第10話 アギトの原点

 棟内はかなり広い空間だが、この中にいるのはたった十人の生徒と最低限の係員のみ。誰かとすれ違うというのは珍しい。そのため青黒い廊下は照明で明るいが、どこか寂しい印象を受ける。


「ねぇ、アギト君」


 部屋に戻る途中でユエリアが俺の名前を呼んだ。


「どうかしたのか」

「えっと、ちょっと聞きたいことがあって」

「あぁ、そういえば食堂でなんか言おうとしてたな。ディーゼルのせいで中断されたけど」

「お前から絡んできたんだろ」


 後ろを歩いていたディーゼルがすかさずツッコミを入れる。


「まぁ細かいことは置いといて。それで、聞きたいことってなんだ」

「その、アギト君はどうしてそんなに頑張れるの?」

「え?」


 彼女の言っていることが理解できなかった。反射的に疑問の声をあげたら、自分の質問で不快にさせてしまったと思ったのか、ユエリアは慌てて弁明した。


「あっ、いや、別にアギト君の努力をどうこう言いたいわけじゃないんだよ? アギト君って属性欠如者エレメンタレスで、特別魔力が多いわけじゃないのに、どうしてそこまで魔法遊戯マジックプレジャーのために頑張るんだろうって」

「……あー」


 ユエリアの言ってることは的を射ている。俺に魔法遊戯の適性は全くないと言っていい。俺の強みは術式の理解力の高さと術式の構築能力だ。しかしそれだけでは属性欠如者のハンデを覆せるほど魔法遊戯の世界は甘くない。


 魔法遊戯なんてやらず、魔法の研究の道に進むのが普通だ。少年期の時間を全て投げうって、内容を暗記するレベルで魔術書を読み込むなんて頭がおかしいとしか言いようがない。


 ユエリアが言いたいのは、そんな状況で俺が努力を重ねられたモチベーションは何なのかということだろう。


「確かにな。お前みたいにコピー術式を作るなら、それは全属性に適性があるうえで術式に対する理解力も高くて初めて考慮するレベルになるくらいだろ。それでもコピー術式を使ってる選手はほとんどいないが」


 ディーゼルが言ったようなスペックがあれば、コピー術式を作るより、その高スペックを押し付けられる強力な攻撃系術式を作る方が強い。コピー術式がほとんど見られないのはそういった理由だ。


「俺がコピー術式を作ったのは、魔法遊戯で強くなるためじゃない。属性欠如者の俺が勝負の土俵に立つにはこれしかなかったんだ」


 魔法遊戯をするなら、属性欠如者の俺に選択肢はなかった。ユエリアが知りたがってるのは、その上で俺が魔法遊戯をするという選択をした理由だ。


「……少し昔話をすることになるが、いいか」


 そう二人に確認すると、真剣な表情で頷いてくれた。そこまで深刻な話ではないのだが、変に身構えさせてしまった。まぁ、無理をしてまで魔法遊戯に執着するには相応の理由があると思うのが普通か。


 そこまで身構える必要がない普通の話だが、二人に俺の夢の原点を話すことにしよう。


 ○○○


 魔法界では生まれてすぐに適正属性が診断される。そこで俺は適正属性無し、属性欠如者であると診断された。


 属性欠如者が生まれてくる理由は未だ解明されていない。由緒ある家系であっても、親がどちらも適正属性持ちであっても属性欠如者は生まれてくるし、逆に親がどちらも属性欠如者でも適正属性持ちの子どもは生まれてくる。


 適正属性は遺伝する傾向があるという確かな統計と研究結果がある中で、属性欠如者だけはその法則から外れていた。


 だからだろうか、属性欠如者は呪われた子どもとして扱われることも多いのだ。そして必然的に属性欠如者は集団の中で虐げられる対象となる。俺も例外ではなかった。


 6歳になって小学校に入学した時だった。魔法の勉強ということで他のみんなが自分の属性の魔法を使う中、俺だけは無属性魔法だけを使っていた。


 だから属性欠如者というのはすぐにバレた。まだ6歳で精神が未熟だったから、最初の頃は同級生から向けられる言葉も悪意もトゲが少なかった。傷つきはしたが、それは俺の心を折るには至らなかった。


