第6話 仕組み

「な、何が起こったの……?」


 手で触れただけで魔法が崩壊するという衝撃的な光景を目の当たりにし、ユエリアは目を大きく見開いてそう呟いた。彼女の抱いた疑問はここにいる全員、そして誰よりも強く対戦相手であるディーゼルが思っていたことだ。


「何をした」


 ディーゼルは自分の最高火力に完璧に対処した属性欠如者エレメンタレスへの警戒心を強める。彼からの問いかけにアギトは無感情に返答した。


「それはテメェが這いつくばった後に教えてやるよ」

「調子乗るなよ最下位が……!」


 アギトの冷静な態度は変わらない。それがディーゼルの焦りをさらに助長する。


「マシンガンプロクルス!」


 ディーゼルは六つの赤い魔法陣から無数の小粒の光球を射出した。


「手で触れて無効化ならこの数は対処できねぇだろ!」

「さっきまでの俺ならそれは正解だ。だが、今の俺は違う」


 アギトが前に手を差し出して、掌を上に向けるとそこに分厚い赤い本が出現した。それを開いてアギトはこう唱えた。


「プロクルス」


 この光景を見せれば誰もが滑稽だと思うだろう。属性欠如者が他人の魔法の模倣などできるはずがない。しかしそんな常識は今のアギトには関係なかった。


 彼が魔法名を告げた瞬間、赤い魔方陣が出現して赤い光球を射出され、ディーゼルの魔法を迎撃した。ディーゼルが射出した小さな赤い光球にアギトの赤い光球が当たった瞬間、それは爆ぜて爆風によって残りの小さな光球を吹き飛ばした。


 自分の魔法が属性欠如者に模倣されたという光景に、彼は冷静ではいられなかった。冷や汗が頬を伝い、アギトを見下していた瞳はグラグラと揺れていた。


「て、テメェ! いったい何をした!?」


 震える声で問い詰めるが、アギトからの返答はない。


「属性欠如者のお前がどうやって俺の魔法を、グアッ!」


 訳のわからない魔法を使う少年に対して、確かに湧いた恐怖心。それがディーゼルから冷静さを失わせていた。


「忘れたのか? 俺たちが今何をしてるのか」


 焦りで防御すら忘れていたディーゼルは、アギトの赤い光球をもろにくらって右腕全体に黒いヒビが入った。煙を払ってディーゼルがアギトの顔を見た瞬間、彼の心は完全に折れてしまった。


 ただの模擬戦をしているとは思えない煌々と燃える紺色の瞳は、まるで戦時中の兵士のようだった。それだけでこの瞬間に賭ける想いの強さの差を見せつけられるようで、ディーゼルは自分の矮小さを思い知らされた。


 ダメージを見れば依然ディーゼルが有利。しかし、メンタル面は完全にアギトが優位に立っていた。それが完全に勝負の行方を決めた。


「プロクルス!」

「あまい」


 焦りの中で放ったディーゼルの魔法は精彩を欠き、単純な軌道はアギトに簡単に捉えられてしまった。彼が手で触れた魔法は無効化され、そのあとに模倣した魔法を放つ。相手の攻撃を悉く潰し、一方的に自分の攻撃を押し付ける。


 この時点でディーゼルの勝機は完全に潰えた。彼が冷静であったのならまた違った展開になっただろうが、心で負けてしまった彼は拙い試合しかできない。


「プロクルス・ハイ」

「ぐあぁぁぁ!!」


 アギトが見せつけるように放った最高火力の魔法が直撃し、ディーゼルは断末魔をあげた。そしてディーゼルを包んでいた、換装術式で作られた身代わりがボンと音を立てて爆ぜた。


「そこまで! 勝者アギト!」


 ムジクのその宣言で魔法遊戯ウィザーズプレジャーが終了。記念すべき最初の入れ替え戦は、見事な下克上で幕を閉じた。


「やったー! アギト君が勝った!」

「いやぁ、面白い試合だったね」


 アギトの勝利を見届けたユエリアは両手をあげて喜びを示し、食い入るようにモニターを見つめていたパームは椅子の背もたれに寄りかかって一息ついた。


 一方そのころ、試合会場の白い密室では負けたディーゼルは床に倒れ、勝ったアギトは立って敗者を見下ろしていた。そしてアギトは白い床で仰向けになっていたディーゼルに近づき、手を差し伸べた。


