0-2.暗闇と先輩2

 分かってはいたが、ここはいわゆる洞窟と呼ばれるであろう場所だった。

 地面も壁も、光は届かないが恐らく天井も全てが岩。

 気になるものが落ちていたり、人が倒れていたり、嫌な可能性の一つとして誘拐犯が潜んでいるなんてことは見た限りでは無かった。

 探索を進めていく内に判明したのは、この場所が円形に近い形状をしているということだ。

 地面はでこぼこしていたり、一部突き出している部分があったりはするものの、はっきりとした高低差があるわけではない。

 壁も地面の延長線上といった様相で、概ね一定の曲面を描いている。


 要するにここは、広場を造る為に、人為的に掘り進めている最中であるかのような整い具合の空間だった。


「……寒いな」


 俺と四季先輩は今、お互いの持つスマホの光が届く位置関係を保ちつつ、二手に別れて行動している。

 この空間が円形になっていそうなことに気づいた時点で、壁に沿ってお互い逆方向に一周してみようと彼女が提案したからだ。

 幸い彼女の持つ光が認識できなくなるような事態に陥ることはなく、闇の向こう側にしっかりとその姿を確認できる。

 位置的に、そこまで広い空間ではなさそうだ。


「レンくーん! 見つけたよー!」


 四季先輩が叫ぶ。なかなか反響音が凄く、あちらこちらから呼ばれたような感じがして一瞬驚いたが、彼女がいるのは光がぶんぶんと勢いよく揺れている場所だと首を振る。

 そこまで時間もかからず目的のものを発見したようだ。

 俺はそのまま、壁沿いにではあるが、急いで四季先輩の元へ向かう。急いで、とは言っても小走りするには若干心許ない光量なので、実際には早歩きぐらいの速度ではあるが。


 四季先輩の元へとたどり着くまでにこれといったものは無かった。

 つまり、二人で協力してこの広場の内周を一周してみて、その中で見つけたのは、今目の前にある、人一人が余裕を持って通れそうな程度の大きさの横穴のみ、ということになる。


「すいませんお待たせしました」

「待ってないよ。私も今来たところ」

「いやデートか」

「うふん」


 軽口を叩き合ってはいるが、実のところ俺と四季先輩はそこまで親しい間柄というわけではない。

 軽音楽部に入部してから間もなく企画された懇親会で、自己紹介も含めて軽く話したことがあったり、後はライブ終わりだとかでちょいちょいと絡む程度の関係だったりする。

 共通の友人がいるとか、バンドを組んでいるとか、そういった特殊な事情があるわけでもなく、あくまでも単なる先輩と後輩の関係だ。


 まあ、実のところ四季先輩に対して一方的に特別な感情を抱いていると言えば抱いているので、そういう俺個人の事情も相まって、彼女との掛け合いとか、洞窟探索協力プレイとか、勝手ながら、俺は少しだけこの状況を楽しんでいたりする。

 四季先輩はどうなのだろうか。少なくとも表面上は問題ないように見えるというか、おちゃらけるほどの余裕はあるようだが。


「ここ以外には、無さそうだよね。多分」

「ですね。行きましょうか」


 当然の帰結だが、探していたのはこの洞窟から脱出する為の手段だ。

 もうここに用は無い。ここには俺と四季先輩しかいないし、持つべきものはすでに持っている。

 恐怖はある。もしかしたらこの先入り組んでいて迷ってしまうかもしれないとか、順調に進めたとしても誘拐犯が待っていて連れ戻されるか最悪殺されるかもしれないとか、悪い想像はいくらでも浮かんでくる。

 それでも、ここに留まっていてはまずい。食べ物も飲み物も無く、助けも期待できそうにないのだから、一にも二にも外に出て、その後改めて考えるべきことを考えるのだ。


「四季先輩、俺が先頭を歩きます。ライトも俺のスマホだけ使いましょう」


 男として、彼女は守らなければならない対象だと考えてしまう。

 独りよがりな考え方なのかもしれないが、育ってきた環境によるものか本能によるものか、とにかくそういう理屈ではない部分が表に顕れ、口に出してみた。


「レンくん」と呼びかけられ、振り向く。


「頼りにしてるぜ」と言って、いい笑顔で親指を立てた。


 考えていることを見透かされたっぽいなこれ。恥ずかしい。


 それでも、ちょろい俺は急激にテンションが上がる。そんな内心とは裏腹に、無表情で「頑張ります」とだけ頷いて横穴に入っていった。


◇◇◇


 20分ほど、二人でぽつぽつと雑談をしながら、壁沿いにひたすら進んだ。


「……しっかし代わり映え、しないですね」

「分かれ道とかあったら困るし、いいんじゃない? 上ってる感覚はあるし、きっともうすぐ出口だよ」

「そうだと良いんですけど……」


 横穴は螺旋状の上り坂になっていた。

 角度は緩やかだったので体力的な苦労はあまりなかったものの、いかんせん単調な為一体全体いつになったらゴールにたどり着くのだろうという精神的なストレスはかさんでいく。


