第9話 謝罪
フライハイト学園での初授業を終え、俺とユエリアは食堂で夕食を食べていた。俺の献立はカレーライスと海藻サラダ、飲み物はドリンクバーから自由に、そしてデザートにショートケーキ(種類が自由に選べた)。5位になったので昨日の夕食とは比べ物にならないほど豪華になった。
ユエリアはパンとシチューにホットミルク、デザートはヨーグルトという献立だ。順位が近くなったので俺とユエリアの献立にそこまで露骨な差はない。これで昨日みたいにおかずを恵んでもらうという情けないことをしなくて済む。
「なんか、授業は楽そうだな」
「まぁ、勉強を頑張りましょうっていう学園じゃないしね」
今回は初日だから全ての授業がガイダンスであった。そして、そのすべての授業で言われたのは「この授業は学園という教育機関の体裁を保つために行うものだ。君らはお勉強ではなく、ルナシェルマン杯のことだけ考えててくれ」という言葉であった。
「学園というより、プロチームの下部組織みたいだな」
魔法遊戯も他のスポーツと同じように、各地のプロリーグに所属しているチームはチームの後進育成のためにユースチームを組織している。しかし、魔法の権威として長い歴史を持つ学園のチームのほうが、ユースチームより強い影響力を持っている。
実際、プロリーグで活躍している選手の7割は学園の魔法遊戯チーム出身だ。
「明日の授業は午前中だけで、午後は特訓だって。アギト君は入れ替え戦の後でもあるから、大変だね」
「ゼノンとの試合は一筋縄じゃいかない。魔力全部使って特訓に参加できなくなるかもな」
魔法遊戯では身代わりだけはコート上に仕込まれた術式が用意するが、自分が行使する魔法には自分の魔力を使う。魔力の回復速度は個人差があるが、一日に本気で試合ができるのは2回ほどとされている。
「その、アギト君に聞きたいことが──」
ユエリアが俺に何か言おうとしたちょうどその時、食堂に誰かが入ってくる足音が聞こえた。入口の方に目を向けると、文庫本サイズの魔法の指南書を読みながら歩いているディーゼルがいた。あいつは順位が書いてあるプレートを見せると、係員が奥から食事を運んできて手渡した。あいつの今日の夕食は、小盛のごはんと漬物とお茶という食べ盛りの体にはつらい献立だ。
それに顔をしかめながらも、ディーゼルは俺たちが座っている席から一番遠い右端の席に座った。
「……ちょっと行ってくる」
「え、何しに?」
「まぁ、俺個人の用事だ。ユエリアは食べ終わったら部屋に戻ってていいからな」
俺は夕食が乗ったお盆を持ってディーゼルの席に移動した。ディーゼルは俺が対面に座ってきたのを見ると、さらに眉間の皺が深くなった。
「なんだ。ヒロインと一緒にいなくていいのかよヒーロー」
「その呼び方やめろ。それより、その茶碗こっち寄せろ」
「なんでだよ」
「いいから」
ディーゼルは首を傾げながら茶碗を差し出した。最初は尖ってたけど、なんやかんやコイツも素直になったな。俺はその茶碗を掴んで、スプーンで俺の夕食のカレールーをかけた。
「何のつもりだ」
ディーゼルは貧相な米がミニカレーになって帰ってきた茶碗を受け取り、俺に疑惑の目を向けた。
「別に何の企みもないよ。お礼だ」
「……礼をされる覚えはないぞ」
ディーゼルは一旦茶碗を置いて俺と目を合わせて話をする体勢になった。
「俺の術式は他人の術式をコピーする。つまり、他人の努力を盗むってことだ。それに罪悪感がないわけじゃない」
「だからこんなことを? 殊勝なやつだな。そんな事気にしなくていいだろ。その術式を完成させたお前が一番努力してるんだから」
「……いきなりいい奴になるのやめろ」
「はぁ?」
ユエリアにあんな事言った奴が俺の努力を心の底から認めてくれてるとは思わず、不本意ながら照れてしまった。入れ替え戦が終わってからの態度を見るに、もしや初対面で悪態つかれまくったのは受験の邪魔をした俺が居たからで、本来はいい奴なのか?
