第5話 術式

 翌日、朝の身支度を終えた八人の少年少女は最初の入れ替え戦を見ようと観戦部屋に集まっていた。記念すべき入れ替え戦最初のマッチメイクは最下位VS5位。差は開いているが、下剋上の可能性も十分考えられる程度。


 まだ全員が互いの実力を知らないため、この二人の対戦は入れ替え戦を仕掛ける際の物差しとして大いに役立つ。ここにいる全員がこの試合を足がかりにしようとしている中、唯一ユエリアだけは祈るように手を組んで試合の様子が見られるモニターを見つめていた。


 場所は変わって白い壁に囲まれた密室。入れ替え戦はここで行われる。そこで相対するはアギトとディーゼル。


 エルディライト学園の入学試験での恨みを晴らす絶好のチャンスだと考えているディーゼルは、目の前の最下位の男を処刑するプランを考えていた。彼は隠しきれていない悪どい笑みでアギトを見つめている。


 一方、アギトは深呼吸をして心を落ち着かせていた。ディーゼルの悪意に一切気を向けず、自分のことに集中しているようだ。


「時間ぴったり。素晴らしい闘争心だ」


 白い部屋の中にいつも通り突如現れたムジクが向かい合う二人を見てそう言った。


「ルールは簡単。ここで一対一の魔法遊戯ウィザーズプレジャーをしてもらう。もちろん換装術式を施してあるから、思う存分魔法を使ってくれたまえ」


 換装術式とは、その場所にいる者が受けるダメージを肩代わりする身代わりを作る術式だ。本来の肉体を覆うようにその身代わりは形成され、それが破壊されたら合図として小規模な爆発が起こる。この爆発によってダメージを受けることはない安心設計だ。


 形成した身代わりが壊れたら負け。これが魔法遊戯における基本ルール。


 この術式は模擬戦の中で魔法使い同士が本気で戦えるように作られたものだ。本格的な模擬戦で国の戦力を上げるのが本来の目的だったが、平和が訪れた現代の魔法界では魔法遊戯で使われるのが殆どだ。


「そりゃ良かった。このザコを殺さねぇように手加減するのは難しいからな」

「魔力のコントロールが苦手なら直したほうがいいぞ」

「あぁ!?」


 煽り返されたディーゼルはアギトの青髪を荒々しく掴んで威圧した。しかしアギトの目は冷静なまま変わらない。ジッと自分を見つめる紺色の瞳の不気味さに、ディーゼルは逆に気圧される。彼はそんな心を誤魔化すように舌打ちをしてアギトを解放した。


「逸るな赤髪少年。そんな事をしなくてもすぐに君らの立ち位置は決定する」


 ムジクは喧嘩腰な二人の少年にため息をつき、腕時計を確認した。


「ちょうどいい時間になった。もう前置きはいいだろう」


 ムジクが手を前に差し出す。するとディーゼルとアギトは一定の距離をとって構えた。それを目で見て確認したムジクは勢いよく手を上げて高らかに叫んだ。


「はじめっ!」


 その声と共にディーゼルは赤い魔法陣を出現させた。一方アギトは一歩後ろに下がっていた。


「プロクルス!」


 ディーゼルの声と共に赤い魔法陣が赤い光球が射出された。光球はアギトに向かって飛んでいき、アギトの足元の地面に触れた瞬間に爆発した。


 白い部屋とは対照的な黒い煙が上がり、観戦側からアギトの姿は見えなくなった。


「アギトくん!」

「心配しなくていいよ。直撃してないから」

「わっ! パームちゃんいつの間に」


 アギトを心配して声を上げたユエリアの隣にいつの間にかパームが座っていた。パームはポップコーンをつまみながら、楽しそうな目をしてモニターを見つめている。


「ちょっと気になったから来ただけだよ」

「あっ、そうなんだ。ありがとね」

「どういたしましてー。まぁそれより試合だね」


 パームがモニターに視線を戻すと、黒い煙が晴れてアギトの姿が確認できるようになっていた。


「まだまだぁ! マシンガンプロクルス!」


 ディーゼルがそう叫ぶと、魔法陣の数が六つに増えて小さな赤い光球が大量に射出された。一つ一つの爆発は最初の一発より小さいが、それが重なってより巨大な爆発となっていた。そして黒い煙が再びアギトを見えなくした。


