1-20.四季 青:People = Shit
何もかもがどうでもいい。
だから、全てを受け入れる。
だから、全てをさらけ出す。
そうやって生きていこうと、決めていた。
私はきっと、狂っていた。
なんのことは無い。いじめ。家庭内暴力。ネグレクト。その他諸々。
そういった、どこにでも転がっているような不幸な出来事が積み重なった結果、私のどうしようもない人生観が構築されていった、という話だ。
私がギターを手に取ったのは、どうあがこうとも矛盾しか生まない人生観に、一つの答えを出す為だった。
全ての想いを受け入れる為にステージに立ち。
全ての想いをさらけ出す為にギターを弾き、歌い。
そんなモノどうでもいいと切り捨てる為に、狂ったように笑う。
でもそれは、単なる逃避行動でしかなかった。もっと狂いたい、でももう狂いたくない。そんな二律背反を生み出す結果にしかなっていなかった。
私が彼と初めて出会ったのはそんな時だ。
彼が軽音楽部に入部してからずっと、私は彼のことが気になっていた。
部室前の広場で見かけるたびに、ミニアンプにヘッドホンを挿してギターを練習していた。
ずっと、一人の世界にこもり続けていた。
いつかのライブで、同級生バンドのヘルプで出演していた時に観た彼も、やっぱり一人の世界にこもっていた。
あまりにも淡々としていた。周りのメンバーの奏でる音に合わせるだけの、ロボットのような演奏。ただただ自分の為の練習をしているだけであるかのようだった。
自己中心的。だけどその技術は、他の部員と比べて圧倒的に隔絶していた。
私にはそれが、周りの目など気にすることなく、ただひたむきに楽器とだけ向き合い、その先にある自分の目標に向かって、迷うこと無く突き進んでいるかのように見えた。
私は、そんな彼の様子を見続けて、羨ましいな、と、いつからか思うようになった。
私の最大の二律背反が始まったのは、そこからだった。
気になるけど、どうでもいい。
羨ましいけど、どうでもいい。
真似したいけど、どうでもいい
憧れているけど、どうでもいい。
話し掛けたいけど、どうでもいい。
どうしていつも一人でいるのか、どうしてそんなに上手いのか、どうしてこの軽音楽部に入部したのか、どうして固定バンドを組まないのか、どうしてそんなに練習を頑張っているのか、どうして、どうして、どうして、どうして、どうでもいい、どうでもいい、どうでもいい、どうでもいい。
そんな風に日々を繰り返し、その果てに異世界へと流れ着いた。
私はこのサバイバル生活で、タガが外れてしまった。
気になっていた彼と、どうでもいい彼と、二人っきりの世界で過酷な日々を過ごす内に、私の心がだんだんと暴走していくのを自覚していた。
私は彼が大好きになってしまった。死にたくなるほど大好きになってしまった。何もかもどうでもいいと思っていたのに、大好きになってしまった。
キリッとしていて、でもどこか気だるげな顔が好きだ。普段は無表情だけど、たまに見せる笑顔が好きだ。はっちゃける時の顔が好きだ。恥ずかしがる時の顔が好きだ。いざという時に見せる男らしい顔が好きだ。無精ひげが生えてきて、ワイルドになった顔が好きだ。でもやっぱり無表情な時の顔も好きだ。
少し筋肉質な身体が好きだ。汗をかいて艶めく肌が好きだ。日焼け跡が好きだ。首元のほくろが好きだ。浮き出た鎖骨が好きだ。努力の痕が見える手が好きだ。触れた時の、絡めた時の、抱きついた時の温かさが好きだ。
心意気が好きだ。優しさが好きだ。ちょっと過剰だけど、気遣ってくれる所が好きだ。頑張っている所が好きだ。ネガティブな所が好きだ。慎重な所が好きだ。たまに笑わせようとしてくれる所が好きだ。意外と怖がりな所が好きだ。
声が好きだ。仕草が好きだ。匂いが好きだ。在り方が好きだ。彼の何もかもが、大好きだ。
大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してると何度言っても何を言っても足りないぐらい、私は彼に心酔している。
