第13話 必勝法

 アギトが5位に浮上した翌日、2日連続の入れ替え戦が始まろうとしていた。対戦カードは前日に見事な下剋上を成し遂げた第5位のアギトと圧倒的な力を見せつけた第1位のゼノン。


 下剋上を見せたとはいえ、アギトがゼノンに勝てるとは到底思えない。しかし何か策があるのかもしれない。何か面白いものが見れそうだと全員の注目が集まる中で、対戦場所の白い密室でアギトとゼノンは向かい合っていた。


「今日はいい試合にしようぜ」

「なると思うか?」

「してみせるさ」


 瞬殺を予感させるゼノンの言葉にも、アギトは堂々と受け答えをして見せる。その姿もまたギャラリーに彼に何か策があると思わせるのに一役買っていた。


「アイツ、何する気なんだ」


 観戦室でモニターを眺めながらディーゼルがそんな言葉を漏らした。昨日アギトに負けて最下位になった彼だが、だからこそアギトの実力ではゼノンに勝ち目がないことがよく分かっていた。


 しかし、アギトの表情を見てはどこか期待してしまう。圧倒的な実力差を覆す何かを彼は持っていると。


「お隣失礼してもいいかな」

「あっ、南雲さん」


 ディーゼルの了承をもらって南雲は席に座った。そして山盛りの皮付きのポテトとソフトドリンクをテーブルに置き、ディーゼルと目を合わせた。


「食べるかい?」

「えっ、いいんですか」

「ポテトを頼んだら思ったより量が多くてね」

「そうなんですか。ならお言葉に甘えて、頂くことにします」


 何故ディーゼルが南雲に対して低姿勢なのか気になるだろう。これは単純に年上である事と優秀の魔法使いであることに起因する。


 近寄り難いゼノンやお嬢様であるエリィ、変人であるナルズと異なり、大人びている南雲は上位陣の中で唯一手放しに尊敬できる人物なのだ。ディーゼルは棟対抗戦の際にチームをまとめるキャプテンは南雲になるだろうと密かに思っている。


「ディーゼル君はポテトにはケチャップと塩どっちをつけるのが好き?」

「俺はケチャップ派です」

「へぇ、そうかい」


 南雲はそう言うと、山盛りのポテトに思いっ切り塩を振りかけた。


「残念、僕は塩派だ」


 南雲の行動に呆気に取られるディーゼルに、彼は楽しそうに笑いかけた。


「上位に戻ってきたらケチャップも用意してあげるよ」

「しょ、精進します」


 意外とユーモアがある一面もあるのだなと思いながら、大人びた南雲の新たな一面を見たディーゼルは塩味のポテトを摘んだ。


「アギト君と戦った君から見て、アギト君に勝ち目があると思うかい?」

「無いってのが正直なところです。アイツは平均より魔力は多いですけど、ゼノンほどじゃない。アイツがコピーした俺の術式は単純な攻撃特化型だから、そのスペック差をひっくり返せるものじゃないですし」

「だろうね。それに、アギト君が何をしようが関係ない必勝法がゼノンにはあるし」

「えっ、なんですかそれ」


 ディーゼルが南雲の言葉の意味を聞こうとした時、モニターから声が聞こえてきた。試合開始の時間に合わせてムジクが現れたようだ。


「二人とも準備はいいかい?」

「もちろんです」

「いつでも始められる」

「よろしい」


 アギトとゼノンが距離を取ったのを確認すると、ムジクは伸ばした手を前に出した。


「それでは……はじめっ!」


 ムジクが勢いよく手を上げて、試合開始を宣言した。しかし、二人の間に動きはない。アギトは防御の構えを取り、ゼノンはじっとそれを見つめていた。


「何やってんだアイツら」

「……あー、やっぱりか」


 ディーゼルが不思議そうに二人を見つめる隣で、その意味を南雲は理解していた。


「何もしないのか?」

「それはこっちのセリフだ。いいのか? このまま見合ってたら勝つのは俺だぞ」

「……クソッ! マシンガンプロクルス!」


 最初に仕掛けたのは、いや、のはアギトだった。赤い本を出現させ、ディーゼルからコピーした術式を行使する。彼の背後に出現した無数の赤い魔法陣から赤い光球がゼノンに向かって発射された。


範囲防御陣プロテクトゾーンフレイム


 しかしアギトの攻撃はゼノンに到達する事なかった。ゼノンを中心とした半径2メートル内の球形のエリアに光球が侵入した瞬間、その全ては炎に包まれて消失してしまった。


 範囲防御陣とは、発動者は静止した状態を維持する必要があるが、代わりに設定したエリア内の攻撃を自動的に防御できる魔法だ。


「なんでゼノンが防御を? そんな事しなくてもゼノンが攻撃すればアギトは終わるだろ」

「これが一番安全にゼノンが勝つ方法だからだよ」

「え?」


 ディーゼルが抱いた疑問に、南雲がゼノンの意図を伝えた。それでもディーゼルは全てを理解できていないようだが。


 一方試合会場では、アギトが恨めしそうにポケットに手を突っ込んで余裕の表情を浮かべるゼノンを睨んでいた。


「どうした。もう手詰まりか」

「……それはどうかな」

「そうみたいだな」


 ゼノンはアギトの強がりを一瞬で見抜いて、手をポケットから出した。


「お前の術式は、無効化で相手の攻め手を奪いつつ、コピーで自分の手札を増やせるっていう格上相手でもチャンスを作り出せる強力な術式だ。だから対策する必要があった」


 強大な魔力を持つ魔法使いが最も警戒するのは、その戦力差を覆す搦手の術式だ。いくらゼノンでも魔法の無効化は大きく不利に働く。


「そこでお前が術式をコピーして無効化する条件は何なのか考えた。まず、ディーゼルと戦う前にお前は何の術式も持っていなかった。次に戦闘開始からお前がディーゼルの術式を無効化するまでタイムラグがあった。つまり、お前が他人の術式をコピーするには、相手の魔法を見るだけでなく、その身で受ける必要があるんだよ」


