1-18.end phase3
俺は、彼らとの会話の中で、彼らが犯罪の常習犯なのではないか、という疑念を抱いていた。
穏やかで自然な語り口調で俺たちを安心させて同行を求め、俺たちの”ギフト”について訊いておくことにより、万が一の時の対策を頭の中で練る。
こう考えると、相手が何をするつもりなのかが見えてくる。
人さらい。
”アーエール”に、”奴隷制度”が存在していたら。俺たちは格好のターゲットなのではないか。
”ドリフター”である俺たちは”ギフト”を持っている。例え俺たち以外に”ドリフター”が一定数いるこの世界でも、”アーエール”側から見たら希少な人材だ。
つまり、人身売買の場で、俺たちは間違いなく高値で売れる。合法だろうと非合法だろうと、金になるのなら関係ない。特に、この世界が中世的な文明レベルであるのなら、そういったことが横行していると考えた方が良い。
マルクとジョンは、人さらいのプロである可能性が高いと俺は結論づけた。
もし予想が正しければ、俺たちのような素人が敵う相手ではない。会話の駆け引きだけでなく、荒事も。
ただし、俺たちにはアドバンテージがある。
アオイ先輩の”サバイバー”により、相手の危険性を既に見抜いていること。
俺の”ハンター”などによる、いざという時の攻撃手段があること。
これらを、相手が知らないこと。
俺は、せめぎ合っていた。
彼らは、信用できない。今までの話も、嘘か本当かも分からない。
例えば村があるという情報も、嘘かもしれない。もしもその村とやらが、彼らの仲間の拠点だったとしたら。俺たちは、のこのこと敵だらけの場所に足を踏み入れるということになる。
悪い予想はいくらでも湧いてくる。だが、俺はアオイ先輩を信じている。
アオイ先輩は彼らから何を得ようとしているのか俺には分からないが、何か考えがあるのだろう。俺はそれを信じている。
それに、いざとなったら俺がいる。俺が”ハンター”で敵を殺せば、切り抜けられる。
これは試練。そう、俺が強くなる為の試練だ。アオイ先輩をこの先も助ける為の、守る為の、強くなる為の試練でしかないのだ。
俺は考えすぎる。慎重すぎる。バランスが悪い。だからここは、『大胆』の練習をするべきだ。
アオイ先輩の『合図』を待つ。いざという時の為に、腹を括っておく。何も変わっていない。
◇◇◇
鍋の中になみなみと入っている、どろどろとした白い液体。まごうことなきシチューである。
表面に浮かぶ具材の多さもあいまって、食欲をそそる。
また、乾パンのようなものも用意される。
はっきりいって、ごちそうだ。
この一ヶ月、果実や虫、魚、時に獣という、料理と言うより栄養補給の為の食べ物を食べているような状態だった。
焼いたり茹でたり下処理したりと工夫してはいたし、美味いとも思ったことはあるが、目の前にあるこれは、人間の食文化の発展による傑作の一つだ。
本当に久しぶりに、このような文化的な食事が目の前に出され、腹の虫が喚き散らさないなんてあり得ない。
俺は喉をごくりと鳴らす。
ヤバイ。本当に食いたい。食いまくりたい。
しかし、これを作った人間がネックだ。
毒を疑う必要がある。しかし俺にはそれを見分ける力は無い。
アオイ先輩の”サバイバー”が頼りだ。このギフトなら、毒入りシチュー、あるいは毒入り乾パンだとしても、黒いモヤが確認できれば食べずに済む。ただし、即逃亡という事態に陥ってはしまうが。
「うわあ……美味しそう!」
と言いながら、右手を口に添えた。
『問題無し』のハンドサインだ。
本当に良かったと、正直思ってしまった。こんなごちそうを目の前にして食べられないなど、地獄もいいところだ。
「いえ、いえ、このような物しか用意できず申し訳ない」
マルクはそう謙遜しながら器にシチューを取り分け、各人の手元にスプーンを添えて置き、自身も座った。
「では早速いただきましょうか。君たちもどうぞ遠慮なく、お代わりもご自由に」