「……なんのつもりだ」

「スポーツマンシップだ。大切だろ」

「……そーかよ」


 ディーゼルは差し伸べられた手を取って、アギトに引き上げられて立ち上がった。室内の換装術式が解かれ、アギトの体に入っていた黒いヒビが消えた。


「それじゃあ約束通り説明してやるよ」

「あ? 何の話だ」

「覚えてないのか? お前が這いつくばった後に俺の魔法の仕組みを教えてやるって約束」

「あー……マジで教えてくれんのか。適当に言ってんのかと思った」

「教えて困ることないし」


 どこかしおらしくなったディーゼルは、大人しくアギトの話に耳を傾けることにした。観戦席でもアギトの不可解な魔法の仕組みを知ろうと、全員がモニターを見つめて音声を聞いていた。


「まず魔法の無効化についてだが、仕組みは至極単純だ。魔法が俺の手に触れた瞬間に術式を逆算して分解したんだ」

「……何言ってんだお前?」


 ディーゼルは目を細めて聞き返した。それもそのはず、アギトが言っていることはあまりにも人間離れした技術だからだ。


「術式の逆算?! あの一瞬で?!」


 そう叫んだのは観戦席のパーム。驚きのあまり勢いよく立ち上がったせいで、テーブルに置いていたポップコーンが床に散らばった。


「パームちゃん。術式の逆算ってどういうこと?」


 大声で叫んだパームに驚いて少し離れた場所に移動したユエリアが、恐る恐る伺うように尋ねた。パームは一度深呼吸をし、ユエリアの方に振り返った。


「魔法を形作るのは術式っていうのは知ってるよね」

「うん」

「魔法っていうのはよく計算式に例えられる。術式は数字、術式をどう組むかは数学記号、そして魔法はその式の答えってかんじで。アギトくんは魔法という答えから計算式の全てを解き明かし、計算が成り立たないよう分解したの」

「それってそんなに大変なの?」


 ユエリアの問いにパームは流石にため息をついた。いくらなんでも勉強が足りなさ過ぎると言ってやりたいところだったが、優しいパームは彼女にわかりやすいよう説明を続ける事にした。


「1574+2698×36907÷47は?」

「え?」

「はい時間切れ」


 ユエリアが言われた数字を認識する間もなくパームはタイムオーバーを宣告した。


「瞬きするくらいの刹那の時間でさっきの計算式を解く。アギトくんと同じことをするにはこれくらいの複雑な工程が必要なんだよ。しかも、魔法によっては更に難しくなる」

「に、人間業じゃないね……」


 人間離れしたアギトの技術をようやく理解したユエリアは声を震わせてそう言った。


「どうやったらそんな事できるようになるんだろ」

「それがきっと彼の言ってた積み上げてきたものネ」

「ユイさん! いつの間に」


 アギトの技術について考察する二人のもとに、朝食のパンを片手に持っているユイが合流した。


「楽しそーに話してたカラ、チョット混ざりたくなったネ」

「そうですか。それで、アギトくんが積み上げてきた物について何か知ってるんですか?」

「もちろんネ」


 ユエリアの問いかけにユイは言いたくてたまらないという笑顔を見せた。


「昨日の夜に共有スペースでアギトとチョット話したのネ。その時に彼が読んでいた本は、使い古された術式についての参考書だったネ。しかも、魔法の研究者が読むくらいの難しいヤツ」

「なるほど、それがアギトくんの術式の理解に繋がってるってことなんだ」

「……そのために何冊の魔術書を読んだんだろうね」


 まだどこか能天気なユエリアを横目に、パームはそう呟いた。彼女が想像できないレベルのアギトの努力。アギトは誰にも言わないが、彼がこれまでに読んだ魔術書の冊数は942冊に上る。しかもその本の内容全てを記憶するほど読み込んでいる。


