1-fragment
君と羊と”青”
”七色の森”脱出後のある日のこと。
「ねぇレンくん。変なの見つけたよ」
「……確かに、変なのですね」
俺たちはいつも、食事の準備をする際には役割分担している。
俺は川で魚を獲り、アオイ先輩は森で焚き火用の枝やその他の食材を集める。むかしむかしあるところに、なんて書き出しから始まりそうなルーティーンと化していたが、本日はそこにちょっとしたスパイスが混じったようだ。
それは、円形だった。
2枚のフリスビーを上下重ねたような形。直径30センチくらい。焦げ茶色。見た目の特徴としてはそんなところで、珍しい種類の木の実だろうか、という感想を抱いた。
ただ、その木の実っぽい何かには、しれっと衝撃的な特徴があった。
なんとなく、ノックする時の手で叩いてみると、ポンポンと、スナッピーのついていないスネアドラムのような音がしたのだ。
「おお……」
俺はドラムができる。なので、この音を聞いた時、少し、いや結構テンションが上がってしまった。
懐かしい。1ヶ月近く楽器に触れていない。やばい、ドラム叩きたくなってきた。ギターもベースも弾きたい。楽器と戯れたい。
この場にはふさわしくない、押し込んでいた感情がぐんぐん肥大化していく。
ポンポン。ポンポンポン。ポポポポーン。
叩けば叩くほど、楽しくなってくる。やっべ、楽しい。ポンポン楽しい。俺ポンポン好き。
「レンくん」
「!?」
若干幼児退行していた俺だったが、アオイ先輩に呼びかけられて我に返った。
「今日は歩くの止めにして、休まない?」
◇◇◇
テントの中で。
アオイ先輩は、両手に棒を持っている。ドラムスティックだ。
「よろしくお願いします、レン先生」
「……はい」
こんなことしている場合なのだろうか、などと、一瞬空気の読めない俺が顕れかけたが、それ以外の俺がはいはい今日は黙っててくださいねーとぐいぐい隅に追いやった。
「じゃあ、まずは、16分音符を叩けるようになりましょうか」
「うん」
アオイ先輩はあぐらをかき、置いた木の実と向き合う。
「基本は『柔らかく』、です。スティックが柔らかいな、って感じる持ち方してみてください」
本来なら、スティックの支点を探せとか、そこを親指と人差し指でつまむように持てとか、具体的に説明すべきなのだろうが、アオイ先輩は天才肌なので、ふわっとした言い方で問題無いと判断した。
実際、正解だった。そこまで時間を掛けずに、正しい……というより理にかなった持ち方をした。スティックの支点付近を、小指で柔らかく握り込んで持ち、ふらふらと揺らしている。
……いやそれモーラー奏法の持ち方なんだけど!?
怖っ。アオイ先輩思ったより天才が過ぎる。
モーラー奏法とは、要するに超絶柔らか奏法のことだが、それはさておき。
以前、『スティックは持ってるけどドラムは叩いたこと無いよ』と言っていたが、流石に疑わざるを得ない。こんなことで嘘を吐くとは思えないので、すぐに霧消したが。
「レンくん、こんな感じ?」
「は、はい。それで大丈夫です」
大丈夫とは言ったが、どうしよう。このままの教え方で良いのだろうか。よく考えなくとも、俺は人に何かを教えた経験が無い。ましてや天才に、だなんて、俺ごときの教えで悪影響を与えてしまったらまずくないか。下手したらせっかくの才能を潰してしまうかもしれない。
待て、落ち着け俺。
無駄に重く考えすぎだ。悪い癖がまた出てしまった。
教えるとは言っても、お遊びなんだから。気楽に行け。適当に行け。
逆に考えろ。アオイ先輩なら、どう教えようが問題無く自分のモノにできるはずだ。仮にまずい方向に進んでしまったとしても、その前に修正すれば良い話だし。
「……とりあえず。叩きましょうか。リズムよく、右、左、右、左、で。ゆっくりで良いですよ」
「分かった」
ポン。ポン。ポン。ポン。
BPM60。1秒に1回のリズムで、スティックを木の実に向かって振り下ろす。
うわあ、本当にすごいこの人。
俺が見ていたのは、腕の使い方だ。
ストロークの基本は、『腕全体を鞭のようにしならせる』だが、アオイ先輩は最初からできている。身体の連動を良く分かっている人の動きだった。
俺の場合最初は棒が棒を持っているみたいにガッチガチで、親に教えられつつそこそこ時間を掛けて慣らしていったのだが。やはり俺とは違って才能の塊だ。羨ましい。
「どう?」
「……すっごい、上手です。びっくりしました」
「えへへ、ありがとうレンくん」
はにかむアオイ先輩が最高にかわいすぎて顔面が溶けそうになった。
引き続き、叩く速度をゆっくりと上げていってもらう。
ポン、ポン、ポン、ポン。
ポンポンポンポン。
ポポポポ……の段階では、流石にリズムが乱れだしたが、この分だとそう時間も掛からずに、16分音符をキレイに叩く段階まで到達できるだろう。
「……♪」
アオイ先輩は真剣に取り組んでいたが、頬がわずかに緩んでおり、楽しそうにも見えた。
そんな様子を眺めている内に、俺の頬も緩んでいた。
「……レンくんが叩くとこも見たいな」
「……俺ですか?」
「うん。ギター弾いてるのはたくさん見たことあるけど、ドラムは無いから」
「分かりました」
今度は俺がスティックを持つ。
とりあえずルーディメンツでもやるかと、早速木の実をポンポン叩いていく。
RLRL。LRLR。RRLL。LLRR。RLRR。LRLL。その他諸々。
Rは右。Lは左。様々な順番で、ゆっくりと速度を上げつつ。
いわゆる基礎トレーニングをこなし、一段落すると、アオイ先輩が一言呟いた。
「……かっこいい」
そうですか。
めちゃくちゃ嬉しいです。part2。
もっとかっこいいことするか。アクセントを付けつつ高速で。たまにスティックトリックも交えたりして。流石にガチのプロほど上手くはないが。
俺の今できる全力で、アオイ先輩にもっと褒められたい。俗物的な感情を全開にし、俺はまた木の実をバカスカ叩いていった。
◇◇◇
「抱きついていい?」
「駄目です」
アオイ先輩に背中から抱きつかれた俺は、高鳴る胸をなんとかしようと、今一度木の実を叩こうとする。
「……ふぅぅ」
「ひゃんっ!?」
変な声出ちゃった。いきなり耳に息を吹きかけないでください。練習の途中なのに。いたずら好きめ。
「……ギター、弾きたいな」
「……そう、ですね」
俺はバンドマン……かどうかは微妙なところだが、アオイ先輩は間違い無くバンドマンだ。
ここが異世界であろうとなかろうと、その事実は変わらない。音楽をしたいという思いが消え失せるはずが無いのだ。
アオイ先輩の掻き鳴らす、エレキギターの音をよく覚えている。強烈な歪み系と空間系のエフェクターを多用した、幻想的で破滅的で、感情がダダ漏れのエモーショナルなサウンド。
彼女が組んでいたバンドは、基本的にオリジナル曲が中心だった。作詞は彼女がやっていると聞いたが、作曲も彼女のスタイルが起点となって行われていたのかもしれない。そう予想してしまう程度には、彼女が突出して目立っていた。
「……でも、良いや。レンくんが、いるから」
「それは……」
「そんなこと言わないで」と言いそうになったが思い留まった。
ここが、異世界だからだ。音楽をしたいという思いがあっても、実現できるかどうかは不透明だったからだ。
エレキギター、エレキベース、ドラムセット。そういった、普通のバンドを構成する楽器が異世界に存在しているなど考えられない。何もかもが確定していない状況だとしても、これまでに起こった出来事を考えると、どうしても諦めの感情が前面に出てしまう。
「……俺も、アオイ先輩がいれば、良いです」
結局、同じような言葉を返した。半分嘘であることは、アオイ先輩なら簡単に見抜けるだろうが。
「……」
アオイ先輩は何も言わない。少し、居心地の悪い雰囲気が漂う。
「……ふぅぅ」
「あひゃあっ!?」
また彼女は、俺の耳に息を吹きかけると、俺から離れた。
「交代しよう、レンくん」
「……はい」
俺の言葉が正解だったのか間違いだったのかは、分からない。
ただ、アオイ先輩はいつも通り、笑っていた。
いつも通りであるのなら、俺もそうする。
いつも通り頑張って、アオイ先輩とこのサバイバル生活を乗り切る。差し当たって今日は、休む。遊ぶ。楽しむ。
アオイ先輩にスティックを渡しつつ、絶妙に矛盾したことを思うのだった。
ちなみにアオイ先輩は、今日一日でBPM150ぐらいの16分音符を叩けるようになった。俺は白目をむいた。
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