第2話 10位
ムジクさんと出会ってから一週間、すんなりと親に了承をもらえた俺はもらった資料に書いていた集合場所に向かっていた。第二志望の学園もいい学園なのに、怪しい男が創った新設校に行くってことを許してくれるなんて。やっぱり父さんと母さんは優しい。夢を応援してくれる親のためにも頑張らねば。
そうやって気合を入れなおし、キャリーバッグと登山用のリュック、加えて両手で抱えるくらいの大きさのカバンという大荷物を頑張って運ぶ。フライハイト学園は全寮制らしく、私物はこうやって持ち込まなければならない。俺の場合は魔法や座学の参考書、趣味で読んでる小説のせいで見た目も重そうだが、それを遥かに超える重さになっている。
肩に掛けているカバンのせいで肩を痛めつつ、町から外れた道を歩いていたら、鮮やかな色の黄緑色ロングヘアの少女を見つけた。彼女は挙動不審な感じで地図を見ては辺りを見渡している。道に迷っているのだろうか。見た感じ同年代みたいだし、もしかしたら目的地が同じかもしれない。この辺の地理には詳しいし、少し声をかけてみよう。
「どうかしましたか」
「え、あっ、その……道に迷ってしまって」
「そうなんですか。どこにいきたいんですか?」
「こ、ここです」
少女が地図で示した場所は俺が今向かっている場所と同じであった。どうやらこの子もフライハイト学園の生徒らしい。この人見知りっぽいかんじを見るに、ムジクさんが求めるような人には見えないけど。まぁいいか。
「俺も今そこに向かってるんですよ。一緒に行きましょうか」
「あっ、そうなんですか。その、よろしくお願いします」
「はい、こっちです」
道すがら世間話をしてみると、どうやら彼女は田舎から出できたらしく、ムジクさんが直接家にスカウトしに来たらしい。
「俺はエルディライト学園の最終試験に落ちた時に誘われたんだよ。正直怪しいと思ったけど、夢のために賭けに出ようって思ってフライハイト学園に行くことに決めたんだ」
「夢のため……すごいね」
話の流れで俺もフライハイト学園に入った経緯を話すと、彼女は少し複雑そうな顔をしながら俺を褒めた。
「私にはそんな夢とかなくて……ここに来たのもムジクさんの話に親が賛成したからだし……」
「へぇ、でも学園にいるうちに変わるかもよ。ムジクさんが言うにはそういう場所っぽいし」
「そう……ですかね……」
話せば話すほどあの狂った男が望むような人物だとは思えない。これといった目標はないらしいし、自分に自信がなさそうだ。この感じであの男が運営する学園でやっていけるのだろうか。少し心配だ。
そんな話をしていたら目的地に到着した。到着した広場には十台の魔力駆動のバスが停まっていて、二百人ほどの若者が集まっていた。俺より年上みたいな雰囲気の人や、獣耳が生えた獣人などもいて、年齢や種族関係なく人材を集めているらしい。
「準備ができた者から順番に指定されたバスに乗れ」
ちょうど時間になったようで、紺色のスーツを着てサングラスをかけた男が、集まった者たちに向けてそう宣言した。指定されたバスは事前にもらった資料に書いてある。俺は5番のバスだ。
「私は7番です。それじゃあ私はバスに行きます。その、道案内ありがとうございました」
「おう。お互い頑張ろうな」
そんなかんじで彼女と別れ、5番のバスに乗り込む。そういえば名前聞いてなかったな。また今度会うことがあったら聞こう。
それから十五分ほどしてバスが発車した。三時間ほどの移動時間の後、ようやくバスが停車した。重い荷物を持ってのろのろと外に出ると、まずは五棟の巨大な建物が並んでそびえ立っているのが目に入った。そしてその後ろにはさらに巨大な建造物がドンと構えるように建っていた。
そしてその建物と俺たちを囲むように五メートルほどの壁があり、その向こう側には木々が生えているのが見えた。不安になるような曇り空なのも相まって、学園というより監獄のような雰囲気であった。
そしてここに停まっているバスは三台しかなく、生徒も集合場所に集まっていた時と比べてかなり減っている。パッと見た感じ四、五十人くらいだろうか。
そんなことを考えていたら、俺達の目の前に突然ムジクさんが現れた。神出鬼没な彼は俺たちを見ると満足そうに微笑んで、両手を広げて高らかに叫んだ。
