第14話 天才
動かなくなった右腕をだらんと垂らし、不敵な笑みを浮かべるそいつは、確かに新しい魔術書を左手に持っていた。
あり得ない。
たとえ同じような効果の魔法を使うとしても、魔法使いにはそれぞれ異なった術式の構成の癖がある。だから、俺と同じ魔法を使う別の魔法使いの魔法が無効化できたとしても、俺の魔法は同じ方法では無効化できない。
だからこそアイツは魔法を無効化するにはその魔法を受ける必要がある。対峙している魔法使いが持つ特有の術式の癖を見抜くために。
さっきの俺の魔法はアイツへの最初の攻撃だから、アイツが俺の術式の構成を知っているはずがない。それなのにアイツは無効化して見せた。
「何をした」
口をついて出たのは理解できないものを理解するための質問だった。適正属性もない、魔力も俺より少ない、フィジカル面だって俺よりずっと非力だ。そんな男が俺に牙を剥こうとしている。その事実が確かに俺を焦らせていた。
「……勝負ってのは全ての要素が絶対に正しいか間違ってるかなんて決まってないんだよ」
「何が言いたい」
「俺がお前の魔法を無効化できたのは、確定されていた出来事じゃないってことだ」
アギトは右手を押さえて、乱れた呼吸をなんとか整える。魔法遊戯で攻撃を受けた際に痛みがないわけじゃない。本来受けるはずだった痛みよりもかなり軽減されているが、痛みは確かに感じる。
右腕が動かなくなるほどのダメージとなれば相当なものだ。その痛みが引く時間を稼ぐため素直に俺の質問に答えているのだろう。少し遠回しな表現には少しイラつくが。
「さっきの俺の攻撃で終わっていた可能性もあったってことか」
「流石、理解が速い」
「それでお前は何をしたんだ」
「お前がやっていそうな術式の構成パターンを予測して、その逆算を試行した」
呼吸が整ってきたそいつが語った手品のタネは、あまりにも単純で、素っ頓狂なものだった。
「何を言ってる。術式の構成パターンなんて無数に存在する。その中から正解を選ぶなんて宝くじで一等を当てる方が簡単だぞ」
「俺ならそれをおみくじで大吉を当てるくらいの確率まで引き上げられる」
その男の言葉は、本来なら一蹴してしまっても構わないほどあり得ないものだ。しかし、そいつはそれを実現して見せた。
「昨日の入れ替え戦でお前の魔法を見た。そして、お前が発散していた魔力を受け、ついでに会話をしてお前の性格もある程度理解できた。これだけ材料があれば、術式の構成パターンはある程度絞れるんだよ」
そいつが語った方法を聞いて、俺は納得できなかった。そんな事できるはずがない。こう思った瞬間、俺はこの感覚をどこかで味わったような気がした。
「そうやって俺は35パターンまで絞って、その内5パターンの逆算をお前の魔法に触れると同時に行った。そして結果は大成功ってわけさ」
こいつの話を聞いているうちにようやくこの感覚を思い出した。エルディライト学園で天才と呼ばれる男の話を聞いた時だ。
天才にはある共通点がある。普通はできないことを当たり前のように自分の論理に組み込むのだ。
何故なら、天才にとってそれは当たり前の事だからだ。人が本来踏むはずのステップをすっ飛ばし、越えられないはず壁をぶっ壊す。だから天才と話す時は理解より困惑が勝るのだ。
「7分の6でお前は勝ててた。だが、まだ俺は立っている。理不尽だと思うだろ? 悪いな天才。こうでもしなきゃ
そう言うと同時にアギトは俺の魔法を使った。光り輝く光球は俺のものより遥かに小さい。当たり前だ。俺より遥かに魔力が低いのだから。
「ちっ」
俺が咄嗟に放った火球はアギトの攻撃をかき消し、勢いが衰えないままアギトに向かって飛んでゆく。しかし、アギトの左手が触れると火球は弾けて消えてしまった。
「これでようやく勝負ができるな」
コイツは術式の天才だ。今の実力に至るまで努力をしたのだろうが、アイツが言った術式の構成パターンの絞り込みは努力では説明できない。
たった一つだが、他より圧倒的に優れた才能という明確な武器を持つコイツは俺の脅威になる。すぐに終わる試合だと思っていたが認識を変えよう。
俺は本気でお前を倒す。
「プロク」
「遅い」
アギトがディーゼルの魔術書を開いて魔法を使おとした瞬間、俺は速さ重視の小型の火球を飛ばした。するとアギトは魔術書から手を離して左手で俺の魔法を無効化した。
そして思った通り、アギトの手元から離れた魔術書は一瞬で消えてしまった。
