第7話 1位VS2位

 二人を見た瞬間、俺たちは思わず息を吞んだ。二人の圧倒的な雰囲気は、まるで俺たちのさっきまでの戦いが児戯であったと言っているようだった。


「いきなりこの二人かよ……!」


 ディーゼルは冷や汗をかいて二人のほうを見ていた。そういえばこいつは上位部屋だったからこの二人のことは多少知っているのか。


「色々話したいのはわかるが、君たちはもう観戦席行きだ」


 事情を聞こうとディーゼルに話しかけようとしたら、ムジクさんに肩を掴まれた。そして次の瞬間には、俺とディーゼルは薄暗い観戦席にいた。あの部屋に仕組まれた術式か、それともムジクさんの魔法かは分からないが、テレポートで移動させられたようだ。


「アギト君!」


 観戦席にテレポートしてきた瞬間、知っている声が俺の名前を呼んだ。声のした方に振り向くと、綺麗な緑のロングヘアをたなびかせながらユエリアが駆け寄ってきていた。


「おう、勝ったぜ」


 俺は手のひらを向け、彼女とハイタッチをした。ここまで喜んでくれてるのを見るに、本気で応援してくれていたみたいだ。思い返せばユエリアがディーゼルに酷いことを言われたのが始まりなんだっけ。彼女がいい笑顔を見せてくれて、ひとまず目的は達成か。


「これで一気に5位に順位アップだね」

「これでひとまず上位部屋入り。このまま目指せ1位だ」

「それはさすがに調子乗りすぎだ」


 ニコニコと笑顔で今後のことを話していたら、ディーゼルからの横槍が入った。ディーゼルはすでに席に座ってモニターを眺めている。俺に惨敗してなお、今戦おうとしているツートップのほうが強いと言えるのか。実際に戦ったわけでもないだろうに、どうしてそこまで言えるのか。


「どうしてそう思うんだよ。俺に負けたのに」

「お前って結構グサグサ刺してくるよな……まぁ、見ればわかる」

「見ればわかるって適当すぎるだろ」

「あっ、始まりそうだよ」


 もっと事情が知りたくてディーゼルに質問をしようとしたとき、ユエリアが試合がもうすぐ始まることを教えてくれた。流石にツートップの試合を見過ごすわけにもいかず、席に座ってモニターに目を向けた。


「最初に順位を見た時、私は全く納得ができなかったわ」


 両腕を組んでいる水色の髪のお嬢様が、ダルそうに頭を掻いている黒髪の男を睨みつけた。二位だというのにこれほどまでギラギラとできるところに、お嬢様らしいプライドの高さを感じた。しかしそれは世間知らずの箱入りエリートだからではなく、多くの経験をしての自分の実力への圧倒的な信頼からきているものだろう。


「でも、あなたの出身校を知った時にようやく理由がわかったわ。エルディライト学園、魔法界一の学園にいたエリートだから、一位に選ばれたのね」

「それで納得するなら、何故俺に勝負を挑む」


 一方的に語るお嬢様に男がようやくレスポンスする。彼がどこか不機嫌そうに見えるが、気のせいだろうか。彼が反応したのを見て、お嬢様は組んでいた腕を解いて男を指差した。


「出身校のおかげで過大評価された貴方に現実を見せるためよ。エリートさん」


 彼女は一位の男を小馬鹿にするようにニヤリと笑った。そのあからさまな挑発に男は顔をしかめ、大きくため息をついた。


「自分の方が強いって前提で話すのはやめた方がいいぞ。負けた時惨めになるからな」

「……エリートさん、意外と口喧嘩もいけるのね」


 挑発し返された彼女は、見た目こそ冷静に見えるが声色からイラつきを隠しきれていない。


「ハイそこまで。入れ替え戦が終わったら授業の予定なんだ。さっさと試合を始めてくれ」


 お嬢様がさらに食ってかかろうとしたのを察したムジクさんが試合開始を促す。言い負かされたような終わり方だったせいか、彼女は不服そうな顔を見せた。しかしムジクさんが言っていることは正論なので、大人しく引き下がった。


 二人が10メートルほど離れると、ムジクさんが手を前に出す。ムジクさんが手を挙げれば試合開始となるその刹那、二位のお嬢様がこう言った。


「ムジクさん、時間の心配なら必要ないわ」


 その言葉を無視してムジクが手を挙げて、「はじめ」と試合開始の宣言をした。その瞬間、二位の彼女はドレスを一瞬にして脱ぎ捨てた。


「勝負は一瞬で終わるから」


 彼女は派手なドレス姿から、シンプルなデザインの黒いスーツ姿に変わった。一気にシュッとした印象の姿になった彼女は、キリッとした表情をしていた。この姿になるのが、彼女が勝負で集中力を上げるためのルーティーンなのだろう。