「ようこそ世界の常識を破壊する才能達よ! ここが君たちの学び舎、そしてその才能を磨き上げる場所だ!」
彼にすべての生徒の視線が集中し、立っている場所の高さは同じはずなのに、彼の他を圧倒する雰囲気から、まるで彼が高台に立って俺たちを見下ろしているように錯覚した。
「ここにいるのは、年に一度の魔法界最高の祭り、そして魔法界一の学園を決める大会である「ルナシェルマン
ルナジェルマン杯とは魔法界全ての学園が参加資格を持つ、魔法使いの戦闘大会だ。魔法使い同士の戦いは一種のスポーツとして巨大な市場を形成している。そのため、魔法使いの始祖と呼ばれる人物の名前にあやかったこの大会は、若い才能を発掘しようとするプロチームはもちろん、若者達の青春を賭けた戦いを見たいという人々から大いに注目を浴びる。
「エリートどもを我々が蹴散らしてこの大会を優勝する。そして奴らの凝り固まった思想が間違いだと証明するのだ。そのための最強の魔法使いを創り出す。題して「
ムジクさんがそう宣言した瞬間、俺たちの足元に巨大な魔法陣が出現した。俺たちがざわめき始めてもムジクさんの語りは止まらない。
「こんな狂った世界の常識に嫌気がさしてここに来たんだろ! ぶっ壊したいからここに来たんだろ! だったらお前らも壊れる覚悟を決めろ! 競い合い蹴落とし合うこの
ムジクさんの宣言でざわついていた奴らの目の色が変わった。心の奥底に火がついたように、ギラギラとした闘志を持っている。
「
この世のエリートがどうだとか、常識が何だとか俺には関係ない。俺はただ魔法界一の魔法使いになるために、この狂った学園で狂気のままに強くなるだけだ。
俺がそうやって決意を固めると同時に、俺の視界の景色は不気味な監獄から、綺麗な白い壁によって作られた密閉空間に変わった。
周りを見ると俺の他に九人の生徒、つまり合計十人がこの部屋に放り込まれたようだ。そしてその中に、知っている顔を見つけた。そして向こうもこっちに気がついて駆け寄ってきた。
「よかった……知ってる人がいて」
鮮やかな黄緑色のロングヘア。今日たまたま出会った少女と予想外の早い再会となった。
「俺もだよ。ムジクさんがここで俺たちに何をさせるかはまだ不安だけど」
競い合い蹴落とし合うとかいう物騒なこと言ってたし、この子には厳しい状況になるかも知れない。……というかこの子ルナシェルマン杯の出場候補生なのか。戦闘タイプに見えないから意外だ。
「あっ、そういえば名前言ってませんでしたね。私の名前はユエリア・クラウトです」
「俺はアギト・ハロル。改めてよろしくな」
「はい、よろしくお願いします」
そうやって自己紹介をした時、初めて彼女と目が合った。初めて会った時もずっと視線を少し下げてたから、彼女の顔を初めてしっかり見た。髪よりさらに彩度が高い黄緑色の瞳、シルクの布のように白くてきめ細かい肌に幼さを残す整った顔立ち。
と、美少女に見惚れて見過ごしかけた少し尖った耳。もしやこの子はエルフなのか? だとしたらこの子が出てきたって田舎っていうのはエルフの森? 種族に関してはセンシティブな問題なので敢えて触れることはしないが、記憶はしておこう。
そんな事していたら、何者かに背中をド突かれた。急に何だと振り向くと、これまた知っている顔がそこにいた。
「あっ、48番」
「やっと気付きやがったかこの野郎。俺には目もくれず女とお喋りとはいい身分だな」
ヘアワックスで固めてあるトゲトゲした赤髪に鋭い目をした、敵意をむき出しにする刺々しい雰囲気の男。エルディライト学園の試験で俺が誤射した男もここに来ていたのか。
「えっと、お知り合いなんですか?」
「エルディライトの試験で一緒になった奴だ」
ユエリアが俺の後ろに隠れながら質問してきた。こんなヤンキーじみた男が怖いのだろう。
「コイツが誤射したせいで試験に落ちたんだよクソが」
「いやでもお前があそこで5位の男に当てたとしても合格できてないだろ。俺が1ポイント差で6位だったんだから」
「俺も同率6位だったんだよ! あの時5位のやつに当ててりゃ合格だったのによ!」
「あっ、そうだったのか」
掲示板で順位を確認する時に上しか見てなかったから気付かなかった。
「でもちゃんと俺の声に反応できてたら協力扱いになって二人とも5位になれてたろ」