「炎属性の爆裂魔法……使う魔法が見た目通りだね」

「すごい爆発、アギト君大丈夫かな」

「どうだろ。あの攻撃に対して受け身で入っちゃったから、反撃に移るのは難しいかも」


 ユエリアが心配をしている間も試合は進んでいく。黒い煙の中からアギトが飛び出してきた。彼の腕や頬には黒いヒビが入っており、身代わりにダメージが入っているのがわかる。


「フレイム!」


 アギトがそう唱えると白い魔法陣から炎が発射された。しかしそれに勢いはなく、ディーゼルに簡単に避けられた。


「なんだそのへなちょこ魔法。その辺のガキの方がまともな魔法使うぞ」


 ディーゼルは反撃として赤い光球を射出した。


「シールド!」


 赤い光球に対してアギトは魔法で透明な壁を作り、爆煙に包まれながらも爆発から身を守った。爆煙が晴れてひび割れたバリアが解除されると、アギトはディーゼルに向かって走り出した。


「テメェのへなちょこ魔法でも近づきゃ当たるだろうな。だが、そんな事を許すと思ってんのか」


 ディーゼルは近づいてくるアギトに向かって赤い光球を射出する。


「ウォーター!」


 アギトは白い魔法陣から今度は水を発射し、赤い光球に当てた。すると光球は形を保つことが出来なくなって崩れた。


「炎属性と爆裂魔法。どちらも水属性と相性が悪いからあの程度の水でも無効化できる」

「よしっ! これでアギトくんが近づけた!」


 観戦しているパームが解説し、ユエリアが嬉しそうな反応を見せる。しかし、ディーゼルは焦りを見せない。


「考えが浅ぇんだよ」


 アギトがディーゼルまであと一メートルというところで、アギトが地面を踏んだ瞬間、そこが爆発した。


 アギトはその衝撃で吹き飛ばされて、下半身全体に黒いヒビが入った。それより前の傷も併せて、あと一撃でもくらえばアギトの負けだ。


「クレイモア。近距離対策は魔法使いの基本だ」


 ほんの少しアギトに傾きかけた流れは一瞬にして断ち切られた。呼吸を荒くしたアギトが立ち上がると、ディーゼルは歪んだ笑顔を向けた。それは勝ちを確信したというだけではないように見えた。


「……なんだよ。攻撃はやめたのか」

「あぁ、それよか建設的な話をしようと思ってな」


 ディーゼルはそう言いつつも赤い魔法陣を展開して、いつでも攻撃できるように準備していた。


「テメェ、属性欠如者エレメンタレスだな?」

「えぇ!?」


 驚きの声を上げたのは、アギトではなく観戦していたユエリアだった。指摘されたアギト自身は落ち着き払っていた。


 本来、魔法界では炎や水などの何かしらの魔法の属性を持って生まれてくる。属性が一つの者もいれば、すべての属性を持つ者までいる。しかしその逆、属性を持たずに生まれて来る者がごく稀にいる。それが属性欠如者エレメンタレスである。


「何言ってんだ。俺はさっき炎とか水とか出してたぜ」

「あんなので誤魔化されるかよ。白い魔法陣、それがなによりの証拠だ」


 魔法陣の色はその魔法の属性を示す。赤ならば炎、青ならば水といった具合だ。そして、白色は無属性。魔法初心者が基礎を学ぶ時くらいにしか使われない属性を伴わない魔法だ。


