1-9.よすが
サバイバル生活、7日目に突入した。ラッキーセブンの日である。
俺は今、猛烈にドキドキしている。これが心臓が爆発しそうっていう感覚か、ってぐらいドキドキしている。
何故かというと、アオイ先輩に抱きつかれているからだ。背中に。
もうちょっと詳しく言うと、俺たちはあの時の俺とお前みたいに、一人用のテントに二人で寝ているのだが、アオイ先輩は横を向いている俺の背中を抱き枕のように使用している。左腕を俺の首の下に潜り込ませ、右腕を俺の腹に載せ、その状態で全身を俺の背中にくっつけている、という状態である。
一人用のテントに男女が二人で寝ている。更に、思春期の男の子が女の子に抱きつかれている。恋人同士でも無いのに。
これが大問題であるのは分かっている。分かっているともさ。
もちろんちゃんと一旦はお断りしましたよ? ほんとだよ?
昨日色々あった後、俺はいつものように葉っぱベッドで寝ようとしたのだが、アオイ先輩に言いくるめられてしまい、結局二人でテントを使用することになった。
当然、一人用なので狭い。なので俺はできうる限りアオイ先輩に接触するのを避けるため、超端っこに寄って、丸まって寝た。アオイ先輩には怒られたが、これは男としての矜持であると頑なに身体を広げようとはしなかった。
なのにどうしてこうなった?
俺は普通に身体を伸ばして寝ちゃってるし、アオイ先輩はその後ろに俺から距離0メートルの位置にいる。寝ている内に耐えきれなくなっちゃった、みたいな? 矜持の敗北か? そもそもなんで寝袋を使っていないの? 寝る時ちゃんと使っていたよね?
いや、嬉しいよ? とても嬉しいけどね?
服越しではあるが、アオイ先輩の感触は、まさに女の子らしいというか、温かいし、色々と柔らかい。腕とか、胸とか、身体とか。
水浴びは定期的にしているものの、服は一週間同じものを使っている。だというのにアオイ先輩からはとても良い匂いがする。もしかしたら匂いじゃなくてフェロモンかもしれない。いやどうでもいいか。嗅ぐな俺。
それにしても、なんという素晴らしい朝だ。起きたら背中に天使がひっついているだなんて。いや”狂い姫”か。なんでもいいが、こいつァたまらねえぜということだけは確かだうっひょう。
バカヤロウ落ち着け。
でもこれ、どうしよう。動けない。
がっしりとしがみつかれているわけではないので、ゆっくりと動けば起こさずに抜け出すことは可能だろう。しかし、何故か動く気になれない。
まあ何故かも何も、このシチュエーションを楽しんじゃっているからだけど。
「ぉんっ……」
気持ち悪い声が出ちゃった。アオイ先輩、俺の背中に口をつけてもぐもぐしないでください。よく見かけるが、寝てる時の癖だろうか。かわいいけど。
こそばゆく、何故か保護欲が掻き立てられる感覚だった。猫に甘えられているみたいな感じだ。
アオイ先輩は起きている時は大人っぽいというか、いたずら好きな、子供っぽい性格を持つ姉、といった雰囲気なのだが、寝ている時は幼目の顔つきや小柄な体格のせいもあって、完全に年下っぽくなる。これが多様性というやつか。違うか。
こう、体勢を180度変えて、優しくなでなでしたい。全身全霊でかわいがりたい。変な意味じゃなくて。嘘じゃない。
ああ、これ以上は本当にマズイ。これ以上楽しむと本当にくるりんぱしてしまう可能性がある。そうなったら下手をすれば俺の俺が俺になってしまう。全然嘘だったわ。いけませんそんなことは。不埒ですよ全く。
そうだ、頑張れ。頑張るのだ俺。
下劣な欲望に負けるわけにはいかないと、俺は身体の上に乗っている腕をゆっくりと外し、まるでナマケモノの如くそうっと動き、ついでに近くに置いてあったタオルをひっつかみ、なんとかアオイ先輩を起こさずにテントから脱出することに成功した。名残惜しいことこの上ないとは考えてはいけない。
