i-2.”奴隷”と”奴隷”2
アオイ先輩は今、俺の上半身に覆い被さって寝ている。
大変素敵な状況ではあるが、そうも言っていられない。
だんだんと、熱が上がっているような気がする。呼吸も荒く、なんらかの病気に罹ってしまった可能性が高い。
ただの風邪ならまだしも、この”アーエール”特有の病気で処置が必要だったとしたらまずい。
悪いことに、今はサバイバル中だ。
もう少しで村があるという情報はあるが、この状況でたどり着くのは厳しいとしか言いようが無い。
俺はまともに歩けないほどの大怪我を負っている。アオイ先輩も、こんな体調では歩けるかどうか。
「アオイ先輩……起きて」
「……んー」
差し当たっては、身体を温める為寝袋に入ってもらう。寒いわけでは無いが、考えうる限りの対策は取らなければ。
「起きて。ちゃんとして寝ましょう」
「……」
俺は上体を起こし、アオイ先輩の身体を抱える。脚の痛みが一気に増すが、それでも起き抜けの時よりはマシになってきている。
寝起きというのもあるだろうが、目が虚ろでぼうっとしている。汗ばんでもいるし、寝袋の前に自分の身体を拭いてもらうべきか。
……いや、それよりもまずは食事だ。
彼女の身体を隣にそっと横たえ、看病の準備をする為そっと立ち上がる。
やはりかなり痛い。が、このレベルならぎりぎり耐えられそうだ。
「……レンくん……」
「大丈夫です。ちょっとだけ待っててください」
俺はアオイ先輩にそう告げ、脚になるべく負担を掛けないようそろりそろりと外に出た。
◇◇◇
残っていたシチューを温め直して食べさせ、身体を拭いてもらい、寝袋に入れた後、軽く濡らしたタオルを額に乗せ、ひとまずは落ち着いた。後はしっかりと睡眠を取ってもらう。
快復を祈るぐらいしかできないのがもどかしい。
「ありがとう、レンくん……」
「気にしないで、寝ちゃってください。とっとと治してしまいましょう」
「うん」
そう言って目を閉じ、何も言わなくなった。俺も怪我のことがあるので、すぐに眠ることにした。
◇◇◇
しかし、次の日。状況は更に悪化していく。
「……!」
アオイ先輩の額に触れると、明らかに熱が上がっている。起きてはいるが、意識が朦朧としており、苦しそうに呼吸していた。
なのに、できることが無い。解熱剤でもあればまだマシだったかもしれないが、俺もアオイ先輩も持っていなかったし、回収した物品に薬らしき物も無かった。
どうする。どうするべきなのか。
ここで、看病を続けるべきか。幸いアイツらが遺した食料はまだある。栄養を摂らせ、身体を温め、頭を冷やし続ければ、いずれは快復するだろうか。
いや、駄目だ。なんの病気かも分からないのに、そんな楽観的な考えでアオイ先輩に万が一のことがあったらどうする。
そもそも、本当に病気なのか? マルクが、あの時アオイ先輩に何かをした可能性もある。考えるだけではらわたが煮えくり返るが、当の本人は既にこの世にいない。彼女の症状について、快復させる方法について、答えられる可能性のある人間は、この場に存在しないのだ。
最悪の場合を、考えてしまう。
”エーテライズ”に、『呪い』のような効果があるモノがあったとしたら。もしもマルクが、アオイ先輩に『呪い』の”エーテライズ”を掛けたのだとしたら。
アオイ先輩は衰弱し続け、いずれは──。
──やるしか、無い。
ただ、果たしてそれは可能なことなのか。
分からないが、こうなってしまったからには選択肢は一つしかない。
俺は覚悟を決めた。
◇◇◇
必要最低限の荷物を、アオイ先輩のリュックに詰め込み、前側に背負う。
「アオイ先輩。行きましょう」
「れも……れもぉ……」
呂律が回っていないが、拒否の意思を感じる。しかし、こればかりは従えない。