「テメェの炎と水は構成術式で無理矢理作ったもんだろ。だから火力が低かった」

「……ったく、ヤンキーみたいな面して観察力はしっかりしてんな」


 属性を持たない。そんなあまりにも大きすぎる弱点、いや、欠陥を暴露されてなお、アギトは落ち着いていた。対照的に観戦部屋はざわついていた。


「構成術式で炎と水を再現……? そんなことできるの?」

「できなくはないけど……はっきり言って意味がないよ。構成術式への深い理解と高度な術式の組み立て技術が必要なのに、リターンが少なすぎる」


 ユエリアの疑問にパームが答える。


 構成術式とは、魔法を使う際にどんな魔法を使うか決定するものだ。例えばディーゼルのプロクルスの場合、「爆裂」「射出」「球体」の術式が組み込まれている。魔法使いたちは構成術式と生まれ持った属性を使って、自分に合った魔法を創っているのだ。


「いったい何のために……」


 ユエリアの心配をよそに、試合は進んでいく。もうすでにボロボロなアギトを見て、ディーゼルは大きくため息をついた。


「あんだけ自信満々に喧嘩売っといてこの程度。そのうえ属性欠如者で、未練がましく構成術式で属性魔法の真似事とか、努力の方向音痴かよ。テメェなんかがここで」

「くどい」

「……あ?」


 あまりにも魔法遊戯に向いていない属性欠如者に対してのディーゼルの罵倒を、低い声でアギトが遮った。


「それが建設的な会話だって言うなら、見当違いもいいとこだ」


 強気にそう言う彼の紺色の目は死んではいなかった。むしろ、メラメラと燃え滾る熱が渦巻いていた。


「お前が言ってることは俺が一番よくわかってる。分かったうえでここにいる。そして、夢を叶えるために、魔法界一の魔法使いになるために積み上げてきた」


 ボロボロの体で再び臨戦態勢になる。その姿には、彼が大した魔法を使えないと分かっているにもかかわらず、ディーゼルが無意識のうちに一歩引きさがってしまうほどの威圧感があった。


「お前に勝って俺の力を証明する。それだけだ」


 一切の淀みなくそう言ってのけたアギトを見て、ディーゼルは不機嫌そうに露骨に舌打ちをした。


「わかった。もう無駄話は終いだ。テメェを叩き潰してテメェの努力を否定してやる」


 決して折れない弱者ほど、強者にとって不愉快なものはない。ディーゼルが右手を前にかざすと、準備していた赤い魔法陣が輝き始めた。


「トドメだ。プロクルス・ハイ」


 ディーゼルがそう唱えると、赤い魔法陣から建造物を破壊するときに使う鉄球ほどの大きさの光球が射出された。この大きさでは、傷ついたアギトの足では避けられない。


 どうするかとディーゼルと観戦者の注目が集まる中、アギトは手を伸ばして光球に触れた。爆発する。誰もがそう思ったが、この光球が爆発することも、アギトの負けがムジクから伝えられることもなかった。


 それを見た時、誰もが目を疑った。


 アギトが光球に触れた瞬間、光球はひび割れて崩れ落ちていったのだ。彼が水を射出したわけでもないし、そもそもプロクルス・ハイはその程度で壊れない。ただ触れただけで魔法が崩壊したのだ。


「さぁ、はじめようか」


 この衝撃の中で、アギトだけが始まりの瞬間を感じていた。


─────────────────

◯あとがき

今回の補足はモニタールームについてです。

モニタールームは生徒たちが活動する棟の2階にあり、1階にある白い壁の試合会場の様子を見ることができます。授業で映像資料を見る視聴覚室はまた別にあり、完全に観戦専用の部屋になっています。

そのため、観戦のお供となるドリンクや食べ物を注文できる場所があります。もちろん、注文できる品物は順位に応じて変わります。


今回の補足は以上です。次回の投稿は少し早めにして午後六時過ぎくらいを予定しています。


次回も応援よろしくお願いします。

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