"青"と夏
サバイバル生活、3日目の夜。
「……レンくん。提案があります」
「……なんでしょうか?」
満点の星空の下。葉っぱベッドに横になり、入るはずも無い電波を確認する為、スマホを弄っていた時に、アオイ先輩から話しかけられた。
「明日、水浴びしよう」
「……水浴び、ですか」
構わない。むしろ、浴びたい。思いっきり。
毎日毎日汗だくになり、そうなると当然風呂に入りたくなるが、現状そんな贅沢は不可能だ。
寝る前にタオルで身体を拭いてはいるものの、現代人としてはなかなかにクるモノがある。
俺でさえそうなのだから、アオイ先輩はなおのこと、だろう。
提案は呑む。ただ、一つ問題があった。
「陰になりそうな岩を探さないと、ですね」
「レンくんえっちですねぇ」
いきなりぶっ込んできたよこの人。そういう意味では……あるけどな!
「そ、そうですよ。俺は男なんだから、身を隠せる場所が無いとまずいでしょう」
穴だらけの理屈だが、俺の意思さえ伝わってくれれば良い。そう思っての問題提起だったのだが、アオイ先輩は予想外の一言を言い放った。
「別に良いじゃん。裸の付き合い、しようぜ」
いやアカンでしょ。色々な意味で。
「……」
「……レンくん、えっちですねぇ」
そうです俺はえっちな奴ですすいません。ぶっちゃけめっちゃ想像しちゃったすいません。
◇◇◇
4日目の昼頃に、ちょうど良い浅瀬と岩場を発見した。この辺りの流域全体が浅そうだし、危険そうな生物も見当たらない。透明度が高いので、万が一何かが近づいてきてもすぐに逃げられる。
そして、脱いだ服は岩に置き、俺が後ろを向いておけば、問題無くアオイ先輩が水浴びできる。
という方向性で話をしたら、彼女はおかしなことを言い出した。
「レンくんも一緒に水浴びするんだよ?」
何を言っているの? という感じの顔だ。何を言っているの?
「……いや、アオイ先輩からどうぞ。見張りとか、必要でしょう」
「要らないよ。人なんているわけ無いし」
俺もそう思うが、そうじゃない。
「レンくんはこっち側。私はそっち側。これでオールオッケーだよ」
アオイ先輩が指差したのは、大きな岩の左右側。つまり、俺たちがどっちも水に入り、かつお互いが見えない位置で水浴びをするという形を作り出したいらしい。
「何もオッケー味を感じないんですけど……」
「覗きたいんでしょ? お互い覗き合いっこしようよ」
「マジで何を言ってるんですか!?」
変態さんだぁ!
「いやアウト。アウトですよアオイ先輩」
「えー。良いじゃん減るもんじゃないし。レンくんの裸、すごく興味あるんだよね。私も裸、レンくんに見せるからさ」
アオイ先輩は物凄く生き生きしていた。女の子がそう簡単に男に裸体を見せちゃいけませんよ。危ないよ。
クソデカ葉っぱを採取している時もそうだが、何故か彼女は俺の肉体を見たがる習性がある。バンドマンは大抵変態であることはなんとなく理解していたが、アオイ先輩もその例に漏れていないようだ。
「お願い! ちょっとだけ! ちょっとだけで良いから! ……先っちょだけで良いあだぁっ!?」
「思いついちゃいけないことを思いつかないでください!」
流石にゲンコツを食らわせた。暴力とは程度問題なのでこれくらいは指導の範疇です(個人の意見です)。
「さてはドSだなレンくん。悪くない一撃だったぜ」
頭をさすりさすり、それでもおちゃらけることをやめないアオイ先輩だった。そして俺はドSではない……と思う。
「とにかく、覗きはダメです。アウトです」
「ぶーぶー。……分かったよー。じゃあ、覗かないから、一緒に水浴びしよう?」
どうしても、そこだけは譲れないようだった。
……折れるか。俺も、身体を洗いたいのは確かだし。
「……分かりました」
「やったぁ!」
何故なのかは全く分からないが、アオイ先輩は大喜びだった。
「……本当に、覗かないでくださいよ?」
「大丈夫大丈夫」
男女逆だろこのやりとり、あとフリじゃないからな、と言いたくなったが、ツッコミ続けても話が進まない。俺は一度ため息を吐き、ショルダーバッグからタオルを取り出した。
◇◇◇
まあ、正直な所、アオイ先輩が楽しい気分でいられるのなら、裸を見せても構わなかったりする。いや一定のラインはありますけどね?