彼が望むのであれば、私はなんでも受け入れるし、なんでもする。私は彼になら犯されてもいい。ゴミクズのように扱ってくれてもいい。○されてもいい。○された後に○されてもいい。その後○○○○に○○○まれ、○○かどこかに○されてしまったって、別に構わない。◯し、◯され、◯し、〇〇され、〇〇◯れ、〇〇◯◯〇〇、〇〇◯◯〇〇〇〇◯◯〇〇〇〇◯◯〇〇、〇〇◯◯〇〇〇〇◯◯〇〇〇〇◯◯〇〇〇〇◯◯〇〇〇〇◯◯〇〇〇〇◯◯〇〇〇〇◯◯〇〇。
でも、彼はそんなこと望まない。
彼は考えすぎる。優しすぎる。善い人すぎる。そして、私のことを想いすぎる。
私には伝わっている。彼の想いが、十分すぎるほどに。
だけど私は、受け入れられない。受け入れてはいけない。私がそれを受け入れてしまえば、彼も私と同じように、狂ってしまうから。
彼には『普通』でいて欲しい。『普通』の幸せを享受して欲しい。生を謳歌し、死を悼み、夢に向かって邁進し、愛する人と幸福を分かち合い、子を成し、老衰し、家族や友人に囲まれて、最期まで幸せなまま、穏やかにその生を終えて欲しい。ここが異世界であったとしても、もしも地球に二度と帰れないとしても、そんな『普通』の人生を過ごすことはできるはずだ。
私はその為だけに生きて、彼を助ける。彼が『普通』でいる為に、私の全てをかけて彼の役に立ってみせる。
でも、やっぱり私は矛盾する。
いつかどこかで、別れの日が訪れる。彼の『普通』の人生に、狂った私の存在など必要無い。
だけど。
私の元から離れるのだけは、許さない。
私は彼のことが大好きだ。でも、彼の恋慕は受け入れられない。私は彼と一緒にいたい。でも、私は彼と一緒にいたくない。
何度も何度も何度も何度も矛盾を繰り返す。整合性が取れていない。道理が通っていない。そのたびに私は狂っていく。そのたびに何か、仄暗い快楽のようなモノを感じてしまう。
私は”矛盾性愛者”になっていた。
どうすれば良い? 彼の『普通』の為に、私のクソみたいな性的嗜好の為に、私たちはどうなれば両立するのか?
私は考え、そして折衷案を思いついた。
彼の『道具』になればいい。彼の悩みを解決する為の、彼の欲望を満たす為の、彼の役に立つ為の、『生きた道具』になればいい。
これが、狂っていた私の下した決断だった。
◇◇◇
私は、思ってしまった。
――レンくんが少しだけ壊れてくれれば、私を”奴隷”にしてくれるかもしれない。
私は、出会った二人の男を利用することにした。
私は”サバイバー”という”ギフト”を持っている。だから、二人が悪意を持つ人物であることは分かっていた。
『危険』が迫ってくることを知っていた。黒いモヤが、人形のような形で近づいてきていることを、早い段階で気づいていた。
私の”サバイバー”は、『危険』と遭遇する前段階で、避けることができるまでに成長している。
二人に気づかれる前に逃げることは可能だった。
だが、伝えなかった。
それが人間であること。それは『危険』だが、『死ぬ』可能性は低いこと。
なら、試してみても良いのではないかと、思ってしまった。
私は、レンくんに人間を殺してもらいたかったのだ。
足元に転がっている死体。少し遠くに転がっている死体。そんな物どうでもいい。何もかもどうでもいい。
私はレンくんを優しく抱きしめた。死体の横に立つ、今にもバラバラに壊れてしまいそうな、そんな表情をしていたレンくんを、これ以上は壊れてしまわないように、優しく、優しく。
レンくんを助けたい。レンくんを守りたい。レンくんの”奴隷”になりたい。
ああ、レンくん。
レンくん。
レンくん。
レンくん。
大好き。
大好き。
大好き。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
レンくんレンくんレンくんレンくんレンくんレンくんレンくんレンくんレンくんレンくんレンくんレンくんレンくんレンくんレンくん大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる――――
◇◇◇
私は、笑みを浮かべた。
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