「顔洗うか……」
起きたらまず最初に行うルーティーンだ。俺は色々な意味でさっぱりする為、川辺に移動した。
◇◇◇
「今日は洗濯をします」
「洗濯?」
アオイ先輩が目覚め、朝食となる虫などを調達し終え、鍋で茹でている最中に放った一言である。
「流石に服が汚れ過ぎだし。私もレンくんも、結構臭いよ」
「うっ……」
毎日毎日汗だくになり、着替えもしていないのだから当然だ。だがアオイ先輩の芳しい香りは……いや待てそれ以上は考えちゃいけない気持ち悪さが天元突破する。
「……それは、ズボンも含めてですか?」
「うん。下着も」
「まじすか……」
納得はいくことだ。だが、洗濯するにあたって、問題点がいくつかある。
「乾くまでは動けないですね。後、その、下を隠す方法が……」
パーカーは洗う必要が無いので、上半身はそれを着れば良い。しかし下着とズボンは替えが無い。つまり、洗濯している間は、何か方策を考えなければぶらぶらさせるしかないという珍現象が発生してしまう。洗濯物が乾くまでテントの中にこもるというのも、なかなかに辛いものがあるし。
アオイ先輩については、うん。自分のパーカー着て、下は俺のジャケットを腰巻きにでもすればどうにかなるだろうが。
他にやりようはいくらでもあるのに、変に抵抗感があってか俺は微妙に否定的な反応をしてしまった。
「ふっふっふ。レンくん、私は思いついてしまいました」
アオイ先輩が不敵に笑う。なんだろう、何故か背筋がゾクゾクする。
「葉っぱ」
「ああ……」
テントが手に入るまでベッドとして使用していたクソデカ葉っぱ。それを巻いて凌げ、ということだ。
何も問題は無い。無いのだが、何故にアオイ先輩はこうもドヤ顔をしているのだろうか。少し考えれば誰にでも思いつく手段のはずなのだが。思いつけなかった俺が言うことではないが。
「というわけでごはん食べたら早速取りに行ってね。いやぁ楽しみだなぁ」
「……アオイ先輩、俺に何かする気ですか」
「いやいや全くソンナコトハナイヨー」
あえて棒読みで、あえて目を泳がせているなとすぐに分かった。なんとなくだが、アオイ先輩が本気で嘘を吐く時は全く分からないような気がする。
アオイ先輩は恐らく楽しんでいる。どういう目に合わされるのかは不明だが、いやこれまでの出来事からしてなんとなく分かるが、ここはあえて乗っかることにする。逆に彼女がどんな反応をするのかを俺は楽しむことにしようと決めた。
「……まあ、分かりました」
「うふふ。うふふ」
嫌な予感しかしない含み笑いだったが、アオイ先輩がそうしろというのなら従うまでだ。彼女があっはっはと笑う姿を、俺は見たい。
俺は彼女の笑っている顔が、好きだからだ。
◇◇◇
と、いうわけで。
俺は朝食後、葉っぱを一枚採取しに行き、そして戻ってきた。
俺のパーカーがびっちょびちょになり、干すのに適していそうな岩場の上で太陽の光を浴びていた。あいにく、は違う表現だろうが、本日は雲ひとつ無い晴天なり、である。
「やったなあんた……」
「ぴゅーぴゅー」
アオイ先輩は目を泳がせ、ヘッタクソな口笛を鳴らしていた。白々しさのテンプレートである。
やっぱりな、と俺は思った。要は、葉っぱ隊になれということだ。
本当は嫌すぎる。ふんどし一丁ならぬ葉っぱ一枚とか、どこの原人だ。
だが俺は、既に覚悟を決めていた。アオイ先輩が笑ってくれるのであれば、一日ぐらい原人として生きるのにやぶさかではない。本当なら対抗策はあるだろうが、ここはあえてとことん付き合ってやるのだ。
「……とりあえず、着替えてきます」
「え、ほんと!?」
うわあものすごい目をキラキラさせてきやがるこの人。どんだけ見たかったんだ。
……ええい、ままよ!
