1-19.鮮やかな殺人
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※グロテスクな描写があります。苦手な方はご注意ください。
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”それ”がテーブルにぶち当たった瞬間、全てがめちゃくちゃになった。
鍋。器。スプーン。ピッチャー。コップ。テーブル。椅子。
まるで、極小範囲で竜巻が起こったかのように強烈な風が吹き荒れ、巻き込まれた物品がカオスに舞い踊る。
しかし、本当に巻き込まれて欲しかった対象は、その場から距離を取っていた。反応されてしまったようだ。
しかし、落胆している暇は無い。
俺たちは既に駆け出している。森の中へ。
大丈夫。いける。
今は夜だし、光を使わず森の中に潜んでしまえば、発見される確率は低い。最悪見つかったとしても、この、革袋に入っていた球――砕けると”エーテライズ”らしき現象が発動する球――で足止めできる。
更に最悪な状況に陥ってしまった時は、俺の”ハンター”を発動する。それで終わらせることができる。
”ハンター”は、本当に最後の手段だ。
俺は人を殺せるギフトを持っているが、なるべくなら使いたくはない。現代社会の倫理観の中で生まれ育ったのだから、当たり前だ。
だが、俺はアオイ先輩の為なら、例え対象が人間であったとしても、殺す。そう、決めていた。
俺はちゃんと覚悟している。覚悟できている。
だからこそ。
俺は、優先順位を間違えたのだと、酷く後悔することになった。
「……ぇ?」
左右の太ももに、鋭い痛みが走った。
待て。おかしい。なんで。どうして。
やるべきことは決まっている。
走り方は知っている。
なのに、どうして、脚に力が入らないのか。前に出てくれないのか。
それどころか、異様にゆっくりと、身体が傾いていくのを感じる。
おかしい。おかしい。おかしいって。
ただ、逃げるだけだ。とっとと森の中に入るだけ。それだけのことなのに、達成できる気が全くしない。
なにせ、脚が全く動かない。神経がいきなり断絶してしまったみたいに、命令を受け付けてくれない。
動け。動けって。動いてくれよ。
頭が、ゆっくりと、地面に近づいていく。もはや走る体勢ですらない。
このままだと、顔が地面に接触してしまう。そうなると、何かが、致命的に、終わってしまう気がした。
腕が動くことに気づいた。その瞬間、俺は必死に腕を上げ、刻々と迫る地面から顔面をかばう。
衝撃が、俺の全身を襲った。続けて、ざあと擦過音が鳴った。
「かっ……!」
顔面をかばったは良いが、代わりに胸を打ってしまったようで、一瞬呼吸が止まる。遅れて、太ももからの激しい痛みが脳天まで突き上る。
そして、間髪入れず、ダメ押しに。
重い物が、俺の背中にのしかかってきた。
「レンく――っ!」
「おっと、おっと」
声が聞こえたが、痛みやら何やらでそれどころでは無かった。更に両腕も押さえつけられ、何もできない状態になる。
「おつかれさん。頑張ったな」
「ああがっ……!」
痛い。本当に痛い。背中が。膝かもしれない。神経を直接ごりごりと刺激されているかのようだ。
「お前、すごいな。肝が座ってる。いきなり”コア”を投げてくるなんて、正直ビビったぜ。もしかして最初から気づいてたのか、俺らの正体を?」
答えられるわけがないだろう、こんなに痛いんだから。呼吸ができない、背中が痛い、太ももが痛い、全部が痛い、苦しくてしょうがない。
目から、鼻から、口から、液体が垂れ流しになっているような。それを止める余裕も無い。ただただ、いつこの痛みから開放されるのか、早く開放してくれと願うばかりで。
「お前らの”ギフト”、本当は別の力があるんだろ? なあ、教えてくれよ。そしたらどいてやるから」
黙れ、うるさい、今忙しい。
「言わない? 言わないつもりか? それとも苦しくて言えないか? 仕方ないな、じゃあ慣れるまで俺が喋っててやるよ」
「うぅっ……」
膝の力が弱まる。だが、相変わらず太ももは酷く痛み、思考は散らばる。
「お前の脚に撃ったのは『光矢』って言ってな。人が”エーテライズ”を使えないってのは、嘘だったってことだ。ちなみにそれ以外は本当のことだから、安心していいぜ。ここから逃げられるなら、村に助けを求めに行くのも良いかもな」
「……!」
