1-10.”狩人”1
俺は、アオイ先輩の持つスキルに”
名付けた理由は単純で、このサバイバル生活におけるモチベーション向上の為である。言い換えれば厨二心の刺激の為、とも言える。
俺たちは二人でゲームをしている。そういうメタ的な意識でいた方が、気持ち的に楽になれるだろうと考えたのだ。
ただ、そうは言ってもここは現実だ。細かい部分では色々と考えるべきことが多い。特に、俺ではなく、アオイ先輩のことで、だ。
それを改めて感じたのが、歯磨きについてアオイ先輩が提案した時だ。
歯ブラシが無い為、これまでは指なりティッシュなりで歯磨きならぬ歯拭きをしていたが、アオイ先輩が『火も起こせるようになったし、炭で歯を磨こう』と言った。
どうやらそういうシーンを動画で観たことを思い出したそうだ。
なので俺たちは、夜に"コンロ箱"を使って、初めての焚き火をした。
次の日できた炭を冷まし、石で細かくしたものを歯に塗り、水を含ませたティッシュで磨く。
なかなか口がさっぱりし、これは良いと思ったので、残った炭は全て持ち歩いて歯磨き粉として利用することになった。
今までもそうだったが、オーラルケア以外にも、今後解決すべき問題は出てくるだろう。
特に、アオイ先輩は女性だ。身体はともかく、心の摩耗の仕方が男である俺とは異なるはずで、その辺りしっかりコミュニケーションを取って、気遣わねばならない。
歯磨きの件については、俺はまだまだ考えが不十分だったなと反省し、可能であれば、彼女の為にも歯ブラシになりそうなものを見つけるか、あるいは作るかしようと、心の隅に留めておくことにした。
俺は一人でサバイバルをしているわけでは無いと自覚し、常に相方の状態に気を配る。これは今後の俺の行動におけるポリシーとして、心に刻みつけることになった。
◇◇◇
サバイバル生活は続く。
いくつかの試練が発生した。
川沿いを進むのが俺たちの基本方針だったが、それができなくなる場面があった。
向こう岸も含め、段々と勾配がついていき、最終的には渓谷のような地形へと変化していく様が見えた為だ。
川が谷底にあり、降りられない。その状態が長く続くかもしれないと考えた俺たちは、水分確保の為、手に入れた水筒と、アオイ先輩が持っていた空のペットボトルに水を満たした上で、木々が密集した坂道を上っていった。その後はずっと、川を見失わないよう崖沿いを進んでいった。
渓谷を抜けるまでの道中にも、色々あった。
進む先に黒いモヤが掛かっている場所をアオイ先輩が視認し、大きく回り込まないといけなくなる場面があった。
内部に入るとどうなるのだろうと気になりはしたが、『入ると死ぬ』モノにわざわざ飛び込む馬鹿はいない。十分な距離を取り、川のある方角を常に意識しつつ素通りした。
それよりも、直接的な危機があった。好戦的な動物に襲われたことだ。
猪に似た、大きな牙を持った獣とばったり遭遇し、いきなり突撃されたのだ。
これには本当に焦った。アオイ先輩が声を掛けてくれなかったら、追突されて大怪我を負っていたかもしれない。辛うじて回避したが、その際に転んでしまい肘に大きめの擦り傷を作ってしまった。暑かったのでインナーの袖をまくっていたのが仇になった。
幸い獣はそのまま逃げてくれ、更にアオイ先輩が絆創膏を持っており手当ても行えたので事なきを得たが、サバイバル生活が始まってから最も危険な出来事だったので、今後はより注意して進もうと気を引き締めなおす一件となった。
その後もなんやかんやありつつも、三日掛けて渓谷を抜けることができた。
水分不足に陥ることは無かった。事前に水を持ち運んでいたのが功を奏したのだった。
◇◇◇
そしてサバイバル生活、14日目。渓谷を越えた後は、平地が続いていた。
ここまでくると、もはやいっぱしのサバイバリストとして認定されても良いのでは? というぐらいこの生活に慣れてきた。
道具が揃い、食べられる物は増え、生活の質は向上している。
アオイ先輩の”サバイバー”も日々成長しており、チートじみた性能になってきている。
同じキラキラでも、生食でいけるものと、調理すればいけるものの見分けが付くようになった。
食べられないものも見抜けるようになった。
食料に見えるが、実際には食すことが不可能なものには黒いモヤがかかる。煮ようが焼こうが絶対に無理だと、直感的に分かるそうだ。
更に、先日様々な道具を見つけた時のように、食料の元へのルートを示すキラキラも見えるようになったらしい。
そしてこのスキル、意識するだけで強度を自由自在に調節できるようになり、視界がキラキラモヤモヤしすぎて大変、などという問題も無くなったとのことだった。
”サバイバー”を存分に活用し、俺たちは十分な量の食事を摂れるようになった。
様々な種類の虫。果実。ナッツ。食べられるだけでなく、煎じると美味しいお茶ができる野草など。