 それにしても、広場でもそうだったがコウモリとか洞窟に生息していそうな生物を一匹も見かけないのはどうしてだろうか。掘削して間もないとか、そういう理由があったりするのだろうか。

 どう考えてもこの洞窟は自然現象でできたものではない。洞窟というよりも、施設と言った方が自然かもしれない。


 ではここは、何のための施設なのか。全く予想もつかない。螺旋型の道を下っていくと、最終的には何もない広場のみ、というこの構造の意味不明さ、もう訳がわからない。もっと進んでみれば、何か分かるだろうか。


 牢屋にする予定、とか? 後々この螺旋道を使って複雑に掘削して迷路のようにし、脱出を限りなく困難にする、みたいな。

 もしくは何かこう、闇の組織的な存在の秘密基地にする為の基礎部分である、とか。日本という平和な国でそんな組織が発足しているとか普通に考えてありえないだろうが、現状を鑑みるとそうとも言い切れないのが恐ろしい。


 ん? ここは日本だよな? 海外に飛ばされたとかないよな? え? 怖くなってきたぞ?


「……何考えてるんだ、俺」


 荒唐無稽、枝葉末節な案件である。

 無意味な妄想ばかりしてしまうのは、悪い意味でこの状況に慣れてきてしまっているからだろう。

 広場で意識を取り戻してから今まで、危険と呼べるものに全く遭遇していない。それに加え、四季先輩の存在が大きい。

 もしも自分が、ここに一人で放置されていたらと想像するだけでも恐ろしい。


「どうしたの?」

「あー、いや、その、……四季先輩がいてくれて良かったなぁ、と」

「あらー、あらあらあら」


 あらあらしながら背中を叩いてくる四季先輩。こんなこと言うつもりは無かったのについ口に出してしまい、かなり恥ずかしくなった。

 よくよく考えると自己中心的な考えで、あまりよろしくはない発言だったと少し後悔しかけたが、四季先輩は気を悪くすることなく、むしろ喜んでいるように見受けられるので気にしないことにする。


「私、今楽しいよ」

「楽しい?」

「うん。レンくんと色々話せるから。私結構、レンくんのこと気になってたんだよね」


 そうですか。

 めちゃくちゃ嬉しいです。


「ほら、レンくんって二年で……てか部員の中で突出してギター上手いじゃない? なのに固定バンドも組もうとしないし、そもそも誰とも絡もうとしないし、人嫌いなのかなって」


 ああ、そういうことか。

 でも、めちゃくちゃ嬉しいです。


「……あー、普通にコミュ障ってだけですよ」

「いやいや何言ってるのさ。普通に私とお喋りできてるじゃん」

「それは四季先輩のコミュ力に引っ張られているだけというか……」


 実際、四季先輩とはとても喋りやすい。気さくであるというのもそうだが、何より相手から言葉を引き出す為のテクニックがすごいのだ。自覚があるのか無いのかは分からないが。


 どうも俺は、周りから怖がれることが多い。感情があまり表に出ないとか、興味が無い人に対してあからさまに冷たいとか、数少ない友人から指摘されたことがあり、まあそうだよなという自覚はあるのだが、治したくとも簡単には治らないというのが性格というものだ。


 打って変わって四季先輩は、男女問わず人気者だ。少なくとも俺は彼女が一人でいるところを見たことがない。いつも誰かと一緒にいて、いつも何かを喋っていて、いつも変わらずニコニコしている。


 それは俺に対しても変わらない。


 四季先輩が向けてくる笑顔に、俺は助けられている。早く空の下に出て、太陽に向かって笑う四季先輩を見てみたいものだ。


◇◇◇


 歩き続け、歩き続け、そうしてついに、スマホのライトとは別の、自然そのものの光であろうものがちらりと覗いた。

 俺は、ライトを消すことも忘れ、四季先輩の存在すら忘れてしまい、思わず駆け足になっていた。


 もうすぐ、外に出られる。ひと目見ただけで分かった。

 重苦しい暗闇からの脱却。その開放感を、もうすぐ得られる。


 ああ、やばい。嬉しくてしょうがない。早く、早く外が見たい。日光を浴びたい。

 そんな俺の思いは通じた。何に阻まれることもなく、俺たちは、洞窟からの脱出を果たすことに成功した。


◇◇◇


 目の前に広がる景色を見て、俺は思わずつぶやいた。


「……これ、異世界じゃね?」

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