「まぁ、術式をコピーしたからってのもあるが、一番俺が礼を言いたいのはゼノンと話してた時のことだ」
「話してたって……あれほとんど恐喝だったろ」
「ハハッ、おっしゃる通り」
あの時の俺は興奮のあまり冷静さを失っていた。ユエリアに怖がられてしまうほどに。
「それをお前が止めてくれたおかげで、俺はゼノンと入れ替え戦の約束ができた。エリートって言えばアイツを怒らせられるって気付けたのもお前の言葉がきっかけだったし」
「あぁ……それなら遠慮なくお礼は受け取らせてもらうか」
ディーゼルは俺の行動が腑に落ちたようで、カレーを食べ始めた。係員に渡されたのが箸だから、少し食べにくそうだ。まぁ、そこまで世話してやる気はない。
「用事が終わったんならさっさとあっちに戻れよ。俺と一緒に食っても美味しくな──」
「よいしょっと」
俺をユエリアの方に追い払おうとしたディーゼルだが、そのユエリアがディーゼルの言葉を遮るように隣のテーブルを持ってきてくっつけた。
「これでみんなで食べられるね」
「……は?」
ディーゼルは自分に酷い言葉を言われたユエリアの方から近寄って来るとは思ってなかったらしく、目を大きく見開いて彼女を見た。
「なんでこっち来るんだよ」
「二人が話してるのに、一人で食べてたら寂しいじゃん」
「だから俺はコイツをお前の方に返そうとしてたんだよ」
「でも、そうしたらディーゼル君が一人になるでしょ?」
「……何言ってるんだコイツ」
ユエリアからの好感度が地の底だと思っていたディーゼルは、ユエリアの優しい言葉に戸惑っていた。正直俺もユエリアはディーゼルが苦手だと思っていたから彼女の行動は意外だった。
「ディーゼル君、いい人っぽいし」
「なんでそうなる?!」
「アギト君と話してるところみたら、なんとなくそうなのかなって」
「なんとなくってお前……」
ユエリアの言動も行動も全てが予想外だったディーゼルは、いい感じに振り回されて面白い反応をしていた。それを横で口を押さえて笑っていたら、ディーゼルに睨まれた。
「それでディーゼル君に聞きたいんだけど、上位部屋の人に同い年の人っていた?」
「いや、上位部屋の奴らは他の学園からの編入だから全員年上だ」
「そうなんだ。それならこの棟は私たち三人が同い年だね」
年齢を確認すると、ユエリアが嬉しそうに笑った。同い年っていうのはそれだけで何かつながっているように感じるものだ。
「なら、15歳組として一緒に頑張っていこうぜ」
「はぁ? 何勝手に仲間扱いしてんだ。蹴落とし合うのがこの学園でのやり方だろ」
「まぁまぁそんな堅い事言わずに。助け合っちゃダメなんて言われてないし。な、ユエリア」
「うん。同い年で仲良くできたら私も嬉しいな」
「……勝手な事言いやがって。こんなので仲間になったなんて思うなよ。隙を見せたらすぐに入れ替え戦で順位を奪ってやるからな」
「おう、いつでも受けて立つぜ」
乗り気ではないような言動ではあるが、言葉から敵意を感じないので満更でもなさそうだ。
それからは家族とか出身地の話をして、互いのことを知りながら夕食を食べた。同い年ということもあって共通する部分もありながら、出身地の違いで噛み合わない部分があるなど、新しい出会いの中での醍醐味を味わった。
そして夕食の後、皿とお盆を係員に返して食堂を出た。
「はぁ、ディーゼルが羨ましい。地元のチームがあのヘイゲピラータなんてよ。今シーズンもリーグ首位独走してんだろ?」
「まぁな」
「俺の地元チームは万年2部リーグ……応援はしてるけど本命は別なんだよな……それが少し後ろめたいというかなんというか……」
地元チームの強さというのは運でしかない。強ければ活気があって楽しいのだが、微妙な強さだと熱も下がるし他の強いチームのサポーターに鞍替えするのも珍しくない。
かくいう俺もそのパターン。地元チームのメイケルワイバーンは強くはないが弱くもないという典型的な万年2部リーグのチーム。俺の本命チームは魔法界トップレベルのリーグ、セントラルリーグの強豪、サウザークヴァイザー。かつて俺の憧れの選手も所属したチームだ。
「二人は
「そりゃそうだろ」
「じゃなきゃここに居ない」
ユエリアの言葉に俺とディーゼルが反射レベルの早さで返事する。
「ユエリアには応援してるチームはないのか」
「私は……あんまりかな」
「珍しい奴だな」
今回の会話で分かったことなのだが、ユエリアはなんでこの学園に来たのか不思議なほど魔法遊戯の知識がない。テレビでよく取り上げられるほどの有名チームは知っているが、それ以外のチームや具体的な選手の名前になるとさっぱりなのだ。
ユエリアは家族の話になった時にエルフについて話さなかったし、何か隠してる節がある。エルフについては俺の勘違いの可能性もあるが。
ディーゼルは珍しい奴と片付けているが、俺はどうしても気になってしまう。昨日の夜にユイにあれこれ言われたからだろうか。
「あー……ユエリア、ちょっといいか」
廊下に出たところでディーゼルがユエリアに声をかけた。何か言いたげなディーゼルは辺りをチラチラ見回したり、髪の毛をかきあげたりと挙動不審だ。それをユエリアは不思議そうに見つめている。
少ししてようやく腹を決めたディーゼルは、深呼吸してから勢いよく頭を下げた。
「昨日は酷いこと言ってごめん」
綺麗に90度腰を曲げて、誠意のこもった声でディーゼルは謝罪した。さっきまで楽しく話していた相手からの突然の謝罪に、ユエリアは少し戸惑っている。
「あの時の俺はアギトが気に入らないからって、近くにいたお前にまで心無い言葉をかけてしまった。急で困らせてしまうが、このまま何の謝罪もなくなぁなぁで終わらせたくなかったんだ」
「……そうなんだ」
心からの謝罪を聞いたユエリアは、頭を下げているディーゼルにこう言った。
「顔を上げて、ディーゼル君」
言われた通りにディーゼルが顔を上げると、ユエリアは優しく微笑みかけた。そして彼の宙ぶらりんになっている手をとって握手した。
「仲直りの印だよ。それだけ反省してくれてるならもう十分だから」
「……ホント、なんでお前がこんなとこにいるのか分かんねえよ」
彼女の優しさを受けて、ディーゼルはそう言うしかなかった。
ディーゼルの謝罪で入学初日に起きたトラブルは完全解決。同い年という繋がりで仲良くなれたし、第一章は大団円のハッピーエンドと言ったところか。
それじゃあ俺は第二章、棟内最強の男との戦いに備えることにしようか。
──────────────────
◯あとがき
今回いろんなプロチームの名前が出ましたが、覚える必要は今のところ無いので安心してください。ルナシェルマン杯が終わったら、いつかプロ編が出来たらなんて……少し思ってたりはします。
次回の投稿は8月14日で、時間は未定です。
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