「ありがとうございます、いただきます」
そして、ぬるりと夕食の時間に突入する。
◇◇◇
雑談もそこそこに、あっという間にシチューと乾パンを平らげた。
本当に美味しすぎて、食べ過ぎないようにするのが一苦労だった。
腹がパンパンでいざという時満足に動けない、なんて間抜けもいいところだ。俺は我慢してお代わり一回に留めておいた。アオイ先輩も同じだ。
彼らは残りを全部食べ尽くした。かなりの量だったので、胃の容量がすごいなと、酷く気の抜けたことを思ってしまった。
「ごちそうさまでした。本当に、食事を分けていただいてありがとうございました」
「いえ、いえ。……おっと、飲み物の用意を忘れていました」
そう言ってジョンが荷物置き場から持ってきた物は、一斗缶と同じくらいの大きさの樽だった。底部付近の側面に蛇口のような、いや、まさしく蛇口が付いている。どことなく”ドリフター”の影響を感じる物品、その名も”ピッチャー”だった。
「果実水です。少々酸っぱいですが、美味しいですよ」
テーブルの端に置いたピッチャーから木製のコップに果実水を注いでいく。まるで現代的なキャンプをしているかのような気分になる。
腹が膨れたせいか、俺はどこか安心してしまっていた。全く怪しげな行動を取らないどころか、”アーエール”という世界について懇切丁寧に教えてくれたし、美味しい食事までご馳走になった。
警戒心が、解きほぐされていた。
分かってはいた、だが、しばらくの間は、それこそ今日の時点では何もしてこないのではないか、と無意識に思い込んでいたのかもしれない。逆に、何かが起こるまで思う存分利用してしまえばいい、と増長してしまっていたのかもしれない。
完全に、甘かった。
果実水をコップに注いでいる様子は、位置関係でよく見えない。しかし、途中でぽうっと、マルクの手元辺りから青白い光がかすかに漏れた。その瞬間。
腕を、がっと掴まれる。
「!?」
びくりと勝手に身体が反応する。横を見ると、アオイ先輩が、口に左手を添えている。
『今すぐ逃げる』。
俺は頭をぶん殴られたかのような衝撃を感じた。
マジか。このタイミングなのかよ。
「どうぞ」
どうするべきか。どうやって逃げるべきか。
いや、分かっている。こんな場面も、想定している。
大丈夫。大丈夫だ。
慎重に慎重を重ねて相談した。ありとあらゆるパターンを想定した。自分たちの武器となり得るモノを検証した。
ビビるな。落ち着け。これはただの練習。練習。練習だ。
呼吸。吸って、吐く。吸って、吐く。
そうやって、身体のこわばりを解きほぐす。
位置関係。
俺とアオイ先輩は隣同士。マルクはテーブルを挟んだ真向かい。ジョンは俺から見て左斜め前。全員、テーブルの近くにいる。
逃走先。
川の方角。俺たちの背後。
実際の行動。
既に決めている。
「……あぁっ!」
リュックをごそごそと漁るアオイ先輩が、急に大声を上げる。
「どうか、しましたか?」
マルクは問う。
「ごめんなさい、私、さっきの場所に忘れ物をしちゃったみたいで。ちょっと、取りに戻ります」
「あぁ、あぁ、そうですか。しかし、明日で良いのでは? 暗いですし」
「いえ、とても大事な物なんです。万が一のことがあったらまずいので」
多少のパワープレイは、こうなってしまった以上致し方ない。怪しまれても、むしろバレたとしても、次の手は既に考えている。
「……。では私たちも護衛を――」
「いえ、俺も行くので大丈夫です。すぐに戻りますんで」
強引に話を切り上げ、俺たちは荷物を背負って歩き出す。
「なるほど、なるほど……。一つ、お伺いしても?」
「……なんでしょう?」
俺は振り向き、返事をした。
マルクは、言った。
「何故、この飲み物が危険だと気づいたんですか?」
俺は、手に握っていた”武器”を、テーブルに投げつけた。
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