぐみに佐藤くんはさとすような笑顔で答えた。

「そうだね、少なくても3年、5年は仕事して勉強するかな、、、、こんな話、電話で伝えることもできなくて、、なんて言えばいいのか分からないから、ごめんね」


めぐみはミルクティーを握りながら考えていた。

はじめて会話らしい会話をした。

一年近く大好きだった佐藤くんをアメリカに行くからとすぐに気持ちを切り替えてあきらめることなんてできない。


やっぱり佐藤くんが大好き。

愛想ない佐藤くんが今は愛想笑いして気を使っている。

それが切なくて苦しくてたまらなくなる。

めぐみは、佐藤くんを見つめて伝えた。


「なら4月まで私と付き合って」

佐藤くんは驚くように、めぐみを見つめて呟く。

「えっ?!いや、、2ヶ月しかないし、、付き合ってて、、、」

めぐみは真面目な顔で少し強引な口調で言った。


「2ヶ月でも、一緒にたくさんの思い出作れると思う。

私のこと嫌いなら無理だけど、もし嫌いじゃないなら、、最後に思い出作りたいの」


佐藤くんは呆気にとられるように言葉を選ぶように返した。

「嫌いじゃいって言うか、嫌いも何もよく知らないし、、嫌いじゃないけどさ、、、さすがに2ヶ月じゃ、、、それに、おれと一緒にいても楽しくないでしょ。

良い思い出なんて、、作ってあげれないし、、」

佐藤くんは目線を反らして呟いた。



「楽しいとか、楽しくないとか、そんなの分からないじゃん。

まだ、何もはじまってないんだから、、

私のこと、よく分からないように、私だって佐藤くんのこと知らないもん・・・

だから、楽しくないとか楽しいとかも分からないじゃん。」


めぐみの強い口調に佐藤くんは反らした目線を再び戻して優しく微笑んだ。


「まぁ、、そうだね。

まだ、何もはじまってないし、、お互いのこと、分かってないもんな、、

たしかに、、楽しいとか楽しくないとか、、わからないよな、、、、

うん、、、2ヶ月しかないけど、一緒に思い出、作ることもいいかもね、、」


めぐみと佐藤くんは互いに見つめ合い笑顔を見せた。


たった2ヶ月の思い出作りは今日からカウントダウンをはじめた。

別れる為に出会い、別れる為の思い出作りは後悔に終わるかもしれない。


どんなに楽しい時間を刻んでも、どんなに気持ちが高ぶっても、結局最後は別れる。

佐藤くんを好きなればなるほど、きっと辛い思い出になる。

それでも、今、きれいごとでさよならをすることが出来なかった・・・


佐藤くんを一時間前より、また好きになっている。

めぐみは自分自身で驚くほど強引に佐藤くん思いを伝えていた。

そんなめぐみに推しきられるように佐藤くんはめぐみの思いに答を返した。

佐藤くんが退職することは、

まだガソリンスタンドのスタッフには話していなかった。

佐藤くんは1ヶ月をきったあたりに仲間には説明すると言っていた。

もちろん、めぐみもアヤに話すことはしていない。

佐藤くんとめぐみ2人だけの秘密。

2人は水曜日の休みを合わせて、思い出作りをはじめた。











  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る