第8話 挑発

「俺と勝負しろ!」


 その場の勢いに任せて俺はゼノンに宣戦布告をしていた。ゼノンは格下である俺の言葉に怪訝な顔をした。さっきの入れ替え戦を見れば、俺に全く勝ち目がないと判断するのが普通だ。だからゼノンは俺の態度を理解できずにいる。


 全くもって勝機が見えない勝負に見えるだろう。勝負を挑んだ俺でさえそう思っている。しかし、こいつと戦わずにはいられない。あの強さを間近で感じたい。あの強さを俺のものにしたい。


 溢れ出る欲望が俺の正気を失わせていた。


「お前の戦いはちゃんと見させてもらった。そのうえで言わせてもらう。無意味だ。他を当たれ」


 ゼノンはそう言って、俺に背を向けて歩き出した。彼の俺を歯牙にもかけない様な態度が俺の神経を逆なでし、追いかけて肩を掴んで無理矢理振り向かせた。


「待てよ第1位。無意味ってどういうことだよ、あぁ?」


 ケンカ腰に威圧してもゼノンの表情は変わらない。気怠そうな瞳の中に、きっと俺は映っていない。


「逃げんのかよ」

「無駄なことに時間を割く暇はない」

「ウダウダ言ってねぇで勝負しろ!」


 我慢の限界がきた俺が声を荒げると、急に何者かが俺を引っ張ってゼノンから引き離した。振り向くとそこにはディーゼルとユエリアがいた。俺を引っ張ったのはディーゼルで、呆れた顔をして強く肩を掴んでいる。その後ろでユエリアは指を震わせながら大きく目を見開いて俺を見ていた。


「らしくねーぞヒーロー」

「……わかったよ」


 二人の様子を見て俺はようやく落ち着きを取り戻した。魔法遊戯初試合と初勝利。そして規格外の才能を見て精神が昂ぶりすぎていた。しかし、俺のゼノンと戦いたい気持ちは変わらない。


「さっきは怒鳴って悪かった。だが、勝負はしてもらいたいんだ。どうすれば」

「だから待てって」


 変わらず勝負を挑もうとする俺をディーゼルが引きとめる。冷や汗をかいている彼は頭を抱えながら、振り向いた俺にこう言った。


「生き急ぐなよ。まだ授業も受けてねぇってのに、二回目の入れ替え戦だなんて」

「棟対抗戦まで一か月しかない。急ぐくらいでいいだろ」

「お前な……今お前がゼノンと戦ったところで得るものは何もない。ただ何もわからないまま負けるだけだ。ゼノンは元エルディライト学園のエリートなんだ。俺たちとじゃ魔法使いとしての格が違うんだよ」


 ディーゼルの言ってることは真っ当だ。俺と自分を同列に語っているところが少し気になるが。ゼノンも勝負を受けてくれそうにないし、一度引き下がってゼノンが勝負を受けてくれる手段を考えるのがいいかもしれない。ここはディーゼルの言うとおりにしよう。そう思った時だった。


「おい」


 立ち去ろうとする俺たちを、ゼノンがドスの利いた声で引きとめた。俺が威圧しても全く感情を表に出さなかった彼が初めて見せた感情は、俺たちが反射的に足を止めてしまうほど強かった。


「訂正しろ、赤髪」

「え、おれ……?」


 彼に敵視されたのは何故かディーゼルだった。こいつの言葉のどこが問題だったかは、俺たちが困惑している間にゼノンから告げられることとなった。


「あのクズどもと俺を一緒にするな」

「え……は……?」


 ディーゼルが困惑と恐怖で固まっている中、俺はゼノンが入れ替え戦の時に不機嫌に見えた瞬間を思い出していた。試合の中で全く感情を動かさなかった彼だが、あのお嬢様が彼の出身校に触れてエリート扱いした時はイラついていた。


 能なしのエリートをぶっ潰す。ムジクさんがこの学園を作った理由も含めて、ゼノンの考えていることがようやく分かったような気がした。


「俺にとってエリートってのは、能なしのクズってのと同義なんだよ」

「お、おう。すまん」


 ゼノンに目の前まで詰め寄られて威圧されてディーゼルは素直に謝罪した。そういやこいつってユエリアに酷いこと言ったり、やたら態度がデカかったんだよな。俺に負けてからはなんか殊勝になってるというか……まぁ今はこいつのことはどうでもいいか。


 俺はディーゼルをどけて、代わりにゼノンと相対した。


「うちの赤髪がすまなかったな。元エルディライト学園のスーパーエリート様」

「は?」

「あ、アギト君?!」


 わざとゼノンの逆鱗に触れに行った俺に、ユエリアが驚きと困惑が混ざった声をあげた。そしてゼノンは明らかな怒りの顔を見せた。完全無欠のエリートがようやく見せた感情に、確かな手ごたえを感じた。


「言葉が理解できないのか?」

「おや、何か気に障ることをしてしまいましたか? エリート様とは受けてきた教育が違いますからね。どこがダメだったかこの落ちこぼれに教えていただけないでしょうか?」

「テメェ……わかったよ、そこまで地獄が見たいってなら見せてやるよ」


 声は荒げない。しかし、確かな怒りと殺意がこもった声を俺に浴びせた。そうだ、その言葉が聞きたかったんだ。


「マッチング成立だ。ムジクさんも聞いてたろ?」


 俺はゼノンに胸ぐらをつかまれながら、この学園の支配者の名前を呼んだ。すると予想通り、廊下の壁の陰からムジクさんの上半身が生えてきた。気味の悪い登場方法にユエリアが小さい悲鳴を上げたが、ムジクさんは全く意に介さず話し始めた。


「もうすぐ授業だというのに、好戦的だね」

「困るか?」

「いいや、最高だ。認めよう。明日の朝、今日と同じ時間からアギトVSゼノンの入れ替え戦を行う!」


 ムジクさんは好戦的な生徒たちに口角をあげると、ギャラリーもいないのに盛大に試合成立を宣言した。


「ゼノン君も異論はないな?」

「こいつを殺せるなら何でもいい」


 自分の逆鱗をつつかれて格下にいいようにされた不快感から、ゼノンは荒く前髪をかき上げて顔に青筋を浮かべている。


「簡単に死ねると思うなよ」

「あぁ、簡単に死ぬつもりはねぇよ」


 ゼノンは舌打ちして上位部屋のほうに歩いて行った。そしてムジクさんの上半身も壁に沈んでゆき、俺たちは朝食を食べるために食堂に向かった。


────────────────

◯あとがき

今回はアギト君の好きな食べ物の話でもしましょうか。アギト君の好きな食べ物はさっぱりとした味のものです。彼はずっと魔術書をや読み込んで引きこもっているため運動不足です。しかし太ってしまうと魔法遊戯の試合で支障が出るため、油っぽいものは避けていました。

そんな食生活でもアジトが満足できるように母親が食事に工夫を凝らした結果、さっぱりとした味の食べ物が好物になりました。


次回の更新は8月11日で、時間は未定です。


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