第4話 入れ替え戦

「入れ替え戦……」


 誰かがそう呟くとムジクさんが画面を切り替え、手の平から浮き出しているモニターに俺たちの順位表が映った。


「ルールは名前の通り。互いの承認を確認した上で一対一形式での魔法遊戯ウィザーズプレジャーを行い、結果に応じて順位を入れ替える。もし順位が下の者が勝てば、勝った相手と順位を入れ替え、上の者が勝てば相手の順位を一つ下げられる。そして、最下位の者が負けたら順位変動の代わりに厳しいペナルティを課す」


 なるほど。ムジクさんの蹴落とし合うという言葉に沿ったルールだ。上位の者は下位の者の下剋上を警戒し、下位の者は生活の質を上げるため、上位の者を引きずり下ろすために牙を磨き続ける。


 この十人の間での競争を加速させるルール。他人の評価でなく、勝負の中で実力を証明する超実践的教育。こんな生徒に強さだけを求める教育、普通の学園ではできない。


「もちろん試合は観戦できる。ライバルの戦闘スタイルを観察するチャンスでもあり、棟対抗戦の仲間の事を知るいい機会でもある。君達の能力を上げるためにこのルールを有効に活用してくたまえ」


 ムジクさんは入れ替え戦の説明を終えると、俺とディーゼルの方を見た。なるほど、お誂え向きな舞台があるのだからさっさと戦うと言えということか。


 俺としても勝てば上位に上がれるうえに、魔法を使って直接戦える舞台なんて願ってもないものだ。お言葉に甘えて使わせてもらうとしよう


「やろうぜディーゼル。テメェを地の底に叩き落としてやるよ」

「ハッ! 調子乗ってんじゃねーぞ地底人。テメェはお天道様を拝めないクズだと思い知らせてやるよ」

「オッケー。入れ替え戦ファーストマッチ成立だ。それじゃあ試合は明日だから、今日は早く寝て準備してくれたまえ」


 売り言葉に買い言葉というかんじで試合が成立。ムジクさんが俺たちのバチバチとした雰囲気に満足そうな顔をして、これで話はお終いというように指を鳴らして消えてしまった。それと同時に俺たちは食堂に戻って、周りにいた上位陣は姿を消していた。


「逃げんじゃねーぞ」

「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ」

「チッ、口だけは達者だな。まぁいい。明日、ヒーロー気取りの落ちこぼれに現実を見せてやるよ」


 ディーゼルは口喧嘩を切り上げて、俺とユエリアから一番離れた席に座って夕食を食べはじめた。


 入れ替え戦か。これはただ単に順位を決めるためだけの戦いじゃない。一ヶ月後に控えた棟対抗戦のために俺たちはいずれ一つのチームになることを強いられる。その場合、他のメンバーからの信頼を手に入れてチームの中心になれば、ルナシェルマン杯のメンバーに選ばれる可能性が上がる。


 そして、その信頼を得るのに観戦可能な入れ替え戦はうってつけというわけだ。つまり、この入れ替え戦で勝って順位を上げることは、テストで良い成績を取って順位を上げるよりも価値があるのだ。


「えっと、アギトくん」

「ん? どうかしたか?」


 夕食を再開したところでユエリアが申し訳なさそうな顔をして話しかけてきた。


「ごめんなさい。私のせいで……」

「別にユエリアのせいじゃない。ディーゼルのやったことに俺がムカついただけだ」


 ユエリアがやったことは、最下位の俺に優しくしてくれただけだ。何も悪いことはしてない。


「それに、入れ替え戦のことを知ったらどの道上位の奴と戦おうって思っただろうし。むしろいい機会になったよ」

「アギトくん……」


 俺が思った通りのことを伝えると、ユエリアは食べていたシチューの器の中に視線を落とした。そしてスプーンを手放すと、代わりに俺の手を両手で握った。


「こういうのは変かもしれないけど……明日の入れ替え戦、応援してるから!」


 真っすぐ俺を見つめるエメラルドグリーンの瞳には強い意志が籠っていて、白くて細い指からは確かな熱が伝わってくる。本来ならライバルか敵しかいないこの学園で、こんなにも温かいエールをもらったのは俺くらいだろう。


