第12話 一位の男

 トレーニングルームの扉のセンサーに学生証をかざすと、自動で扉が開いた。その瞬間部屋の中から凄まじい魔力を感じて、意識が遠のいて足元がふらついた。転ばないように扉に寄りかかって、魔力の中心に目を向けた。そこにはタンクトップ姿のヨガの座り方をしたゼノンがいた。


「なんつー魔力……」


 魔力の多い魔法使いはこのように精神統一をしながら、体内の魔力を発散させることが多い。発散させなくとも体調は何ともないが、こうすることで魔力操作の精密性が増すのだ。


「あ? 何しにきやがった」


 扉に寄りかかった音で俺に気が付いたのか、ゼノンが目を開けて俺の方を向いた。眉間にしわが寄っていて、細めた目からは露骨なまでの不快感を示している。


「お前がここにいるって南雲に聞いてな。邪魔したなら悪かった」

「あぁ、クソ邪魔だ。死にたくなけりゃさっさと出ていけ」


 いくらなんでも敵意むき出すぎないか。俺が煽ったのがそんなにイラついたのか。もしかしたら俺の想像以上にエリートという言葉は彼の地雷だったのかもしれない。


「ヨガやってていいぞ。魔力に当てられて死ぬほどやわじゃない」

「……はぁ、もういい」


 ゼノンは立ち上がって、置いてあったダンベルを持ってトレーニングを始めた。


「要件はなんだ」


 30キロのダンベルを軽々と上げ下げしてながら、目を合わせずにゼノンは俺に問いかけた。さっさと俺の用事を終わらせて追い払いたいのだろう。


「色々話を聞きたくてな。そのついでにトレーニングでもしようかと」

「手短に終わらせろよ」

「へいへい、分かりましたよ」


 ゼノンの了承を得た後、併設されている更衣室に置いてあるタンクトップに着替えた。トレーニングルームに戻って、手始めにゼノンと同じダンベルをやろうと思い、ダンベルが重さ別に並べられている棚の前に立った。


「貧相な身体だな」

「……ここに来る前は本ばっか読んでたものでね」


 俺の術式である模倣する魔導書架イミテイル・グリモワールを完成させるため、少年期の全てを術式の勉強に費やした俺はほとんど運動ができなかった。そのため俺の身体能力は平均的な男を下回っている程度だ。


「おっも!」


 ゼノンと同じ30キロのダンベルを持とうとしたらほとんど持ち上がらなかった。


「雑魚が無茶すんな。3キロ、俺の十分の一から慣らしていけ」

「ぐぬぬ……そうするよ」


 馬鹿にされたようで悔しいが、ゼノンの言ってることは正しいので言われた通りに3キロのダンベルから始めることにした。


 これでも結構重さを感じるので、30キロを涼しい顔で上げ下げしているゼノンとの差を実感させられる。引きこもって勉強しなければあの術式は完成しなかったとはいえ、勉強の息抜きに軽く筋トレをしてもよかったかも知れないと過去の行いを少し悔いた。


「それで聞きたいことなんだけどさ、なんでエルディライト学園からわざわざフライハイト学園に来たんだよ」

「エルディライト学園にいるより、この学園にいた方が俺の望みが叶う可能性が高いからだ」


 ダンベルを持ち上げながら質問すると、ゼノンは俺と目を合わせないまま答えた。


「お前の望みって?」

「お前に言う必要はない」

「俺の夢は魔法界一の魔法使いになることだ」

「なんだその夢。ガキかよ」

「いいじゃねぇか。夢はでっかくだろ?」


 ゼノンは俺を雑に扱ってはいるが、ちゃんと会話はしてくれている。もっと色々質問すればゼノンのことが少しはわかるかも知れない。


「俺は夢を言ったぞ。お前も言えよ」

「テメェが勝手に喋っただけだろ」

「えー、教えてくれよ。減るもんじゃないだろ」

「……明日お前が俺に勝てたら考えてやる」

「おっ、言ったな? 明日俺が勝ったらちゃんと話せよ」


 ゼノンに夢を語らせる約束を取り付け、約束を反故にしないよう何度も確認をとった。ゼノンはどうせ俺が勝てないと思っているらしく、適当に相槌を打っていた。


「それでもう一つ気になってたんだけどさ、『俺にとってエリートってのは、能なしのクズってのと同義』ってどういうことだ?」


 ゼノンの地雷ワードであるエリート。一体何が彼をそうさせたのか。夢も教えてくれないから無理だろうが、ダメ元で聞いてみた。


「……お前はエルディライト学園の生徒はどんな奴らだと思う」

「お前が目の敵にしてるエリートの典型例だろ」

「あぁ、そうだ。俺はあいつらと一緒にされるのが我慢ならない。それだけだ」


 ゼノンはそれだけ言ってダンベルを元に戻し、更衣室に向かって歩き始めた。


「ちょっと」

「明日の入れ替え戦、覚悟しとけよ」


 俺は引き止めようとしたが、ゼノンに鋭い目で睨みつけられて体が硬直した。彼の声色にはさほど威圧感はない。しかし、獲物を確実に仕留める猛禽類のような目から確かな殺気を感じた。


 調子に乗って質問したせいで、彼の神経を逆撫でしてしまったらしい。だが、得体の知れない最強の男について少し知ることができた。これは確かな収穫だ。


 ゼノンが更衣室に入ったところで鋭い殺気から解放され、大きく息を吐いてその場に座り込んだ。緊張のあまり息をするのを忘れていたようだ。


「一筋縄ではいかなそうだな」


 ゼノンの根っこの部分には確固たる信念がある。そういう奴は総じて手強い。魔力とフィジカルの両方で負けていて、もしかしたら信念の強さでも負けてるかも知れない。


 明日の入れ替え戦で俺が勝てる確率は限りなく低いだろう。それでも俺はあいつに全力でぶつかっていくだけだ。勝てる勝てないでなく、俺自身の成長のために。


 そして、一ヶ月後に控える棟対抗戦のために。


 ダンベルだけで終わるのも勿体無いので、その後ベンチプレスやランニングマシンを利用した後、トレーニングルームに準備されているプロテインを飲んでトレーニングを終えた。


 そして明日に備えて入浴でリラックスした後、最下位だった時とは比べものならないほど快適な部屋で眠りについた。


────────────

〇あとがき

今回の補足はトレーニングルームについてです。

上位部屋のトレーニングルームは一般的なジム程度の広さの一室に器具が一式そろっています。その他にもスポドリと氷、プロテインを割るための牛乳や天然水が入った冷蔵庫、プロテイン系統(プロテインはもちろん、プロテインバーやプロテインを美味しく飲めるフレーバードロップも完備)がまとまって入っている棚、トレーニング後に汗を流せるシャワールーム、トレーニングの時に使えるタンクトップが置かれている更衣室もあります。筋トレする環境としては理想的ですね。

魔法遊戯においてフィジカルは必要というわけではありませんが、あって困ることはありません。なので遊戯と言いながらしっかり鍛えられた選手が多いです。しかし、魔法遊戯は相撲のように無差別級の格闘技の一面があります。よって、相撲と同様に小柄な選手が大柄な選手に勝つという無差別級特有の魅力があり、それもまた魔法遊戯が人気を博している一因となっています。


次回よりアギトとゼノンの戦いが始まります。そこで、二人の戦いを描く話は毎日投稿しようと思います。始まりは8月22日です。


これからも応援よろしくお願いします。

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