第3話 立場
今日一日、まずは自分の立場を思い知れという事で解散した。白い密室の扉が開かれて外に出ると、順位と名前が書かれたプレートを係員の人から渡された。
このプレートは学生証のようなもので、施設の利用の際にはこれが必要らしい。また、順位の表記は魔法で自動更新されるようだ。
十人それぞれに個室が与えられ、上位五名と下位五名で別の区画に部屋が設けられている。俺とユエリアは下位の区画で、ディーゼルはいないので上位の区画に行ったらしい。
「自分の部屋、どんなのか緊張する……」
「だな。でも、最下位がどんなもんか逆にワクワクしてきた」
「……アギトくんは強いんだね」
「ん? なんでだ?」
ユエリアの胸元に付けられているプレートには6と記入されており俺より順位が高いどころか上位まであと一歩だ。そんな彼女がどうして最下位の俺を強いだなんて言うのだろうか。
「みんなで蹴落とし合えとか言われて、生活レベルも順位で決められて、しかもその中で最下位だって言われたのに強気なんだもん。私だったらもうダメだって思っちゃうだろうから」
改めて自分の状況を振り返ればかなり絶望的だ。しかし、俺はこうなる事を理解はしてたから今更慌てるような事じゃない。
「今の俺が戦闘力ではドン底にいるっていうのは分かってたからな」
「え? アギトくんはエルディライト学園の最終試験まで残ったんだよね。それなら普通は上位にいてもいいって思うんじゃないの。実際、ディーゼルって人は上位みたいだし」
「あー……実は俺って」
「着いたぞ」
俺が最下位という評価に納得している理由を言おうとしたら、俺たちを案内していた男がそれを遮った。案内された場所は、下位グループ五人が利用する共有スペースだった。
磨き上げられて照明を反射して光るグレーのフロアタイルに、五人全員が余裕をもって座れそうなソファの前にはモニターが置かれていて、黒色の壁が部屋全体のバランスを引き締めている。魔法に関する様々な本が納められた書架や癒しを与える観葉植物、水の術式を利用したウォーターサーバーまであり、ムジクさんの発言とは裏腹にかなり環境が整っていた。
「なんだ綺麗じゃん」
「ここは共有スペースだからな。本番は個室だ」
俺が安心したのもつかの間、案内人が気を抜いた俺に釘を刺した。その男から部屋の鍵を受け取る。共有スペースから地続きの廊下に各々の個室の扉があり、順位通りの番号が扉にデカデカと書かれていた。
「私はここで退散させてもらう。何か問題があれば共有スペースにある通信機で連絡しろ」
役目を終えた案内人はそう言って部屋を出て行った。もらった部屋の鍵を握りしめ、緊張の面持ちでカギ穴に差し込む。そして綺麗な扉の先にあった光景は、思わず目を覆いたくなるような惨状だった。
全体的に埃っぽい部屋の空気、ところどころ剥がれた壁紙にギシギシと音がする木製の床。全開にしても本を読んだら視力が悪化しそうな明るさにしかならない照明、寝たら腰が痛くなりそうな堅いベッド。狭くて家具が少ないうえに汚いという最悪の部屋だった。
「……ほとんどを共有スペースで過ごすことになりそうだな」
避難先はあるのでそこまで慌てることじゃないと自分を落ち着かせる。順位を上げない限りプライベートスペースがこれなのはかなり辛いな。この部屋を見る限り食事も覚悟した方がよさそうだ。
とりあえず重くて仕方なかった荷物を降ろし、ベッドのそばにまとめる。本や服の収納スペースはあるが、埃っぽいし虫に食われそうなのでカバンにしまったままにしておく。この部屋にいても仕方ないので部屋を出ると、ちょうどユエリアも部屋を出るところだった。
「ユエリア、そっちの部屋はどうだった?」
「普通に綺麗な部屋だったよ。私の順位であれくらい綺麗だったら、上位の人は高級ホテルみたいな部屋なんだろうね」
「そっか、俺の部屋は路地裏にある安いホテルみたいな部屋だったよ」
「それは……大変だね」
ユエリアに励ましをもらって少し元気が出た。追い詰められた状況で、一人でも味方がいてくれるとかなり精神が楽になる。そして一緒に共有スペースに行くと、小柄で幼い雰囲気の銀髪の女の子を、赤を基調として黄色いラインが入っていて袖がない一風変わった服を着た茶髪の女の子が肩車して遊んでいた。
「キャハハハ! たーのしー!」
「遊ぶ子は育つネ。モット高くしてやるヨ」
そう言って赤い服の子がジャンプすると、そのまま浮遊し始めた。飛行魔法の一種だろうか。それにしては彼女から魔力を感じないような……。
「なんだか楽しそうだね」
「なんか思ったより緩い雰囲気なのか……?」
ムジクさんの発言と実際に見せられた酷い部屋で肩に力を入れていたが、楽しそうに遊んでいる二人を見て緊張の糸は緩んでしまった。
「およ、お仲間兼ライバルさんが来たネ」
「新しい出会い、最高だね!」