「まあ、行かせるわけないし、行けないだろうがな、この脚じゃ。だが頑張ったご褒美だ。もう少しだけ俺らのことを教えてやるよ」
「……」
「”ドリフター”の保護をしてるってのは本当なんだがな、この国でそんなこと真面目にやっても割に合わなくてな。他国に売っちまった方が早いし、圧倒的に金になる」
やはり、人さらいだった。今更どうでもいいことだが。
「なんでマルクの『思考抑制』でじわじわ扱いやすくするつもりだったんだが、まさか一発で気づかれるとはな。”アーツ”の発動光で気づいたのか? だとしたらマルクはくだらないミスしたな」
「……」
「おいなんか喋れよ、対話は人間関係の潤滑油だぞ」
「ぐぅっ……!」
また、膝に力を入れてくる。痛くて痛くてたまらない。
自分の無力さが情けなくなる。ここまでいいようにされて、何もできない自分に腹が立つ。
「どうなんだ? 答えろよ。それとも”ギフト”か?」
「……」
「言わないか。強情だな。じゃあ分かった、趣向を変えよう。あっち、見てみろよ」
逃避したかった。
この痛みから。苦しみから。悲しみから。苛立ちから。
それは自分中心の考えで、なんの変哲も無い人として自然な反応だった。
周りのことを考えられる余裕など無い。だが、本来なら自分のことよりも優先すべきヒトがいた。
忘れていたのか、忘れさせられていたのか。分からない。それでも俺は、思い出した。思い出したのだから、最優先で行動に移さなければならない。
俺は、首を傾けた。そして、その光景を見た瞬間。
オレは激昂した。
「……ぁぁあぁああああああああああああっっっ!!!」
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す。
コイツらは殺す。絶対に殺す。苦しませて殺す。生まれてきたことを後悔させるほど殺す。
刺殺する即殺する滅殺する鏖殺する誅殺する惨殺する屠殺する必殺する。
指を一本一本切り落としてやる。
五臓六腑を滅多刺しにしてやる。
部位ごとに切り分けてやる。
腹を切り開いてハラワタを引きずり出してやる。
途中で死んでも全部食わせて生き返ったらまた殺してやる。
お前らは彼女を傷付けた。お前らには死ぬ義務がある。オレはお前らを殺す権利がある。
だから死ね。殺す。今すぐ殺してやる。殺した後に殺してやる。
タリナイモノがある。このままでは殺せない。
殺す為に動作させるべきカラダが動かない。殺す対象に押さえつけられているからだ。だがこれは問題無い。脳の機能を少しイジれば、痛みなど無視してコイツ以上の力で押し返せる。
オレは武器を握っていない。これも問題無い。
オレはサバイバルナイフを服の中に隠している。ズボンの右側だ。右腕を下げ、サバイバルナイフを抜き取れば、後は殺す為の適切な動作を『なぞる』だけで良い。
何一つ、問題は無い。全て実行可能。
なのにオレの中で、場違いな疑問が生じた。
――オレは、俺なのか?
それは、遠くから聞こえる叫びにも似た声だった。
オレはそんなこと言っていない。思ってもいない。では、頭の中でかすかに響くこの声はなんなのか。この、オレのやるべきコトを邪魔する煩わしい声は。
――うるさい。消えろ。お前に構っている暇は無い。
オレは今すぐコイツらを殺さなければならない。グチャグチャに、刺ス箇所がどこにも無くなるくらいに殺シキラナケレバナラナイ。
ソウしないと、アオイ先輩をタスケラレナイ。
――オレは、俺なのか?
うるサイ。キえろ。オ前に構ッテイル暇は無イ。
――オレは、俺なのか?
ウルサインダヨ。黙レ。死ネ。
――オレは、オレはオレはオレはオレはオレはオレはオレはオレはオレはオレはオレは――
黙レ黙レ黙レ黙レ黙レ黙レ黙レ黙レ黙レ黙レダマレダマレダマレダマレダマレ!!
「……なっ!?」
殺す。
殺す。
殺す。
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺スコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス殺す殺スコロス殺す殺スコロス殺す殺スコロス殺す殺スコロス殺す殺スコロス殺す殺スコロス殺す殺スコロス殺す殺スコロス殺す殺ス――――
◇◇◇
オレは、笑みを浮かべた。
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