「エルナ・ミーク」


 そう唱えると彼女は青いオーラを纏い、目にも止まらぬ速さで一位の男の周りを大きく一周した。そして彼女が両手を合わせると、彼女がさっき走った場所から無数の水色の魔法陣が出現した。


「フロウ・グレイシア」


 彼女がそう言うと、水色の魔法陣から氷柱が一位の男に向けて高速で伸びていった。四方八方から伸びてくる高速の氷柱、彼の逃げ場は全くない。しかし彼は全く焦りを見せず、右手を横に薙いだ。


 すると彼に向かって伸びていた氷柱は尽く粉砕された。何が起きたのか俺はわからなかったが、戦っているお嬢様は何かを理解したようだ。悔しそうに歯を食いしばり、余裕な態度を崩さない男を睨みつけた。


「こんなものか」

「いいえ、まだよ!」


 水色のお嬢様が天に向かって手を掲げると、天井付近に巨大な水色の魔法陣が出現した。そしてそこに砕けた氷の欠片が集まっていく。


 そして氷の欠片が全て固まり、圧倒的質量を持つ氷塊へと姿を変えた。


「メテオ・グレイシア!」


 彼女がそう叫ぶと同時に氷塊は凄まじいスピードで男に向かって落ちていく。この圧倒的なスケールに、観戦している俺たちは全員息を呑んだ。しかし、男は全く動じない。


 彼は氷塊に向かって手を伸ばし、こう呟いた。


「マスターフレイム」


 彼の掌から出現した赤い魔法陣から、その大きさに似合わぬ業火が溢れ出した。その紅の炎は落下してくる氷塊を一瞬にして貫き、空中分解させた。


「う……そ……」


 その圧倒的な力に、彼女は膝を折るしかなかった。砕けた氷が雪のように降り注ぎ、ダイヤモンドのようにキラキラと輝く。その幻想的な光景の中で、彼は格付けが済んだお嬢様に冷静にトドメを刺した。


 彼の炎の魔法で胸を貫かれた彼女の身代わりは砕け、完全決着。勝負終わった後も彼女は項垂れたまま動かない。


 一位と二位。誰もが実力伯仲の勝負が見られると思っていた。しかし、見せつけられたのは第一位の彼の他とは隔絶した強さだった。


「……あいつの名前はゼノン・トリルタ。絶対的な強者としてのオーラ、そして後手に回っても余裕で対処できる理不尽なほどの圧倒的な魔力量。そして元エルディライト学園所属。これでもお前は目指せ一位なんて呑気なことが言えるか?」


 ディーゼルの問いかけは右から左へ抜けていった。俺はディーゼルを無視して、さっきの戦いを考えていた。あのお嬢様だって強かった。あの高速移動の間に魔法陣を設置することで全方向からの氷柱攻撃を実現し、それが対処された後も砕けた氷を次の攻撃に再利用した。


 二発目の攻撃は、砕けた氷を氷塊に再構成するために繊細な魔力操作が求められる。そしてあの氷塊はあんな簡単に貫ける代物ではない。ディーゼルのプロクルス・ハイでも多少傷がつく程度だろう。彼女は間違いなく強い。ただ、ゼノンが強すぎた。圧倒的な火力で彼女の工夫を全て正面から叩き潰したのだ。


 そんな馬鹿げた強さを見せられた俺は、敗北したあのお嬢様のような絶望感ではなく、こいつと同じ場所で強くなれるというワクワク感が湧き出していた。


 そう思った俺は、いつの間にか走り出していた。心の奥底から湧き出してきたワクワクに身を任せて、ゼノンがいる部屋に駆け出した。


「おいゼノン!」


 考えなしに走り出した俺だが、勝負が終わったゼノンに廊下で会うことができた。ゼノンはダルそうに振り返って俺を見ると、小さくため息をついた。


「なんだ」

「俺と勝負しろ!」


 そして勢いに身を任せて、俺は勝負を挑んでいた。


─────────────────

◯あとがき

今回は補足なしです。


これで毎日投稿期間は終了です。筆が乗れば頻度が増えるかも知れませんが、ここからは基本的に週二、三回の投稿になると思います。


次回は8月9日の夕方に投稿予定です。


応援よろしくお願いします。

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