第16話 進む者達

「後悔すんなよ」


 アギトの言葉でゼノンの表情が変わった。先ほどまで三流以下の立ち回りをしていた男が不敵に笑うと、彼の体を覆うように黒い不定形の塊が出現した。その塊は禍々しい雰囲気を発していて、不敵に笑うゼノンの存在がより不気味に感じられた。


「あれってまさか……!」

「闇属性魔法だね」

「闇属性って使っていいのかよ」

「禁止はされていないよ。害があるわけじゃないし」

「そうだけどさぁ……」


 闇属性魔法を見て少し戸惑うディーゼルとは対照的に、南雲は冷静であった。


「わー! あのモヤモヤすごーい!」

「炎を使ってた時よりいい顔になったね」


 パームは目を輝かせてモニターを見て、ナルズは持ち直したゼノンを純粋に評価した。


「……みんな呑気だな」


 闇属性は災いを呼ぶ、不気味だ、忌まわしいなどの価値観は魔法界に確かに存在する。ディーゼルも少しそう思っている部分はあったため、冷静な周囲が少し意外であった。


 ずっと、彼の闇属性は否定され続けてきた。本気を出せ、俺を見ろと啖呵をきった夢見る少年をまた同じなのだろうか。ゼノンにとって他人の否定などもうどうでも良いのだが、確かめずにはいられなかった。


 例え彼も下らない価値観を持っていたとしてもそれは仕方ない。ここはそういう世界だ。闇に包まれながら、ゆっくりと顔を上げた。


 そこで見た彼は、自分が纏っている闇を見ているはずの彼は……


「すげぇ……!」


 笑っていた。


 恐れも、嫌悪感も、忌避感もまるでない。魔法界一を夢見る少年が抱いているワクワク感が直接伝わってくるような笑顔。心の内に憎しみと怒りしか無かったはずのゼノンだが、彼の笑顔を見て思わず笑ってしまった。


「何笑ってんだ。今際の際だぞ」

「お互い様だろ」

「……ハッ、そうかもな」


 戦場という平等のもとで、向き合う二人の魔法使いは笑っていた。誰でもいい、認めて欲しかった。そんな気持ちがゼノンになかったかと言えば嘘になる。誰にも認められず進み続けられるほど強い人間はそういない。


 初めて認められたゼノンに、もう迷いはない。


「勝負はここからだ」

「あぁ、来いよ天才!」


 対話の時間を終えた二人は、再び戦場に立つ魔法使いの目になった。


「マシンガンプロクルス!」


 左手で魔術書を持ち、突然湧き出した闇がどんなものかという様子見で赤い光球の弾幕を張った。ゼノンが腕を振ると、それと連動して黒い塊が動き、彼を守るように壁を張った。黒い壁に光球が当たると、それは爆発することもなく黒い塊に包まれて消失した。


「お前の攻撃は、もう俺には届かない」

「そりゃねぇだろ、俺の無効化より強いじゃねーか!」


 何年も努力してようやく到達した無効化の技術の上位互換とも言える魔法に文句を言っているようで、アギトの笑顔は変わらない。


 自分の弱さは自覚していた。強者の理不尽も理解していた。それでも最強を目指すと決めた彼だからこそ、最強を前にした胸の内のワクワク感に身を任せられたのだ。


「なら、こうするしかねぇよな!」


 アギトは身体強化をすると同時に背後に巨大な赤い魔法陣を展開。そしてゼノンに接近した。身体能力が低いアギトでも、魔力で強化すれば人並外れたスピードが出せる。


 アギトはゼノンの背後に回ると、事前に展開した魔法陣から巨大な光球が射出された。


「二面同時攻撃!」

「ゼノンの闇をプロクルス・ハイに使わせて、その間に勝負を決める気だね」

「あのダメージ、この攻防で勝負が決まる!」


 ディーゼルと南雲の解説の通り、どちらもダメージは大きい。あと一撃を決めた方の勝利となった今、魔力の消費度外視で責め立てる。


 アギトの二面攻撃に対して、ゼノンは冷静であった。まず、圧倒的な魔力に裏打ちされた一撃でプロクルス・ハイを消し飛ばす。次に闇の塊で背後に回ったアギトを牽制。そしてそのまま闇を上空に流して、その下から逆にゼノンが元々の身体能力をさらに魔法に強化して攻撃に転じた。


「最適解だよ天才が!」

「そりゃどーも!」


 ゼノンの拳の猛攻に対してアギトは回避に徹して距離をとる。魔法を消し去る闇も触れたらどうなるか分からないため、なんとか器用に避けていく。


 アギトはゼノンが拳を大きく振ったところを避けて、その隙をついてプロクルスを放った。それも闇に防御されたが、格闘ではトドメが刺せないと思ったのかゼノンはアギトと距離をとった。


「ゼノンは身体能力はあるけど、技術はまだまだだね」

「その割には魔法の技術が高い……もしかして魔法遊戯の歴は短いのか?」


 ディーゼルの考察の通り、ゼノンは魔法遊戯を始めて一年に満たない。規格外の魔力と持ち前の器用さ、目標のための努力を欠かさないストイックさがあったからこそ圧倒的な強さを手に入れられたのだ。しかし、その才能には歴の浅さ故の荒削りな部分がある。彼に付け入る隙があるとすればそこだ。


「フィジカルの差で警戒してたけど、こりゃ近接の方がマシだな!」


 ゼノンに闇がある以上、アギトは魔法による遠距離攻撃でダメージを与えられない。下手に距離をとってゼノンの高火力の魔法と闇に翻弄されるより、近接戦で隙を伺った方がいい。