 しかし、年月を経るに連れて周りからの悪意はいやらしい粘性を帯び、浴びせられる罵声も鋭くなっていった。同級生たちは虐めてもいい弱者の扱い方を学んだのだ。


 体に傷も痛みもない。でも、周りに味方が居ない集団の中で、ストレスのはけ口にされた俺の精神は徐々にすり減っていった。


 9歳の冬、俺は学校に行かなくなった。周りから虐められていたことは、学校に行かないと決めた日に初めて話した。俺が虐められている原因が属性欠如者だからと知れば、俺を産んでくれた親を悲しませてしまうだろうから。


 しばらくは無気力な日々を過ごした。この世界に自分の居場所はないと思っていたから。大好きだった魔法遊戯の試合も見れなくなった。属性欠如者に居場所がないその世界は、俺を虐げた学校を思い出させるから。


 学校に行かなくなって三ヶ月が経ったころ、何をするでもなく自室のベッドで寝転んでいた俺に、父さんがある映像を見せてくれた。


 小さなモニターに映っていたのは、世界トップレベルのリーグ、セントラルリーグで活躍する属性欠如者だった。適正属性を持つ無数の魔法使いの中でも特別な才能を持つ魔法使いのみが立てるその場所で、勝利の雄叫びを上げる属性欠如者を見た瞬間、自然と涙が溢れてきた。


 そこにいるのは俺じゃない。それなのに、何故か俺が世界に認められたように感じた。俺もこの世界に居ていいんだって思えた。


 言葉では処理しきれない感情の中でひたすら嗚咽する俺の隣で、父さんは何も言わずに俺が泣き止むまで寄り添ってくれた。


 その選手の名前はブレイバー・セルバ。属性欠如者でありながら、サウザークヴァイザーのセントラルリーグ三連覇の立役者となったスター選手だ。そして、俺の憧れの選手でもある。


 ブレイバー選手を見た次の日から、母さんが選んだ家庭教師と魔法の勉強を再開した。もし俺がまた魔法の勉強がしたいと思った時のために、信頼のおける家庭教師を母さんが探していてくれたのだ。


 そして10歳の誕生日、俺は父さんと一緒に自宅から遥か遠くにあるオルトロススタジアムに向かった。


 オールスターリーグ。魔法界各地に存在するリーグでトップクラスの成績をおさめたチームを集めて開催される、年に一度のこの大会は全魔法使いの憧れだ。


 その大会の決勝戦がオルトロススタジアムで行われていたのだ。対戦カードはザイツルブルクユナイテッドVSレイエルシニョーレ。


 魔法界中の人々が注目する中でその試合は行われた。スター選手たちが躍動し、凄まじい魔法を使って高度な駆け引きが繰り返される。飛び交う魔法は幻想的な光景を作り出し、その中で勝利を目指して全力を尽くす選手たちの表情に目を奪われる。