 ゼノンの推測は完璧に当たっていた。アギトの術式の発動には対象とする魔法の術式を理解する必要がある。しかし、その術式の理解は感覚的な部分が多く、実際にその魔法の攻撃を身体に、もしくは防御魔法を通して受ける必要がある。


 だからこそ、アギトは受けの体勢から戦闘に入ったのだ。アギトにとって、戦闘の中でいかにダメージを少なく相手の魔法に触れて術式を理解するかが最も大切なポイントなのだ。


「なら、攻撃しなきゃいい。そして俺が防御をし続ければ、ディーゼルの術式しか持っていないお前は俺にダメージを与えられない。そうなれば結果は、魔力量の多い俺の判定勝ちだ」


 魔法遊戯は基本的に短時間で決着がつく。しかし、互いの術式の噛み合いによっては長引くことがある。今回がまさにそれである。


 しかし、耐久試合は基本的につまらないので、エンタメ性を保つために15分の制限時間が設けられている。この制限時間を超過した場合、判定によって勝敗が決まる。


 最初に試合中に負った傷の度合いの比較され、傷が少ない方が勝者となる。これが同じ場合は残っている魔力量が比較され、多い方が勝者となる。あり得ない事だが、もしこの両方の判定が同じ場合は引き分けとなる。


 そしてこの試合がこのまま続けば、互いにダメージはないまま終了し、魔力量の判定によって勝敗が決まることになる。もしそうなれば、魔力量が圧倒的に多いゼノンの勝ちとなる。ゼノンは防御魔法を使い続ける必要があるが、その程度の消費ではアギトの魔力量を下回ることはないのだ。


「これがゼノンの必勝法ってことか」


 ディーゼルはゼノンの意図をようやく理解し、その徹底的な振る舞いに身震いした。油断も慢心もない、あの第1位の男は紛れもない最強なのだと。


「だが、そんな勝利に何の意味がある」


 ゼノンは全てを語り終えた後、発動させていた防御陣を解除した。勝ち確定の状況を捨てた彼から緩んだ余裕の表情が消え、目の前の敵を滅せんとする戦士の顔へと変わった。


「自分の半分にも満たない魔力しかない属性欠如者エレメンタレス相手に防御に回る。この時点で俺が望む強者の姿からかけ離れている。俺は俺の望みのためにこんなつまらない勝ち方をするわけにはいかないんだよ」


 彼は今、非合理的な選択をしようとしている。それは余裕や慢心からではなく、自分の理想を叶えるために譲れない一線があるからだ。


「……それで、お前は何をするつもりなんだよ」

「単純な話だ。判定勝ちなんて下らない結末じゃなく、俺の魔法で勝利を掴み取る」


 ゼノンはそう宣言すると、右手を前に出して手のひらをアギトに向けた。すると彼の手のひらに炎が集まり、直径5メートルほどの巨大な白い光球が発生した。


 それからは凄まじい熱気が発せられており、光球を中心に空気の渦が発生してアギトとゼノンの髪が揺れた。


「もう一つのお前の術式の対策。それは、コピーする間もなく一撃で終わらせる事だ」


 圧倒的強者だからこそできる、理不尽なまでの力押しな対策。しかしその理不尽な強さこそが、棟内第1位の最強の男、ゼノン・トリルタなのだ。


「ハハッ、規格外すぎるだろお前」


 アギトのその乾いた笑いは、ゼノンの力を目の前にした諦観からか、それとも自分には得られない力への憧憬からか。ただ、アギトのその言葉はゼノンが望んだものというのは確かだった。


「……ポテトを食べ終わる前に終わりそうだね」


 南雲はアギトの態度を見て、ゼノンの勝利を確信した。昨日のゼノンの強さを見てなお勝負を挑んだアギトが何をしてくれるのか楽しみにしていた分肩透かしをくらった彼は、深いため息をついて目線をモニターから離した。


「いや、まだだ」


 ディーゼルはまだモニターから目を離していない。ポテトを食べる手も止まり、今から何かが起こると感じているようだった。


「アギトはこうなる事はわかってた筈だ。ゼノンの攻撃の対策をしてないはずがない」

「無効化が出来ない以上、アギト君に攻撃を防ぐ術は無いと思うけど」

「……それはまだ俺たちがアギトの全てを知らないからだと思いますよ」

「アギト君にはまだ何かがあると?」

「あいつはそういう奴です」


 ディーゼルとアギトはまだ出会って間もない。しかし、一度戦ったディーゼルはアギトが持つ夢への執念を間近で感じたのだ。だから感覚で理解したのだろう。


 アギトが浮かべている笑顔の理由を。


「終わりだ」


 ゼノンが凄まじいスピードで光球を射出した。次の瞬間に試合は終わる。誰もがそう思った。だが、ムジクが試合終了を宣言する事はなかった。


 ゼノンが発射した光球はアギトが殴りつけると同時にパチンと消え失せてしまったのだから。


「貰ったぜ、お前の術式」


 アギトは全体にヒビが入った右腕をだらんと垂らしながらも、不的な笑みを浮かべていた。そして彼は言葉通り、ディーゼルの魔術書とは別の赤黒い魔術書を出現させた。


──────────────────

◯あとがき

本来は昨日投稿するはずの話だったのですが、昨日は少し動けない状況でしたので今日になってしまいました。

次回は今日の深夜に投稿します。アギト君とゼノン君の戦いは毎日投稿の予定でしたので、これで追いついたことにさせてください。

これからも応援よろしくお願いします。

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