「そして魔法のコピーだが、これは俺が開発した魔法の力だ」


 場面は戻って白い大部屋。アギトの異常なまでの術式理解にディーゼルは唖然としていた。そんな事は気に留めず、アギトは話を続けている。


「俺が理解した術式を本として具現化し、その魔法を行使する。模倣する魔導書架イミテイル・グリモワールって名前の魔法だ」

「……おい待て、属性欠如者のお前がどうやって魔法のコピーをするんだ。その魔法を成り立たせてるのは術式だが、その効果はその術式を発動させる属性によるんだぞ」

「いやいや、お前もう忘れたのか? 俺は構成術式で属性を再現できるんだぞ。それで問題は解決するだろ」

「それだと術式が更に複雑に……はぁ、それができるようになるまで積み上げたのか」

「あぁ、属性欠如者の俺が戦えるようになるにはこれしか無かったからな」


 戦いが終わりクールダウンした二人の間には、戦闘前のバチバチとした雰囲気とはまるで違った空気が流れていた。


「悔しいが、お前のことは認めるしかなさそうだ。だがな、負けたままで終わらせるつもりはねぇぞ」

「あぁ、楽しみにしてるよ。ライバルは強い方がアツいからな」


 属性欠如者という圧倒的ハンデを背負う中、決して諦めずに戦えるまでに己の力を磨き上げたアギトをディーゼルは認めざるを得なかった。


(もしコイツと同じ境遇だったら、俺はここまで努力できたか……? 気に食わねぇヒーロー気取りかと思ってたが、とんだ夢追い狂人じゃねーか)


 ディーゼルは心の中でそう呟きながら、アギトと握手を交わした。自分の受験を邪魔した恨みから始まり、最下位と評価を受けていたアギトを見下していたが、この戦いを通して彼はアギトのことを認めていた。


 この男に比べれば自分はまだ努力不足だ。そしてそれは、自分はまだ強くなれるという確信を彼に与えていた。彼は負けて地の底に落ちたのにもかかわらず、むしろ瞳に宿す熱を強くしている。アギトはそんな彼への警戒を強め、同時にこれから先へのワクワクを抱いた。


「うむうむ。友情を育むのは構わないが、そろそろこの場所から離れてくれ」


 そんな二人にムジクは後ろから声をかけた。


「ここでまだ何かやるんですか?」

「その通り。今日の入れ替え戦はもう一戦ある」


 アギトの疑問にムジクが答えた瞬間、白い大部屋の入り口が開かれた。音に誘われて全員が入り口の方を向くと、二人の男女がそこにいた。


 片方の男は目が隠れるほどの長さの黒髪で、ダウナーな雰囲気を纏っている。黒いロングコートを羽織り、全身黒でまとめた服装は真っ白な部屋の中でかなりに目立っている。


 もう片方の女は爽やかな空色のロングヘアーを靡かせ、堂々とした足取りで自信に満ち溢れている。豪華な白い装飾が施された青いドレスは彼女が良いところのお嬢様であることをこれ以上ないほど物語っていた。


 そしてダウナーな男の胸元のプレートには1、自信に満ち溢れたお嬢様のプレートには2と表示されてた。


「さぁ、頂上決戦を始めようか」


 見事な下剋上を起こした入れ替え戦第一戦。その興奮も冷めやらぬ中、さらなる火種が投下された。


────────────

〇あとがき

今回は情報の補足でなく、キャラクターの詳細情報を一部教えます。

アギトは魔法界一の魔法使いになると誓ってから5年以上努力を重ねています。そのすべてを術式の理解と研究に費やし、ようやく今のレベルにまで無効化とコピー能力を引き上げました。

これによりようやく戦えるようになりましたが、少年期のほとんどを引きこもって過ごしたため体力が致命的にありません。術式が完成してからは鍛えていますが、魔法遊戯においてその点で劣っています。


次回が毎日投稿最終日です。それ以降は週に2,3回投稿になると思います。

明日の投稿は今日と同じ午後6時ごろの予定です。


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