1-6.転機2

「水筒っぽいの。鍋。カトラリー類。塩っぽいのが入った小瓶。変な箱。ちょっとおっきい変な箱。変な板。変な球が容れ物にいっぱい。あと、ボウガンと矢筒? かな?」

「変な系はともかく、使えるものがいっぱいあって助かりますね」


 夕方に突入する一歩手前、といった時間帯。

 俺たちは戻ってきた川辺で、一つずつ戦利品の確認をしていた。


 まずはボウガン。

 本物のボウガンを見たことが無かったが、創作物の中でたまに見かけることのある武器である。


 弦を思いっきり引っ張ってみても、切れることは無かった。また、トリガーなどの金具部分は少し錆びついてしまっているが、そこまでひどい状態ではない。後で試射してみるつもりだが、使えないことは無いだろう。幸い矢筒に矢も何本か入っている。


 何に使うか。もちろん、狩りにである。

 習熟の必要があるだろうが、これがあれば動物の肉を入手できる可能性が出てくる。

 正直なところ、その動物自体ほとんど見掛けないが、それでも何回かは確認している。

 普通に近付けば逃げられる。だが、ボウガンさえあれば何とかなる。はずだ。


 良いものを頂いた、ありがとうございますと、改めてあの死者に感謝を捧げた。事実としてはただの窃盗なのだが、生き延びる為には仕方の無いことだ。罪悪感で動けなくなるわけにはいかない。そういうセンシティブな感情は心の底に押し込んでおく。


 それよりも、生まれて初めて、武器というものを使うことになるのだから、思う存分厨二心をくすぐられていくべきだ。そうした方が精神衛生上良いと結論づけた。


 次は、小さい方の変な箱だ。


 一辺5センチ程度の灰色の立方体で、上部にはスイッチのようなものがあり、底部の四隅に小さな足が付いていた。

 そして、横面の一つに文様のようなものが刻まれていた。一つの円の内部にびっしりと、図形や判読不能な文字らしきものが描かれており、まるで魔法陣みたいだな、という感想を抱いた。


 思うところはありつつも、箱を魔法陣が外側を向くように置き、スイッチを押してみた。


「うおぉっ……!?」

「おおーっ!」


 俺は驚いたし、アオイ先輩はなんだか楽しそうなニュアンスを出しながら驚いていた。

 というより、このサバイバル生活の中で一番の驚きだったかもしれない。


 箱が幻想的な青い光を放ったかと思うと、続けて箱からにゅうっと、大きな円錐状の、箱と同じ色をした物体が飛び出してきたのだ。


「……アレ、だねぇ」

「……そうですね、アレです」


 察して? 的な会話になってしまったが、まごうことなきテントである。

 外観はテントだし、内装もテントだったので、これはもうテントでしかない。

 更に、テント内上部にランタンが吊り下げられており、一つだけだが寝袋も置かれている。

 外周の底面はしっかりと名称不明のあれで固定されている為、風で飛ばされる心配も無い。

 つまりこのスイッチの付いた箱は、何か、俺には理解不能な方法でテントを出現させ、一瞬で設営も完了させる装置である、ということだ。


 ……まあ。

 もう、認めてしまっても良いんじゃない? 別に頑なに否定する必要なんて無いっしょ。こんなん現実的に考えてあり得ないし。魔法で良いっしょ。剣もあるし。空にはでかい星あるし。アオイ先輩もあれだし。これだけ材料が揃っていれば、ねぇ。


 でも。


 そうなってくると、このサバイバルに意味あんの? それを認めてしまうと、ほぼ間違いなく家に帰れないってことになるよ?