「おう。任せとけ」


 熱いエールを送ってくれたユエリアに笑顔を返すと、彼女も笑い返してくれた。よかった。もう泣いてない。


 この騒ぎの発端は俺だ。俺が試験の邪魔をしていなかったらディーゼルは絡んでこなかったろうし、俺がもっと強ければディーゼルも様子を見るくらいで留まっただろう。俺のせいでユエリアに辛い思いをさせてしまったんだ。だから、せめて俺がそのカバーをするべきだ。なんとか筋を通すことができた俺は、安心してパサパサのパンに食らいついた。


 ○○○


 もろもろの身支度を済ませて、あとは寝るだけになった深夜。俺は共有スペースでソファに座って術式に関する本を読んでいた。ソファの上の天井の照明しかついておらず、薄暗い中で文字を追ってゆく。何度も読んだこの参考書の内容は全部頭に入っているが、少しでも内容を忘れてミスをしてしまわないようにいつも寝る前に読み返している。この章を読んだら部屋に戻って寝よう、そう思った時だった。


「オヨ、夜更かししてるヒーローさんミッケ」

「なんだユイか」


 個室に続く廊下からピンクの水玉模様が描かれた白いパジャマ着たユイが、彼女と同じくらい大きなパンダのぬいぐるみを抱えてやって来た。もう寝る準備が完了している姿とは裏腹に、彼女の目はパッチリと見開かれていてまだまだ起きていられそうだ。


「ってか、なんだよヒーローって」

「だって、泣いてる女の子を悪い奴から守ったんだヨ。どう見てもヒーローネ。口悪いから日曜朝には流せないケド」


 言葉だけなら褒めているように見えるが、その口調からは少し揶揄うような気配が感じられた。ユイはそのまま俺の隣に座ると、俺が持っていた本を取り上げた。


「女の子と話すときは他の事しちゃだめネ。気遣いできない男はモテないアルヨ」

「……はいはい」


 最初に出会ったときはのんびりした不思議な少女という印象を受けたが、今の彼女は腹の底が読めない怪しい少女という印象だ。俺が返事をすると本はすぐに返してくれた。何か俺に話したいことがあるのだろうか。


「単刀直入に聞くケド、ユエリアを怪しいとは思わないネ?」

「……ディーゼルが言ってたことか」

「そそ、実際アノ子の性格でこんな学園に来てるなんて怪しいネ。何か企んでる可能性は否定できないアルヨ」


 確かにユエリアが俺を騙して何かしようとしてる可能性は否定できない。俺はユエリアが言っていることがすべて真実だという証明はできない。だが、そんなことはどうでもいい。


「ユエリアが嘘をついていようがいまいが関係ない。明日ディーゼルに勝って5位に順位を上げる。それだけだ」

「ふぅん。このままユエリアは放置ってことネ」


 ユイはやたらユエリアを疑ってるみたいだ。いや、それにしては口調が軽いような。もしかして俺の心をかき乱そうとでもしているのか?


「別にユエリアが嘘をついてても構わない」

「そんなに惚れてるの?」

「ちげぇよ」


 どうしたらそんな読み取り方できるんだよ。もしかして結構な恋愛脳なのかこいつは。


「俺の前に立ちはだかるなら誰であろうとぶっ潰すだけだ」


 俺の夢は魔法界一の魔法使いになることだ。それなら立ちはだかるもの全てを正面からぶっ潰すくらいでないと。


「……不思議なくらい自信満々ネ。最下位のくせニ」

「その理由は明日分かる」

「そっか。なら楽しみにしてるネ」


 ユイはソファ立ち上がって個室に戻っていった。いったい何のつもりだったのかは分からなかったが、気にしても仕方ないと思いなおして中断されていた読書を再開した。


───────────────────

◯あとがき

今回の補足は消灯時間などについてです。

寮生活では消灯時間までには自室に戻っておく、寮内の施設の利用可能時間など様々なルールがあるのが普通ですよね。フライハイト学園での寮内のルールについて少し解説します。


まず今回の話でアギト君が夜遅くまで共有スペースで本を読んでいたことから分かるように、共有スペースを含めた下位部屋の中であれば夜遅くであっても自由に活動できます。これは上位部屋も同様です。


しかしその部屋以外の施設は午後10時に全て閉まって利用できなくなります。その後は警備員らが生活スペースの外に生徒が残っていないか見回りをします。もし時間を破って外にいた場合は罰として厳しいフィジカルトレーニングを課せられます。反省文を書くなどの罰でないのは、ムジクが候補生にそんな無駄なことさせてる暇はないと考えたからです。


今回の補足は以上です。次回の投稿は明日の夜十一時ごろです。


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