それに、彼女のそういう一面も、嫌いじゃない。むしろ好きだ。
ただ、常識という言葉が邪魔していた。男女間における常識と言うべきか、一般常識と言うべきか。
やっぱり俺は面白くない人間だなあと、ついつい自虐してしまうが、そうは言ってもなあ、と、せめぎあいに悩まされてしまっていた。
程よく冷たい浅瀬にしゃがんで浸かりつつ、肩に水を掛けていく。
川に素っ裸で入るなんて初めてだったが、慣れてしまえば意外と悪くない。どころか、気持ち良い。
風邪を引く可能性を考えると髪までは洗えないが、これなら十分リラックスできるだろう。
「レンくーん!」
「はーい!」
「私、今素っ裸だよー!」
なんの報告だ。
「……俺もでーす!」
ただ、俺も少しだけはっちゃけてみようかと、なんとなく、思った。
「うっそー!」
「ほんとでーす! 全裸でーす!」
お互いに全裸であることを報告し合う。すると、だんだん、楽しくなってくる。
そう、こんな状況だからこそ、楽しむべきなのだ。
俺たちは今、酷い目に合っている。まともな食事にありつけない。屋根のある家で眠れない。楽器にも触れられない。家族にも会えない。何もかもが、無い。
虫なんて本当は食べたくない。雨が降ったらどうしよう。肉食動物に襲われたら、毒蛇に噛まれたりしたら、転んで怪我をしたら、風邪を引いてしまったら。
俺はネガティブで、物事を悪い方に考え過ぎる。それでもこうしてやっていけているのは、アオイ先輩のお陰だ。
やっていけているどころか、楽しい、とすら思う。たったの4日間で、『楽しい思い出』が一気に増えた。
アオイ先輩と四六時中一緒にいて、彼女のことを色々知ることができた。いたずら好きだとか、下ネタ好きだとか、なかなかのゲラだとか、知らない一面を次々に知ることになり、その度に俺は嬉しくなる。
ステージの上の彼女を観ているだけで満足だと思っていた。思い込んでいた。
もっと、彼女のことが知りたい。こんな時に何を考えているのかと思わなくもないが、一度動き出した欲求を止めることが、どうしてもできない。
「……」
そんなことを考えつつも、流水の気持ち良さを十分に堪能した俺が、そろそろ上がるかと立ち上がろうとした時。
「レンくんレンくん」
「やっぱりな!」
思いっきり近くから声が聞こえ、目をそちらに向けないようにしつつ、大事な部分をすっと隠して再度しゃがむ。
「私、今全裸だよ」
「見ませんし、見せませんよ」
「思った通りだ。やっぱりレンくん、良い筋肉してるねぇ」
筋トレは全くやっていなかったが、軽いランニングはしていた。『最低限のスタミナは付けておけ』という親の方針に従い、小学校低学年の頃から続けていたことだが、そのお陰というかなんというか、アオイ先輩に褒められた。
「……そろそろ上がりたいんで、戻ってもらっていいですか?」
「えー。お尻も見せてくれたら良いよ」
「ヘンタイですか!」
こんなやりとりをしばらく続け、結局アオイ先輩は目的を果たせずぶーぶー言いながら戻っていった。
女子の生態を知っているわけでは無いが、間違い無くアオイ先輩は特殊寄りな人だ。羞恥心をどこかに置き去りにしつつ、自分の欲求に素直に従うという、なかなかにデンジャラスな生き方をしている。
ホント、楽しいな、この人。
タオルで身体を拭きつつ、俺は思わず頬を緩めた。
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