 アギトはそう判断してゼノンとの距離を詰めようとした。そして一歩踏み出した瞬間、彼が踏んだ地面が光った。


「お前の弱点はもう一つある。無効化は手で直接触れないとできないってとこだ」


 アギトの足元の光の正体は、魔法が発動した際に発生する魔法陣だった。ゼノンが中指と人差し指を上に向けると同時に、赤い魔法陣から火柱が上がった。


「なっ!?」

「ボルケーノ・クレイモア」


 ゼノンの指摘通り、地面からの攻撃は手で防御することはできない。アギトは極太の火柱に焼かれて身代わりが耐久限界を迎えた。


 ボンという爆破音と共にフィールドで発動していた全ての魔法が無効化される。激しい戦いの中で傷や炎の煤が付いていたフィールドは、戦う前の綺麗な状態に戻り、そこには倒れている敗者と立って敗者を見下す勝者だけがいた。


「勝負あり! 勝者、ゼノン!」


 審判のムジクの声が勝負の結果を告げる。ゼノンの魔法を無効化し、あと一歩のところまで追い詰めた。二度目の下克上が期待されたこの一戦は、覚悟を決めて本気を出したゼノンが強さを見せた結果となった。


「いつの間に地雷魔法クレイモアを……」

「おそらくゼノンが距離を取る前に闇で防御した時だね。闇でアギトくんからの視線を切って、その隙に地雷を置いたんだ」

「なるほど、闇にそんな使い方があったか」


 南雲とディーゼルが勝負が決した瞬間を考察していた時、試合が終わったフィールドでは倒れたままのアギトにゼノンが近寄っていた。


「あークソ、負けたー」


 仰向けになって天井を見上げるアギトはそんなことを叫んでいたが、表情はどこか晴れ晴れとしていた。


「やっぱつえーな天才がよー」

「そっちこそ、面倒くせぇギャンブル仕掛けてきやがってよ」

「か弱い属性欠如者なんだから許してくれ」

「……ったく、ほら、さっさと立て」


 ゼノンは地面に倒れたままのアギトに手を差し伸べた。それを見てアギトは弾けるように笑うと、有り難くその手をとって立ち上がった。


「サンキュー。いい試合だったぜ」

「こっちこそ、大切なことを思い出せた。……ありがとな」

「あ、デレた」

「茶化すな。殺すぞ」

「ハハっ、ごめんって」


 勝負をやり終えてゼノンとの仲も深められたアギトはニコニコと笑っていて、素直にお礼を言ったら茶化されたゼノンは怒りながらもどこか清々しい表情をしていた。


 試合を終えた二人は、片や棟内の全員に闇属性を晒し、片や上位部屋から一日で下位部屋に落ちている。とてもいい状況とは言えないのだが、そんなものは、目指すべき道が見えている彼らにとってはどうでもいいのだろう。


「はいはい、そこまで。次の試合が控えてるからねー」

「え、マジですか?」

「そうだよ。さぁ、入場してくれたまえ」


 アギトはまた自分の熱戦の後に試合があるのかと思いながら、自動で開き始めている出入り口に目を向けた。そこから現れた二人は、アギトが予想だにしなかった人物であった。


「ユエリア?!」


 美しいロングの黄緑の髪、整った顔立ちの彼女を見間違えるはずがない。案の定、アギトの声に反応して彼女は顔を上げた。彼女の表情は入れ替え戦の前にしては覇気がなかった。


 入れ替え戦は互いに了承しなければできないはずだ。それなのに無理矢理戦いに出ているかのような表情には違和感しかなかった。


「チョットー、私を無視するなヨ」

「ユイ!? なんで二人が戦うんだよ!?」

「別に、上の順位に行きたいダケヨ」

「だからって」

「はいはい、アギトとゼノンは観戦部屋行きだよー」


 ムジクがそう言ってアギトの肩に触れた瞬間、アギトの視界からユエリアとユイが消えて、代わりにディーゼルと南雲が現れた。


「おっ、来たね。二人ともお疲れ様」


 南雲はそう言って、二人並んで瞬間移動してきたゼノンとアギトにスポーツドリンクが注がれたコップを差し出した。アギトはそれを無視して近くのテーブルに座っていたディーゼルに詰め寄った。


「ディーゼル、お前ならユエリアとユイが入れ替え戦をしてる理由知ってるだろ」

「……まぁな」

「教えてくれ」


 昨日までユエリアは入れ替え戦をする気などないように見えた。何かあったとするならユエリアと別れた後だ。ならば下位部屋にいたディーゼルならユエリアの身に何があったか知っていると考えたのだ。


 ディーゼルはモニターから目を離し、真剣な表情をしているアギトに体を向けた。


「端的に言えば、お前のせいだよ」

「……は?」


 重苦しい顔をしたディーゼルから告げられたユエリアが戦っている理由は、アギトにはとても理解できないものだった。


──────────────────

◯あとがき

今回でゼノン君とアギト君の戦いが終わりましたね。次回ユエリアちゃんがどうなってしまうか気になると思いますが、ここで少し重要なお知らせです。


しばらくの間、この作品の投稿の間隔を週に一回ほどにしようと思います。理由は二つあって、一つ目はようやくコンテスト参加用のネタが思いついたので、そっちに集中したいからです。


二つ目は同時連載体制を取る予定だった百合作品の執筆をもっと進めたいからです。来週の月曜に第一話を投稿する予定ですが、少し書き溜めが心許ないのです。


誠に勝手なのですが、これからもこの作品は書き続けていくので応援していただけたら嬉しいです。


以上、お知らせでした。

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