 観衆の歓声が響き渡り、それに呼応するように試合も激しくなっていく。スタジアムが、観衆が、魔法が創り出す熱が、世界を捻じれさせんばかりの勢いで渦巻いていた。


 そして渦の中心には勝利を己がものにせんと渇望する闘士たちがいた。彼らの輝きを見て、俺の胸の中に想いが芽生えた。


 俺もあの焼けつくほど熱の中に行きたい。


 属性欠如者には不相応な夢。しかし、それが不可能でないことはもう証明されている。だったらもう、踏み出す足は止められない。


 幼い頃の憧れは、一度完全に折られてしまった。しかし、その憧れはいつの間にか形を変えていて、この熱に当てられて掴み取りたい夢になった。


 白熱の試合が決着した時、誰もが試合結果に感情を昂らせる中、俺だけは胸に抱いた夢を噛み締めるように拳を握った。


 ○○○


「一人の選手に憧れて、スタジアムで試合を見て夢を抱いた。なんて事のないありきたりな話だろ」


 属性欠如者ということを除けば、俺に特別なことなんてない。


「夢を叶えたい。その気持ちがあれば、過程がどんなに苦しくても頑張れるんだ」


 質問したユエリアに答えを返す。長々と俺の昔話をしたが、結局はこれだけなのだ。昔は俺を苦しめた属性欠如者という変えられない事実も、今はどうだっていい。


 夢を抱いた俺がそれを叶えるために努力して、魔法使いとして今ここにいる。そして競い合うライバルがいて、明日は最強の男と戦う。


 進み続ける世界の中で、俺は前を見続ける。そして走り出した先に望んだものがあると信じて。


「……やっぱりすごいね、アギト君は」


 そうやって俺を褒めたユエリアの表情は優しい微笑みであったが、その裏に確かな翳りが見えた。


「理不尽に与えられた苦しみも乗り越えて、夢に向かって進める。アギト君は本当に強い人だよ」


 その言葉の裏に「私は違う」というものを読み取ってしまった俺は、彼女を弱い人間だと評価してしまっているのだろうか。それとも、それは真実だったのか。


 彼女の隠し事に踏み込むにはまだ、確証と俺の勇気が足りなかった。「なんでこんな事を聞いたのか」くらいは聞いてもよかったかな。


「そっか、ありがとな」


 俺を評価してくれた彼女に無難な言葉を返した。


「さてと、話も終わった事だし部屋に帰るか」


 立ち止まっていた足を動かして自分の部屋に向かおうとしたら、ディーゼルが俺の肩を掴んで止めた。


「なんだよ。お前もなんか聞きたいのか?」

「いや……完全に伝えるタイミング逃して言い忘れてたんだけどさ……」


 ディーゼルはなんだか気まずそうな表情をしながらこう言った。


「お前の部屋、下位部屋じゃなくて上位部屋だろ」

「…………あ」


 俺たちが現在歩いている方向は、下位部屋がある方向。上位部屋とは真逆なのだ。ユエリアたちと話していて自然とこの向きに歩いていだが、よくよく考えれば俺は今日から上位部屋ではないか。


「なんか……真剣な話の後にすまんな」

「あぁいや、下位部屋に戻ったのをユイとかに見られて恥かくよりマシだ。ハハッ」


 乾いた笑いで誤魔化して、俺はユエリアたちと反対の方向に歩き始める。


「それじゃ、また明日な」

「おうよ」

「入れ替え戦、応援してるね」


 俺のあまりにも間抜けなミスが、真剣な昔話の後に発覚したせいでより恥ずかしさが増している。二人と別れた後、俺はそれを誤魔化すように早歩きで上位部屋へと向かった。


────────────────

◯あとがき

今回の補足はこの世界での教育制度についてです。


魔法界では義務教育として小学校の六年、中学校の三年があります。日本と同じですね。ここからが少し変わって、九年間の義務教育を終えた子供は「学園」に進学するかどうか選択します。


「学園」はより専門性の高い学習が可能な六年制の高等教育機関です。魔法界全体での学園への進学率は八割ほどで、家業を継ぐなどの特別な理由がない限りは進学します。


教育カリキュラムは大学によって大きく異なっており、生徒たちの志望や事情によって進学先を決定します。その中でも最高峰と言われるのがアギトが冒頭で落ちたエルディライト学園で、魔法遊戯はもちろん、魔法の研究や開発でも優れた実績を残しています。


フライハイト学園内での選手選抜が終わったら、いろんな学園が出る予定なので楽しみにしててください。


次回の更新は8月16日です。


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