小柄な子が赤い服の子の肩から飛び降りると、赤い服の子も浮遊をやめて俺たちの方を見た。小柄な子のプレートには7、赤い服の子は8と記されていた。
「自己紹介からネ。私の名前はユイ・リーファン。東部の出身ネ」
「私はパーム・アイゼン! 13歳!」
「アギト・ハロルだ。よろしく」
「ユエリア・クラウトです。こちらこそよろしくね」
それぞれ自己紹介をすると、ユイがあたりを見渡してから疑問を口にした。
「あと一人いないネ」
確かにここには五人いる筈だから一人足りない。残りの番号は9だから、すぐにでもこっちに来たいくらい汚い部屋のはずなのに。
「まぁそこは人の自由だ。みんな敵だって思って慣れあいたくないとかあるだろうし」
正直下位のメンバーの殆どがそんなふうに思ってると予測してたから、こんな和気藹々とした雰囲気に俺自身は少し動揺していた。
「というか、13歳ってパームは飛び級なのか」
「そーだねー。ムジクおじさんに誘ってもらったの!」
魔法界では学園入学ができるようになる年齢は15歳からだ。しかし学園の管理者が認めた場合は飛び級が認められている。あのムジクさんが飛び級させてまで誘った人材か。かなりの才能がありそうな子だ。
それからソファに座って話をしていたら、パームのお腹からくぅと可愛らしい音が鳴った。
「そういえばもう夕食の時間か。窓がないから感覚狂うぜ」
集合が昼過ぎ、それから移動で三時間使って、部屋の整理と世間話をしたから今は夕食を食べるくらいの時間だろう。確認のために壁にかかった時計を見ると7時を指していた。外の景色が見れない監獄のようなこの場所では時計だけが頼りだ。
結局9位の奴と顔を合わせることはなく、俺たち四人は食堂に向かった。食堂は上位組も利用するから顔を合わせられると思ったが誰もいなかった。二人用の席が五個あって、ちょうど十人が利用できるようになっている。
レーンで待機している係員に学生証を見せると、奥から食事を運んで渡して来た。ランチプレートに乗せられた食事を見て、俺は愕然とした。
提供された俺の食事はパサパサのパンと小さな器によそわれた具がほとんどないシチュー、コップ一杯分の牛乳という必要最低限のものだった。覚悟はしていたものの、育ち盛りの体にこれはつらい。がっくりと肩を落として席に座ると、その向かい側にユエリアが座った。
彼女の夕食はハムと卵のホットサンドが二つとトマトが添えられたツナサラダ、鶏肉やジャガイモが大きく切られてごろごろしてるクリームシチューと甘い香りがするレモンティーというしっかりとした夕食であった。
「おー、さすが6位。ちゃんとした夕食だなー」
俺がいじけて死んだ目でそう言うと、ユエリアは何も乗っていない皿を取り出して、ホットサンドを一つとツナサラダの半分を取り分けた。そしてそれを俺に差し出した。
「これ、よかったら……」
「えっ、いいのか!?」
あまりにも優しすぎる提案に驚いて顔を上げると、ユエリアは勢いがよすぎる俺に一瞬ひるんだが、こくんと首を縦に振った。
「うれしいけど、なんで?」
蹴落としあうことが前提らしいこの学園の中で、ライバルに慈悲を与えるなんて。ユエリアが人を蹴落とすタイプの人間ではないとはわかっているが、出会ったばかりの俺にそこまでする理由がわからなかった。
「アギトくんにお礼がしたかったから」
「お礼って、もしかして道案内のことか?」
「それもあるけど、その……アギトくんのおかげで頑張れる気がしてきたから」
「ん?」
ますます分からない。俺は別にユエリアに特別なことはしてない。それなのに俺のおかげで頑張れそうなんて、そんな大層なことをした覚えはないのだが。
「周りの人も知らない人ばっかりで、みんなと違って目標がない私なんかがやっていけるか不安だったの」
確かにユエリアはずっと不安そうな面持ちで、出会ってすぐの時は目も合わせなかった。人見知りで自分に自信がない彼女が不安だったのは事実だろう。
「でも、アギトくんが話しかけてくれて不安が薄れたの。それにアギトくんの最下位からでも上を目指そうっていう姿を見て、私も頑張ろうって勇気がもらえた。だからお礼をさせて欲しいんだ」
ユエリアは今までで一番明るい笑顔を向けてくれた。どうやら俺は知らないうちに彼女の心を支えていたらしい。情けは人のためならずと言うが、今日やった善行がいきなり返ってくるとは。おかげで貧相な夕食が一気にマシになった。
有り難くユエリアが取り分けた皿を受け取り、冷めないうちにホットサンドにかぶりつく。ジューシーなハムと甘い卵の味が広がり、当初想定していた夕食からは考えられない満足感を得る。
「ほんっとありがとな! 助かったよ!」
「あっ、いや、私はしてもらった事を返しただけで……」
感謝のあまり一気に詰め寄ると、ユエリアは慌てて顔を隠してそっぽを向いてしまった。そもそも人見知りの彼女に馴れ馴れしすぎたか。少し反省。
