1-7.転機3
火。水。基地。食料。この内三つ、十分なクオリティのものが手に入った。食料についても、希望は見えてきた。
そして、ここにきて俺は、アオイ先輩のスキルがどういうものなのかをはっきりと理解した。
即ち、『生存する為の能力』である。
『食べられる物がキラキラ光って見える』。
これは人間が生きる為には食わなければならないのだから当然の力だ。
『道具を手に入れるまでの道筋がキラキラ光って見える』。
俺たちは身一つで火を起こしたり、動物を狩る技術を持ち合わせていない。目的を達成する為の道具を手に入れることは必須だった。
これにより俺たちは食べられる物が増え、生存の確率が飛躍的に向上した。
『入ったら死ぬ黒いモヤが見える』。
言い換えると、入らなければ死なない、ということだ。
これら全て、『生き延びる』という一つの共通した目的に従って発動した能力だと考えるとスッキリする。
だとすると、今後これら以外の生命の危機に遭遇した場合も、彼女の能力があれば回避できる可能性が高い。能力が成長していっていることも鑑みれば、より確信が持てるというものだ。
「……他力本願すぎる……」
「何か言った?」
「いえ、なんでもないです、頑張ります」
「??」
アオイ先輩の困り顔もかわいいなあなどと思いつつ、俺は今後のことを考える。
とにかく、アオイ先輩の”スキル”を活用すれば、このサバイバルを乗り切れる可能性が高い。
あまりにもご都合が過ぎる展開で、何者かの思惑を感じるが、それはどうでもいいことである。
問題は、俺自身のことだ。
俺とアオイ先輩は、助け合おうと約束した。なのに現状、俺は助けられてばかりで何の役にも立ててない。
俺が今日までやってきた全てのことは、アオイ先輩一人でもできる。彼女一人でも、”スキル”さえあればなんだかんだで乗り切ることができるはずだ。
精神面で支える、なんて曖昧な答えを出したくはない。何か、具体的に、物理的に、俺にしかできないことで、彼女の助けになることはないだろうか。
例えば、ここは異世界だ。
今の今まで見かけることは無かったが、異世界における定番の一つとして、”モンスター”の存在がある。
もしもそういった存在が現れた時、戦うことになった時、俺がなんとかしなければならない。
俺は”異世界”という概念に慣れているし、幸い武器もある。”ドラゴン”など、明らかに常人では倒せない相手ならともかく、”スライム”や”ゴブリン”、といった相手ならどうとでもなりそうだ。
そういう事態になれば――。
——いやいや、その考え方はキショいって。
ある考えが頭をよぎった。
マッチポンプ。
俺は、自分から危機を望んでしまっている。
俺はアオイ先輩を助けたい。助ける。助け合う。そう約束した。なのに、本来の目的を忘れ、助けて感謝されたい、好感度を上げたいなんて考えてしまっているのではないか。
本末転倒な卑しい考えだ。本当に気色悪い。
浮かび上がってきた自己嫌悪の種。それが俺の心の中に芽生えてしまった。
「……レンくん、また悪い癖が出てる」
嫌な思索に耽る俺の状態を敏感に察知したアオイ先輩が、声を掛けてくる。
「アオイ先輩……」
今の自分がどんな表情をしているのかは分からないが、まあ良くはないだろう。
思ってはいけないことを、思ってしまった。醜い深層心理が、顕れてしまった。
これをどう処理すれば良いのかが、俺には分からなかった。
「レンくん。思っていること、全部話していいよ。私はちゃんと、受け止めるから」
そうじゃない。そうじゃないんだ。
「……すいません。ちょっと、整理させてください」
結局俺は、アオイ先輩に話すことは無かった。
当然だ。言えるわけが無い。浅ましいにも程がある。
きっと俺は、また調子に乗ってしまっている。
六日間の旅路は濃密なものだった。極限状態にありながらも、楽しい思い出がたくさんできた。
その思い出の中には、全てアオイ先輩がいる。
吊り橋効果というやつだろうか。
元々、アオイ先輩への想いというものは、バンドマンとしての憧れと、わずかばかりの恋愛感情だった。
まず届き得ない。この想いは、二年の高校生活の中で淡く消え去り、いつかそんなこともあったなと浸る為の、甘酸っぱく、そして少し苦いだけの過去になるだけのもののはずだった。
しかし、あの洞窟で目覚めた時から、そんな憧れの彼女と、協力してこの難局を乗り切ろうと頑張ることになった。