 家族とも、友達とも二度と会えない。ギターも、ベースも、ドラムも、二度と触れない。漫画も、アニメも、ゲームも、小説も観られない。ライブにも行けない。


 つまるところ、あっちの世界の全てを捨て去るという覚悟が、俺にあるのか? と言う話だ。


 ある、とはとても言えない。言えないけど。


 それでも。


 俺の目の前にはアオイ先輩がいる。ちゃんと、生きている。綺麗だった髪はテカテカボサボサになっているし、血色も悪いし、頬も痩せこけているけど、それでもちゃんと、笑えている。頑張っている。

 諦めてはいけない。頑張らないといけない。助け合わないといけない。俺たちは、約束した。例えここがどこであろうと、約束を違えるわけにはいかない。


 例えここが異世界なのだとしても、そんなことは関係なく、絶対に、好きな人と交わした約束を、違えるわけにはいかないのだ。


 ……うん、認めます。

 ここは異世界だ。まず間違いない。というより、異世界であると仮定した方が色々とスムーズになる。

 いわゆる剣と魔法のファンタジー世界。異世界転生モノにおける定番の世界だ。

 その世界には、定番となる要素がある。


 ”スキル”。


 俺たちの現状に当てはめてみると、これはアオイ先輩の超能力が該当する。


 ”魔法”。


 これは”テント設営箱”。現実ではあり得ない現象が起こっているのだから、魔法と呼んで差し支えないだろう。

 設営だけでなく、恐らく収納もできるだろうから、いわゆる”アイテムボックス”という、異空間から物を出し入れできる魔法だと言える。


 まだ試していないがちょっとおっきい方の変な箱も魔法要素があるだろうし、変な板も変な球も魔法が関わっているアイテムだと思われる。


 他にも、先ほどの死者は”冒険者”、アオイ先輩が見た黒いモヤは”ダンジョン”の入り口、という風に考えるとしっくり来る。


 無限に考えられることがありそうだが、アオイ先輩に変に考えすぎるなと説教されたことを思い出して反省し、思考を検証モードに戻す。


 とりあえずと、”テント設営箱”のスイッチを再度押した。

 予想通りテントは、箱に吸い込まれるようにして消えた。


 これ、テント内に荷物を置けば本当に”アイテムボックス”として使えるのでは? と思ったので試したところ、テント(と元々セットになっていたランタンと寝袋)のみが吸い込まれ、荷物はその場に残った。あくまでもテント一式のみが出し入れできるようだ。


 おっきい方の変な箱も試す。


 これは箱と言うよりも厚めの板に近い。高さ10センチ、縦横20センチ程度の灰色の直方体だ。

 ”テント設営箱”と同じように、底部に足が付いているが、ツマミが横面に付いており、魔法陣は上部に刻まれている。

 大体予想が付いてしまって、俺は少し興奮しながらツマミをひねった。


 カチッ。


 ボッ。

 

 はい、完全にコンロです、本当にありがとうございました。


「火だ……!」

「やったねレンくん!」


 俺とアオイ先輩は飛び上がるように喜んだ。そして両手を恋人繋ぎされ、しばらくコンロの周りをなんらかの儀式のようにぐるぐると回った。手の柔らかさと同時にギタリスト特有の指の感触を味わった。本当にありがとうございました。


 火だよちくしょう。マジで嬉しい。これで虫のあのおぞましい食感を我慢する必要が無くなる。鍋もあるし、焼くことも茹でることもできる。つまり調理ができる。魚を焼いたら焼き魚。肉を焼いたら焼き肉だ。ってまんまやないかーい!

 くだらん死ね。

 情緒がバグっていたが構わない。だって火だもの。

 いや火ですよ? なめてんのお前?

 想像してみて欲しい。

 夜空の下で焚き火を囲む俺とお前。めちゃくちゃ腹が減った俺とお前が、串に刺したアチアチの焼き魚をはふはふと食べ、『塩が欲しいなぁ』とか『いや無くても十分美味いだろ』とかどうでも良いことをだべり、十分過ぎるほど焼き魚を食いまくった俺とお前はなんだか真面目ムードになって真面目な会話をし、眠たくなった俺とお前は本来一人用のテントを無理矢理二人で使って背中合わせに横になり、俺が『明日も頑張ろうぜ』と言うとお前がちょっと溜めて『……あぁ』とか言って天井に向かって拳を突き出すと、俺は無言で俺の手の甲をお前が掲げたお前の手の甲にこつんと合わせるという光景を。気持ち悪いだろ? 後お前って誰? パスタ作った人?(伏線回収)


 ちょっとはしゃぎすぎた。

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