改めて夕食を食べようとした時、何者かに後ろからド突かれた。この暴力的な感触のデジャブ感、後ろにいる奴の正体はすぐにわかった。
「なんだよディーゼル」
「最下位がどんな貧相な飯を食ってるかと思ってな。だがまぁ、女に施しをもらうなんざ情けねぇな」
彼が持っているランチプレートの上には、湯気が立っている美味しそうなハンバーグと白米、スパイシーな香りがするスープとドレッシングがかかったサラダと豪華な夕食が乗っていた。
ニヤニヤと笑いながら俺を見下す彼はなんだか楽しそうだ。まぁ嫌いな奴の惨めな姿を見たらそうもなるか。彼は隣の席にランチプレートを置くと、さらに言葉を続けた。
「お前みたいな情けない奴が同じ場所にいたら飯が不味くなる。そんな貧相な飯、さっさと食って退散してくれ」
「遠くの席が空いてるだろ。俺を見たくないならそこに行けよ」
「口答えすんな。ぶち殺すぞ」
彼はそう言うと同時に俺ごと椅子を蹴り飛ばした。バランスを崩した俺はそのまま地面に全身を打ちつけた。急なことで受け身が取れず、床に激突した肘が赤く腫れていた。
「アギトくん!? だ、大丈夫?」
「あぁ、問題ない」
ゴンと鈍い音がしたからユエリアが心配して駆け寄って来た。少し肘が痛むが、大した怪我じゃない。這いつくばった俺に駆け寄ったユエリアを見て、ディーゼルは気分悪そうに舌打ちをした。
「お前もお前だ6位。最下位なんざと馴れ合って何がしたいんだよ。そのオドオドした態度も目障りだ。それともあれか? か弱い女のふりしてそいつを籠絡しようってか? ハッ! 男漁りなら他所でやってろクソビッチ!」
「ちがっ、私はそんなつもりじゃ」
「どーだかな。周りが怖いって気弱な女がこんな学園に来るか? 腹の中は真っ黒なんじゃねーか?」
「ちがう、私は、私はそんなのじゃ……」
俺に向けていた罵倒の矛先をユエリアに変えて、気弱な彼女には耐えられない罵詈雑言を浴びせた。ユエリアはそれに耐えることができず、まともに言い返すこともできないまま涙を流し始めた。
「おい」
流石にこれは我慢できず、俺はディーゼルの胸ぐらを掴んだ。反撃が来るとは思っていなかったディーゼルは一瞬驚いたが、すぐにさっきと同じ俺たちを小馬鹿にするような表情に戻った。
「なんだよ」
「それは違うだろ」
「あ? 何が違うんだよ」
「お前が俺に対して何を言おうが構わない。確かに俺はお前の試験の邪魔をしたし、まだ弱いままで最下位だ。でもユエリアは違うだろ。ユエリアはお前に何もしてないし、順位だってお前とさほど変わらない」
「だから違うと? この学園で甘いこと言ってんじゃねぇよ」
確かに俺の言ってることは甘いかも知れない。この学園では勝利を求めるハングリー精神が必要だと。でも、こんな奴がユエリアの純粋な優しさを貶していい理由にはならない。
「勝つことと品性を捨てることは違うぞ」
「生意気な口聞いてんじゃねぇぞ最下位」
一触即発。今にもお互いが殴り合いを始めようとした瞬間だった。
「ちょうど良さそうなケンカの種があるじゃないか」
突然俺たちの間にムジクさんが出現した。これも分身なのだろうか。そう思ったのも束の間、いつの間にか俺たちは最初に来た白い壁の密室にいた。
そして食堂にいなかったはずの他の上位陣含め、同じ棟の十人全員が集合していた。
「ほんの一ヶ月のテストで変動する順位なんてたかが知れてる。そしてそんな停滞した空気は進化を阻害する。というわけで、君達の進化を促すためにもっと順位変動が起きやすくするべきじゃないかい?」
ムジクさんが指を鳴らすと空中にモニターが出現した。そしてそこに「入れ替え戦・ルール」という文字が映し出された。
───────────────────
◯あとがき
今回登場した学生証についての補足を少ししたいと思います。
まず、学生証が胸元にくっついているのは魔法による不思議パワーです。安全ピンでとめるとなんかダサいし、首からかけるタイプだと職員っぽさが出てしまうのでそうしました。
表には順位の数字と校章がいいバランスで書かれていて、裏に生徒の詳細情報があります。
学生証の端っこを摘んでそこで指紋認証をすることでつけ外しが可能です。数字は学生証に組み込まれた術式で変動し、ムジクさんとその他職員が操作できます。
施設利用の際に必要なので無くさないように注意が必要ですね。広い施設で少人数なので落とし物をしたら見つけるのは困難ですから。
以上、今回の補足でした。コメントで質問などをいただければここで回答するかもしれません。キャラクターの事とかその他設定の事とかなんでもどうぞ。
次回の投稿は明日の夜十一時ごろです。
応援よろしくお願いします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます