1.憧れの先輩とサバイバル生活で仲良くなるphase

1-1.ナイトトーキングイズグッド1

 俺はクリエイターと称される人たちに強い尊敬の念を抱いている。

 0から1を産み出すという行為の辛さを知っているからだ。


 自分の脳内に存在する世界を、具体的な形として表現する。未熟ながらも、プロの音楽家として活動するべく作曲もやっている俺は、それがいかに難しく、そして辛いことであるかを知っている。


 俺にとって、クリエイターの作品に触れるという行為は、新たなものを創り出すという共通点を持った仲間を応援し、同時に自分自身のモチベーションを維持する、という意味合いを持っているのだ。

 濫読派、というべきか、それが作品であるならば、手に取って読む。観る。使う。楽しむ。そんなポリシーを、俺は持っていた。


 そういうわけで、俺は『異世界転生モノ』と呼ばれる、登場人物が生きていた世界とは別の世界に転生する、という物語のジャンルにも親しんでいる。

 Web小説投稿サイトで流行ったジャンルだが、俺はこういったサイトにハマり、結構な勢いで読み込んでいた時期があった。


 俺が「これ、異世界じゃね?」と思わず呟いてしまったのは、間違いなくこの時期が影響していた。


 とんでもなく広い森に囲まれている。富士山よりも圧倒的に高い山がその奥に聳え立っている。

 もちろんそれだけなら、ここが異世界なのではないかと疑うには根拠として弱い。

 だが、もう一つ。

 空の上に、太陽とは比べ物にならないほどの大きさの、青い球体が浮かんでいたのだ。

 

 ありえないほどでかい。でかいとしか言いようがない。


 圧迫感がある。近い。近くね? 今にも落ちてきそうで怖いんだけど。隕石とか? いやいやあんな綺麗な形と色の隕石があるものか。隕石ってあれだろ、岩だろ。あれは岩というか、惑星とか衛星とかその類だろ。いやだからなんだ。そんなことよりここはどこだ。異世界かもとかつい言っちゃったけど、そうじゃないだろ。むしろ俺たちが寝ている間にあの惑星が突然現れたと考える方が自然だろ。変に毒されすぎだ。まあそんな意味不明な現象が起こっている時点で実質異世界だと言えなくもないけど。いやいやいやいやだからそうじゃなくて。


「はー、すっごい景色だねぇ」


 横から、そんな声が聞こえた。

 四季先輩の声だ。

 微妙に間の抜けた声が、明後日の方向に向かっていった俺の思考を引き戻した。

 冷静にならなければ。


 一つ、深く息を吐く。


 スマホを確認する。相変わらず電波は入っていない。

 周りを見渡しても、電波が届くポイントがあるとはとても思えないぐらい広大で、人里がある気配も無い。

 残念ながら、俺のスマホも四季先輩のスマホも、緊急用の衛星通信は使えない。


 もう一つ、息を吐く。


 ようやく暗闇から解放されたと思ったら、今度はあまりにも広すぎる大自然。

 ああ、一難去ってまた一難だ。結局、何も解決していない。

 喉が渇いたし、なんだか妙な疲労感がある。

 息を吐いた意図とは裏腹に、今まで我慢していた良くない感情が、少しずつ染み出してくるような感覚がある。


 ……だめだ、落ち着けって。


「……レンくん、大丈夫?」


 ……そうだ。

 ここには四季先輩がいるじゃないか。

 ネガネガしている場合じゃない。

 

「……すいません、大丈夫です」


 そう言って、頬をバチコンと叩く。

 何も解決していなくとも、やれることはある。


「ほんと、よくわかんないねぇ、あはは」


 あくまでも四季先輩はお気楽な調子だ。だがきっと、対応としては正解なのかもしれない。

 俺も四季先輩の態度に倣い、全てを放り投げることに決めた。考えるのは、腰を落ち着けられる状態になってからでいい。それがいつになるのかは分からないが。


「全くです。それで四季先輩─―」

「あ、レンくん。あそこに川があるから、ちょっと行ってみない?」


 喉が渇いている。そう思っていた矢先に、渡りに船な提案だ。

 そこそこ近い。先の見えないとても大きな川が、木々に囲まれるようにして流れている。


「ナイス提案だと思います。ただ─―」

「ここからどう降りるか、かな?」

「です。それと、一度周りも見ておきましょう」


 洞窟から脱出すると、そこは高台だった、という話だ。

 ちょっとしたビルの屋上ぐらいの高さの岩の上に俺たちは立っており、すぐ先は崖のようになっている。「そうだね」と四季先輩は同意し、俺たちは歩き出した。

 

 予想通り、周囲を見ても全てが森だった。まさしく大森林、といった絶景である。

 なので予定通り、ここから降りれるかどうかを確認する為、川の方向にある崖に近づいてみると、意外とそこまで苦労せずに降りられそうなことが分かった。

 大小様々な岩が密集しているような形になっている。これなら、シンプルに高い岩から順に伝っていけば問題ないだろう。

 途中で飛び移ったり、飛び降りたりしないといけない場面はありそうだが、そこは気合でどうにかする。


「四季先輩。これ、いけそうですか?」

「問題なし。こう見えて私、運動神経良いんだよ」


 四季先輩は力こぶを作る仕草をして笑う。

 どちらかというと体格や顔つきが幼目な四季先輩がそんなことをしたせいか、微笑ましくて癒やされた。


「じゃあ、早速行きましょうか。俺が先に降りていくんで、四季先輩はついてきてください」

「りょーかい」


◇◇◇


 特にアクシデントが起こることもなく地上に降り立つことに成功した。まあ、四季先輩が岩を飛び降りた際に足をちょっと滑らせ俺に抱きついてきた、なんてことが一回あったが。

 ちなみに俺は紳士なので、しっかりとフォローはした。怪我は無いかと声をかけ、気をつけてと注意喚起し、柔らかくていい匂いがした。


 それはさておき、そこから俺たちは森に入り、川のある方向に向かって歩いた。

 思ったよりも木々は密集していなかったし、地面は平坦だったので歩きやすかった。ただ、気温は温暖で、冬服だと暑苦しかったので、お互いパーカーまで脱いで四季先輩のリュックに詰め込んでもらった。俺は長袖インナー、四季先輩は半袖バンドTを着た姿になった。


 当然疑問に思ったのが、何故冬なのに温暖なのか? という点だ。

『南半球』という、現状を鑑みると恐ろしくなる言葉が頭に浮かび上がってきたが、今はどうしようも無いと、この問題は遠くにぶん投げることにした。


 道中では色々と見つけた。人間よりも大きな葉っぱのついた植物。ブルーベリー、と呼べそうな、青く、小さな実の成った植物(食べてみると甘酸っぱくて美味しかったのでできるだけ集めた)、前方を横切るネズミっぽい動物、樹液に群がる虫など、これぞ森、という感覚を味わった。


 移動途中で首を虫か何かに刺され、うわかゆっとなる軽いアクシデントがあったが、これは四季先輩が虫除けスプレーを持っていたので、彼女にまで被害が及ぶことは幸いにも無かった。

 またその時、四季先輩が「あ、そういえば」とリュックから飲みかけの、というか半分も残っていなかったお茶の入ったペットボトルを取り出し、二人で分け合って飲む、なんてイベントもあったりした。


 洞窟ではライト機能を酷使していたので、スマホのバッテリーの残量は少ない。四季先輩のスマホは節約しているし、何ならショルダーバッグにモバイルバッテリーも入っているのでまだ問題は無いが、万が一電波が入ることも考えると、極力使わずに過ごしたい。


 どう考えてもこれからサバイバル生活をすることになる。

 俺も四季先輩もまだ口には出していなかったが、「もうこれ野宿確定じゃね」という雰囲気の漂う会話をしていた。


◇◇◇


 川にたどり着いた頃には、すでに空は黒く染まり、月や星々が燦然と輝いていた。あの青い星は、自転の影響だろう、今は見えなくなっている。

 洞窟内部とは違って周囲が全く見えないということはなく、かなり暗いではあるが移動に支障は無い。

 俺たちは川に近づき、水を掬って一口飲んだ。


「うまっ……」


 水が美味いと感じるのは久しぶりな気がする。途中で水分補給をしたとはいえ、一口二口程度のお茶だけでは全く足りていなかったので、思わずもう一度掬い、飲み、掬い、飲み、終いには服が濡れるのも厭わず顔を川に突っ込んでごくごくと飲んだ。


 十分に飲み終わった頃、時すでに遅しだが、煮沸消毒なり濾過なりしないとまずかったのではないかと思い至り、それを四季先輩に話したが、「大丈夫、飲める水だよ」と何故か確信めいた口ぶりで、俺は根拠も無く納得させられてしまった。


 まあ今更だ、と気持ちを切り替え、次にすべき行動を考える。

 とは言え、今から取れる行動など限られているわけだが。


「……この辺で野宿するか、ちょっと移動して野宿するか、ぐらいしか思いつかないです、四季先輩」

「あはは。私、野宿なんて生まれて初めてだよ」


 ついに、俺から野宿というワードを口にした。


 俺と四季先輩が川を目指した理由は二つある。

 まず一つは、生きる為に水分補給が必須であるということ。

 もう一つは、川沿いを下流に向かって進めば人里が見つかる可能性が高いということだ。

 そういう行動指針に基づき、とりあえずの目的地である川に到着したわけだが、自分たちが人間である限り、どこかのタイミングで睡眠は取らなければならない。


 移動の間に、既に覚悟は決めていた。これから先、何日もかけて川を下っていくことになると。

 定期的な休息は必須だが、テントだとかそういうキャンプ道具など持ち合わせているわけが無い。

 現代人としては、野宿だなんて経験したいとは全く思わないが、そうも言っていられない。

 どこで野宿をするかを問うたのは、俺自身が改めて覚悟を刻み直す為の発言でもある。


「四季先輩って、すごいな……」


 笑う四季先輩を見て、俺は思わず呟いた。


 道中、疲れたとか、そういった類のネガティブな発言は一切発してこなかった。むしろ逆に、それこそこの冒険を楽しんでいるかのような態度である。

 考えることを放棄している、と捉えることもできるかもしれないが、四季先輩は馬鹿ではない。むしろ逆に、とんでもなく頭が良い。今までの会話の端々から、それは感じ取れる。


 俺を気遣ってくれている、ような気がする。俺の気分が落ちそうになった時、絶妙なタイミングで、単なる励ましでない、心を奮い立たせる言葉をかけてくれるからだ。

 人の感情の機微を読み取る能力、言葉選びの巧みさ。

 尊敬できるし、見習いたい。俺は心底、そう思った。


「何か言った?」

「あー、いや、何でもないです」

「そう? あ、そうそう、思ったんだけどさ、さっきたくさん見かけたおっきい葉っぱ、あれ敷けば寝やすくなりそうじゃない? 地べたは流石に抵抗あるしさ」

「それ、いいですね」


 四季先輩の提案に、俺は頷く。

 砂利の上も土の上も、眠るのには適していない。

 あのクソデカ葉っぱなら、敷物として十分役目を果たしてくれるだろう。

 俺は早速とばかりに、スマホのライトを点け、四季先輩を伴って再度森に入っていった。


◇◇◇


 葉っぱを集めるのにだいぶ苦労したが、なんとか必要な分は手に入れて元の場所に戻ってきた。

 森に入ったとは言いつつ、そこかしこに生えている植物だったので探す手間はほぼ無かったのだが、茎の太さと柔らかさのせいで一枚切り離そうとするたびに四苦八苦する羽目になり、集めきった頃には汗だくになってしまった。

 ちなみに四季先輩はやたらと脱げ脱げと何故か興奮していたので、丁重にお断りした。


 適当な場所を見繕い、その場に葉っぱを重ねて置き、念の為水分を絞ったタオルで拭く、という作業を二回繰り返し、俺と四季先輩それぞれの分の即席ベッドが完成した。

 試しに横になってみると、意外と柔らかくて心地良い。重ねたおかげか、一枚の厚みのおかげか、その両方か、これなら寝る分には問題無さそうだ。葉っぱ最高。葉っぱ最強。

 俺のスマホは最高で最強な葉っぱを採取している最中にバッテリーが尽きたので、四季先輩に時刻を訊くと既に20時を過ぎているとのことだった。

 これが自宅だったらまだまだこれからな時間帯なのだが、現状光を産み出す手段がスマホしか無いし、夜にできる暇つぶしの道具を持っているわけでもないので、もはややれることは夜空を見上げることだけだった。

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