「大丈夫です。もう、歩けます」
「……」
俺は強めに言葉を発し、アオイ先輩の反論を封じた。
「さあ」
背中を見せてしゃがむ。痛みが走るが、彼女にそれを悟らせないよう必死で我慢する。
しばらく待つと、ふらふらと立ち上がったアオイ先輩が、身体を預けてきた。
「よし。よし……じゃあ、いきます」
俺は彼女の脚を抱え、ゆっくりと立ち上がる。
「~~~っ!」
覚悟が決まっていたところで痛いものは痛い。
ぶちぶちと、何かが切れる音が聞こえてくる気がする。その度に痛覚信号が俺の脳天を突き抜け、力が抜けそうになる。
ただ、耐えられる。歩ける。これなら、いける。
一歩踏み出す。激痛。耐える。一歩踏み出す。激痛。耐える。
大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。全然痛くない。全然痛くない。全然痛くない。全然痛くない。
そんなことを繰り返し頭の中で呟きながら、俺はこのサバイバル生活最後の移動を開始した。
◇◇◇
──痛い我慢痛い我慢痛い我慢痛い我慢痛い我慢痛い我慢痛い我慢痛い我慢痛い我慢。
ズボン越しに、血がにじみ出てきている。
──痛い我慢痛い我慢痛い我慢痛い我慢痛い我慢痛い我慢痛い我慢痛い我慢痛い我慢。
身体が熱い。熱すぎる。
──痛い我慢痛い我慢痛い我慢痛い我慢痛い我慢痛い我慢痛い我慢痛い我慢痛い我慢。
目がかすむ。
────痛い我慢痛い我慢痛い我慢痛い我慢痛い我慢痛い我慢痛い我慢痛い我慢痛い我慢痛い我慢痛い我慢痛い我慢痛い我慢痛い我慢痛い我慢痛い我慢痛い我慢痛い我慢痛い我慢痛い我慢痛い我慢痛い我慢痛い我慢痛い我慢痛い我慢痛い我慢痛い我慢────
◇◇◇
痛くても、血がにじんでも、痛くても、身体が熱くても、痛くても、目がかすんでも、痛くても痛くても痛くても痛くても我慢して我慢して我慢して我慢して、俺は歩き続けた。
どこかのタイミングで、ふわふわ、ふわふわ、ふわふわするようになった。まるで自分がわたあめにでもなったかのように、ふわふわ、ふわふわ、ふわふわしていた。
これは好都合だった。わたあめなら、アオイ先輩を優しく包み込めるからだ。この状態で移動すれば、問題無く村までたどり着ける。
ただし、急がなければならない。いくらふわふわしていても、アオイ先輩がなんらかの病気で、あるいは『呪い』で、苦しんでいることに変わりは無い。
一刻も早く医者か誰かに診せなければならない。
俺はいい。ふわふわしているから。
◇◇◇
誰かが、休憩していた。ふわふわしていない俺と、アオイ先輩だった。
彼女と、何かを言い争っている。ダメ、大丈夫です、お願い、大丈夫、といった押し問答を繰り返し、最終的にふわふわしていない俺は彼女を強く抱きしめた。すると、彼女は黙った。
もう一度アオイ先輩をおぶって歩き出す。
すると、ふわふわしていない俺は消えた。
◇◇◇
ふわふわ。ふわふわ。ふわふわ。
自分がどこにいるのか理解できない。自分が何をしているのか理解できない。ただ、ふわふわ、ふわふわ、ふわふわしていた。
アオイ先輩。
アオイせんぱい。
おれは、アオイせんぱいのものだから。
あおいせんぱいは、おれのものだから。
だいじなことだから。
それだけは、それだけは────。
◇◇◇
──水の流れる音がする。
──誰かの叫びが聞こえる。
──そして、何かの駆動音が聞こえた気がした。
☆☆☆応援のお願い☆☆☆
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
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