川ではエビやカニなど、素手で捕えられそうな生き物を捕獲することができた。
これらを茹でたり焼いたり、あるいは生で、食べられるだけ食べた。
生きる為には十分、かどうかは分からないが、少なくとも腹は満たせるようになった。
しかし。しかしだ。
「肉……魚……」
「……食べたい……」
かぶりつけるものが食べたい。ちまちまちまちまと小さい虫を拾い、それを集めて茹でて食べるなんて作業はもううんざりだ。
鍋で焼くステーキ。焚き火で炙る焼き魚。そういった、サバイバルにおけるご馳走的な食べ物が欲しくて欲しくてたまらなかった。
実を言うと、肉を手に入れるチャンスは何度もあった。鳥や蛇、またネズミに近い姿をした動物なんかがそうだ。
全て不戦敗、といったところである。
鳥はボウガンで撃とうと革袋を漁っている内に飛び去り、蛇は身体がキラキラ、頭は黒いモヤと、明らかに毒蛇だった為に手を付けられず、エセネズミには警戒心が強すぎて逃げられる。
もしかすると簡単に捕らえられる、かつ真っ当な肉になる生き物がいるかもしれないが、アオイ先輩の"サバイバー"を持ってしてもそう都合良く見つかったりはしなかった。
「アオイ先輩」
「はい」
「……魚、ボウガンで獲れるか試してみませんか」
「やろう」
即答だった。
この時の俺たちは、例えば魚に矢を当てたとしても、即死させられなければ逃げられる、なんてことは思いつけなかった。完全に食欲に踊らされていた。
だが、結果的に、このことがきっかけで、もう一つのブレイクスルーが起こることとなる。
◇◇◇
魚は大体焼けば美味い。めちゃくちゃ美味い。早く食べたい。
そんな知識不足で短絡的な考えの元、俺たちは魚獲りに都合の良い場所を探し、そして発見した。
アオイ先輩は流れの遅い遠浅の流域で、裸足になり、ズボンの裾を上げられるところまで上げて立ち、ボウガンを構えている。
既に試射は試しているので問題無く使えるはずだが、こうして実戦に投入するのは初めてだ。
食べられる魚がいるところはキラキラして見える。アオイ先輩はそう言って、自ら戦場に立った。
こうなると俺は、黙って彼女の背中を見つめるしかやることが無い。
アオイ先輩は黙ってタイミングを計っている。わずかに見える横顔は真剣そのもので、格好良い。あとかわいい。
「……!」
そしてアオイ先輩は、トリガーを引いた。
弦が風を切る音とともに、小ぶりの矢が高速で射出され、水面に一瞬で吸い込まれた。
いけたのか。良く分からない。魚群らしき影が一気に動くのは見えたが、当てることはできたのだろうか。
「……あぁ、失敗」
アオイ先輩はそう言って肩を落とした。矢が水面に浮かんできており、ゆったりと下流へ流れていくのが見えた。
俺は慌てて裸足になってズボンの裾を上げ、矢を回収しに向かった。矢の数には限りがあり、可能な限り失いたくはない。
そのまま回収を終えてアオイ先輩の元に戻る。
「レンくんもやってみる?」
「チャレンジしてみようかな」
今度は俺が、ボウガンを構える。
「あのへん。いっぱいいる」
横に立ったアオイ先輩が、左斜め前方向、距離10メートル程度を指差しながら小声で伝えてくる。目を凝らすと、確かに黒い影がたくさん見える。
俺はその方向にボウガンを構え直し、タイミングを計る。
ああ、食いてえ。ボウルに一杯のポテサラもとい魚が食いてえ。
ついどこかの向井さんみたいなことを考えてしまったが、ともかく食べる為にどうしても魚が欲しい。
釣り、罠なども考えたが、準備するにも成果を出すにも時間がかかりすぎる。移動をし続ける俺たちの場合、一発で成否の分かるこの方法が最適なのだ。多分。
……集中しなければ。
一度息を吐いて余計な思考を外に追いやる。
集中。
集中。
集中。
魚を、射抜く。
――その瞬間だった。
俺はトリガーを引く。
その動作に従って、放たれた矢は瞬時に水中へと潜る。
しばらくすると、矢で串刺しにされた魚が浮いてきた。
何故か、間違いなく完全に死んでいることが理解できてしまった。
「……やった。やったよレンくん!」
「……?」
……なんだ、今の感覚は?
「……レンくん?」
俺は、目的を達成したことよりも、矢を発射する寸前に自分の身に起こった出来事を反芻していた。
言葉にはしづらい。が、あえて言うなら、その動作を行うに当たっての最適解を理解し、それをなぞり、実行に移した―――いや、移せてしまった、といったところだろうか。
「……いや、その……とりあえず、魚、拾ってきます」
「……? うん、わかった」
アオイ先輩はきょとんとしている。
俺も、よく分からないままに狩りを成功させてしまって混乱しつつも、何とか気持ちを落ち着け、仕留めた獲物を拾いに水音を立てながら歩き出した。
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