「お前は相手の攻撃を無効化しつつ、コピーした魔法で攻撃する戦闘スタイルだ。だが、右腕を失ったお前は無効化か攻撃かのどちらかしかできない」
「憎たらしいほど冷静な分析だな。だが、俺が右手を失う想定をしてないと思ったか!」
アギトはそう言うと今度は俺の魔術書を空中に出現させた。そして落下していく魔術書の片側に噛みついて、器用に魔術書を開いた。
「ほうふんはよ!」
魔術書に齧り付きながら、アギトは火球を放った。なるほど、そういうことか。
アギトは別に魔術書に載っていることを見て魔法を使っているわけではない。アギトが魔術書を開くのは、それがコピーした魔法を使えるようになるトリガーだからだ。
つまり、魔術書が開いてさえいればどんな状態であれコピーした魔法が使えるのだ。こういう使い方もあるのかと感心しながら、迎撃と攻撃を兼ねた巨大な火球を射出する。
しかし、迎撃は成功するがアギトが魔法を無効化するため攻撃は成功しない。互いに攻撃が決まらないが、アギトがまた策をうってくるかも知れない。こうなったらあれを使うしかないのか。
「ふいふふへっふ!」
そう思った瞬間、アギトが高速移動して俺の背後に回り込んだ。よく聞き取れなかったが使ったのはクイックステップだろう。魔力で強化した足でステップを踏んで高速で直進する魔法。
属性が必要ない魔法は流石に使えるようだ。ならばこの攻撃の防御にあれを使うとしよう。
「……っ!」
体調が悪いわけじゃない。集中力が切れたわけでもない。それなのに、何故か俺の腕はあれを使おうとした瞬間動かなくなってしまった。
「らあ!」
そうやって俺が勝手に困惑している中で、アギトは容赦なく火球を放った。それを受けてしまった俺は吹っ飛ばされ、すんでの所で魔力で強化して防御した腕に小さなヒビが入った。
またコイツに何かされたのか? いや、そんな人の身体を操作する魔法を使えるなら、あんな分の悪い賭けをする前に使ってる。じゃあなんで俺はさっきあれを使えなかったんだ。
それから完全にリズムが崩れた。俺があれを使おうとする度に身体が固まり、アギトが攻撃する隙を与えてしまう。理由が分からない体の強張りは、徐々に俺に焦りを生み出した。
そしてついにあれを使おうとした時だけでなく、火属性の魔法を使おうとした時も思うように身体が動かなくなった。底なし沼に足を取られているような、数百キロの重りが背中に乗っているような、体の自由が効かなくなる感覚。
俺は負けるのか?
こんなところで?
ダメだ。そんな事あってはならない。俺は、俺が目指す物のために強くあり続けなきゃいけない。そんな事分かってるはずなのに、俺の身体は思うように動いてくれない。
身代わりのヒビが増えていく中で、俺はただ自分の身体の異変ばかりを意識して、いつの間にかアギトが今何をしているのかも分からなくなった。
「おいこらクソ天才!」
だからだろうか、あと一歩で勝てるという時にアギトはゼェゼェと息を切らしながら俺に怒鳴った。
「さっきからなんなんだよ……俺が戦いたかったのは戦いの最中に意識を逸らすような三流魔法使いじゃねぇ。圧倒的な才能と魔力を持つ一流の魔法使いなんだよ!」
彼の言っている事はもっともだ。さっきまでの俺の戦いぶりは三流もいいとこだ。
コイツが最初に勝負を持ちかけてきた時の熱い瞳を思い出す。どれだけの期待を俺にかけていたのだろうか。魔法界一の魔法使いになるなんてふざけた夢を臆面もなく語るこの少年は、少なくとも勝手に自分で崩れていく三流以下の魔法使いと戦うことなんて想像していなかっただろう。
「俺は一流のお前と戦うために全力出してんだよ。それなのに途中から上の空になりやがって。俺を見ろ! 本気でやれよ天才!」
そう叫ぶ少年の身体はヒビだらけで、感じる魔力も弱々しい。それなのに、肌に刺さるような熱い気迫を確かに感じる。
術式の天才であっても、この少年が属性欠如者であることは変わらない。けれどこの少年は夢を追いかけることを諦めなかった。誰よりも真摯に魔法と向き合って、今ここにいる。
そんな純粋な想いを持つ少年を、俺は弟と重ねた。俺の弟はこんな荒い言葉なんか使わないし、もう少し可愛げのある顔をしている。それなのにこの少年と弟が重なったのは、理不尽な壁に阻まれながらも夢を叶えようとする強さを持っていたからだろう。
……少し思い出そう。俺の想いの原点を。
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