俺はテントの中に入り、いそいそと服を脱ぎだした。
そして、葉っぱ隊(スニーカーは履いている)となった俺は満を持してアオイ先輩の目の前に馳せ参じた。
「ぶふっ……あははははは!」
案の定、爆笑されたが構わない。
笑うことは健康に良いと、どこかで聞いたことがある。うろ覚えだが、医学的にも証明されているそうだ。
それなら、このサバイバル生活においては”笑い”も取り入れるべきだ。
一体いつまでこんな生活を続けるのか分からない。道具や武器も増え、段々と便利になってきているとはいえ、それで不安が解消されるなんてことは全く無いのだ。
まずは絶対に二人で生き延びる。そして人里を見つけ、この世界のことを知る。それがスタートラインなのだから、こんなところで潰れるわけにはいかない。
「……原始人、フォーーーーーー!!」
無敵の俺は止まらない。某ハードゲイのように両手を斜め45度に掲げ、がに股になり、腰を高速で振る。
一発ギャグは思い切りの良さが肝要だ。中途半端に恥ずかしがっていては、笑えるものも笑えない。若干キャラ崩壊してきているのを感じるが、知ったことじゃないと無理やりその感覚をねじ伏せる。
「……! ……!」
アオイ先輩は腹を抱え、声にならない声を出していた。
腹筋崩壊、やってやったぜ。
「……ちんちんが……ぶらぶら……!」
彼女は座っていた為、どうやら角度的に見えちゃってたようだ。セイセイセ~イ!
◇◇◇
ひとしきり笑われた後。
葉っぱ隊の俺と、上半身パーカー&下半身俺のジャケットスタイルのアオイ先輩は、それぞれ川で衣服を洗った。彼女は俺の分も洗おうとしたが、流石に自分の下着を洗われるのは恥ずかしかったので固辞した。
その後は俺のパーカーのように岩場に置いて干そうと思ったが、森でつる植物が生えていたことを思い出し、俺は採取しに向かった。上半身は裸で、しかし靴は履き、葉っぱを腰に巻き、サバイバルナイフを装備するスタイルだ。
どう突っ込めばいいか分からない感じのそれだったが、もはや俺は自分をどこかの部族の一員であると暗示を掛けていたので、問題なく採取し戻り、つるを上手いこと木に結んで洗濯物を干した。アオイ先輩の下着を目にするわけにはいかないので、当然別々の場所だ。
その後乾くまで移動はできないので、俺はこのタイミングでアオイ先輩にここが異世界かもしれないという話をした。
スキル、魔法、今も空の多くを占有している青い星など、いくつかの根拠を提示し、今後もまたその要素が出てくるかもしれないと話したところ、やはりというか、彼女は簡単に受け入れた。
話している内に、俺は一体何を言っているのかと馬鹿らしくなってきていたが、そこはなんとか我慢した。
実際のところ、確定事項では無い。あくまでもそれっぽい要素がある、というだけだ。確定させる為には、人に出会わなければならない。
「……やっぱり、レンくんにも”スキル”はあると思うんだよねぇ」
異世界のことを受け入れるどころか、適応しようとしている感じがして少し驚いた。
「……ですかね」
「うん。何か、条件があるのかもしれないね」
異能力が存在する世界における作法のようなものを理解している。もしかしたらアオイ先輩も、何かそういった趣味を持っているのかもしれない。
「アオイ先輩って、ファンタジー系の漫画とかラノベとか読んでたりするんですか?」
「私、作詞もするからねぇ。別にラノベだけじゃなくて色んな本濫読してるよ」
初めて知った。作詞もそうだが、読書家でもあったのか。
それなら理解が早いのもうなずける。
条件。
特定の手順。物。場所。時間。対象。
色々と考えられるが、現状それを知る手段は無い。
「自分の”スキル”なんて予想も付かないし、どうしようもないんで。今はできることをします。アオイ先輩、頼りにさせてもらいます」
「うん。私もレンくん、頼りにしてるぜ」
アオイ先輩はいい笑顔でサムズアップした。始まりの洞窟で貰った、同じセリフとジェスチャーだった。
異世界についての話を切り上げ、俺たちは再度食料を求めて森の中へと入っていった。俺の格好は定期的に笑われたが、何も気にしない。俺はとある部族の一員なのだから。
俺は、どこか吹っ切れていた。
アオイ先輩は俺を助けてくれるし、俺はアオイ先輩を助ける。それは何も変わらない。
しかし、これまでのような過剰な必死さは消え失せ、上手い力の入れ方を身につけたかのような感覚だった。
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