そして今、武器を手に入れた。道具を手に入れた。それにより、余裕が生まれた。
だから気づいたのかもしれない。
俺は今が異常事態であることを忘れ、無意識に、歪に肥大化した欲望の元行動していた。
アオイ先輩を助ける為ではなく、アオイ先輩と親密な関係になりたいが為に。
◇◇◇
夜になり。
俺たちは川辺にテントを張り、食事を摂った。
テントから取り出したランタンの下、適当に回収した、十分とは言えない量の虫と野草を鍋の中で茹で、食べた。せっかく初めての”調理”をしたというのに、何の感慨も抱くことは無かった。
アオイ先輩は気丈に話し掛けてきてくれたが、俺は反応しつつもどこか上の空だった。
食事の後、「少し一人にさせてください」と断り、俺は星月の光の下を当てもなく散歩していた。
そういえば、と、俺は益体もないことを考える。
ここが異世界なら、何故月が存在するのだろうか。
日中に見える大きな青い星はともかくとして、月と太陽があるなら、宇宙規模で考えるとこの惑星は地球と似たような位置構成で巡っているということか。
電波が無いので何とも言えないが、スマホの時刻と昼夜の流れはある程度対応しているし、この惑星の一周期は地球と同じく24時間だと考えて良いだろう。
ここが異世界かもしれないとは、アオイ先輩にはまだ話していない。心理的にもタイミング的にもそれは不可能だった。
異世界転生モノを読み込んでいる俺はすぐに順応できたが、アオイ先輩はどうだろうか。
「はー、異世界かー、すごいねー」と、なんだか本当に分かっているのかこの人みたいな反応をしそうだ。あの星を見た時にもそんな反応だったし。
ついでに、”テント設営箱”によるトンデモ現象が起こった時も、”コンロ箱”の時も、”スキル”に目覚めた時も、どこか異様なほど簡単に受け入れてしまっている節がある。
彼女のしたたかさによるものか、あるいは麻痺してしまっているのか。いずれにせよ、パニックにならずに済んで本当に良かったとは思う。
俺はちゃんと、アオイ先輩を心配できているだろうか。気遣えているだろうか。
邪な気持ちが無いとは、今の俺にはとても言えない。行動原理に、『アオイ先輩に好かれたい』という余計な感情がひっついて離れない。
好きな人に好かれたいが為に頑張るというのは、人として自然な行いであるのは理解している。
ただ、タイミングが気に食わない。
環境にかこつけて、良いところを見せようとしている。言ってしまえばそれだけの話だが、俺にはそれが受け入れられなかった。
卑怯だ。フェアじゃない。アオイ先輩とそういう関係になりたいのなら、アオイ先輩が素でいられる場所で、正々堂々とアピールするべきだ。
「……………………はっ」
俺にこんな一面があったのかよと、自嘲する。
楽器を演奏するだけしか能の無い人間。音楽のこと以外は基本ネガティブ。興味の無い人間には冷たい。友達は少ない。アオイ先輩は褒めてくれたが、顔が悪くないとはとても思えないし、こうして延々と鬱々してしまう程度には頭の出来はよくない。
本当に、悪い癖だ。
俺は余計なことを考え過ぎてしまっているのだろう。
本棚のように、感情を自由に取り出し、しまえるようになれば良いのに。
もうなんだか、堂々巡りだ。
いっそのこと、全部ぶっちゃけてしまおうか。自分の卑しさを。自分の打算的な思惑を。
この期に及んで俺は、アオイ先輩に嫌われたくなくて格好つけてしまっているんじゃないか。自分がそういう人間であるということをひた隠したところで、それは結局自分の尊厳を護りたいだけのナルシシズムでしかないじゃないか。
彼女は俺を助けてくれると言ってくれた。なら、プライドなんか全部焚き火で燃やして甘えてしまってもいいんじゃないだろうか。
彼女は俺を見てくれている。心配してくれている。このままだと、ただただ彼女の迷惑にしかならないのだから。
「……………………そうだな」
戻ろう。
何もかも、どうでもいい。自分のことなんか、どうでもいい。
"どうでもいい"をあえて前面に出し、俺はアオイ先輩の元へと戻った。
◇◇◇
「私の話、するね」
俺は、アオイ先輩と話をした。
俺の話が終わると、アオイ先輩は、開口一番、そう言った。
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