「そもそもお前が余計なことしなきゃ俺は合格だったって言ってんだよ」
「お前が少しで周りを見れてたら防げた事故だ。つまり俺は不用意な投擲をしなきゃいけないくらい余裕がなかったっていう点で実力不足で、お前は周りが見えてない視野の狭さって点で実力不足だったってことだ」
「勝手に人のこと採点すんな」
「まあそんなこと言わず。今日からは同門なんだしさ、昔のことは水に流して仲良くしようぜ」
俺がそうやって手を差し出すと、彼は握手することなく俺の手を叩いた。彼は俺をさっきより鋭い目で睨みつけている。
「……なんでそんなにヘラヘラしてんだよ。試験に落ちたのが悔しくねぇのか」
「悔しかったさ。直後は泣いて動けなくなるくらいには。でもここに来たからには、そんな過去のことを考えてもどうしようもない。ここでどうやって強くなるか考えるべきだろ」
別にヘラヘラしてるつもりは無かったが、彼からすればそう見えたのだろう。俺が気持ちをもう切り替えていると答えると、彼は舌打ちして踵を返した。
「ちょっと、名前くらい教えてくれよ。俺はアギト・ハロルだ」
「……ディーゼル・ゴートだ。これ以上俺の気に障ることしたらぶち殺す」
まさかの殺害予告を貰ってしまった。まぁ、アイツは俺のせいで試験に落ちたって思ってるから嫌われるのも仕方ないか。いつか仲間としてルナシェルマン杯を戦うのかもしれないから仲良くなっておきたいのだが。
そうしてディーゼルが俺から離れて行った時、これまた突然ムジクさんが現れた。ようやく状況を説明してくれそうなので、全員が話すのをやめてムジクさんに注目した。
「少し待たせたな。ここまで距離があると分身も出せる数が限られてね。君たちを最後に回すことになってしまった」
絶対謝意を持っていない謝罪をして後、ムジクさんは手のひらから巨大なヴィジョンを浮かび上がらせた。
にしても、こんなにハッキリとした存在感がある分身を出せるなんて。こんな狂った計画をするだけあってムジクさんも相当な使い手のようだ。
「これから三ヶ月後から始まるルナシェルマン杯予選に向けてのメンバー選抜を行う。そのために候補生五十人を五つの棟に分けて、一ヶ月後に対抗戦を行ってもらう」
「ここにいる十人は味方同士なのか」
「いや、それは違うな」
蹴落とし合うというムジクさんの言葉を警戒していた俺が安心して言葉を漏らすと、すぐさまムジクさんに否定された。
「君たちは一ヶ月の棟対抗戦を共に戦う仲間ではあるが、それまでの一ヶ月間蹴落とし合う敵同士でもある」
「ど、どういうことですか?」
「君たちのこの棟内での生活レベルと、ルナシェルマン杯のメンバーに選ばれるかは、ここでの成績によって大きく左右されるのさ」
ユエリアが不安そうに質問すると、ムジクさんは物騒な返答をした。
「ここでは君たちに順位がつけられ、それによって部屋や食事の質が決定される。上位陣は普通の学園生活では考えられないほど上質な生活を、下位どもには帰りたいと思うほど粗末な生活を提供する」
なんて酷い制度だ。だが、わずか三ヶ月で魔法界一を目指すには、人権無視したハングリーになれる環境が必要なのかもしれない。
「さらに、棟対抗戦の結果に関係なく棟内成績トップはルナシェルマン杯のメンバーに選抜される。はやく安全圏に行きたいなら、ここにいる九人全員を蹴落とせばいいわけだ」
「……なるほど。完全実力主義ってわけだ」
ディーゼルが改めてこの学園の主義を口にすると、ムジクさんの手元から浮き出ている掲示板の画面が切り替わった。
「それじゃあ、俺の分析で決定した君たちの初期順位を発表する」
そう言って掲示板に映し出された順位を見て、俺は自分の置かれた状況というのを改めて思い知らされることになった。
「……10位」
ドン底。頂点に立つために人生を賭けてやって来た学園で示された俺の現在地はそこだった。
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◯あとがき
カクヨムってなろうみたいにあとがき欄がないからこうするしかないんですよね。ここではちょっとした補足みたいなものや次回投稿の予定を書けたらと思います。
まず今回で普通にバスが登場してあれ?となった人がいると思います。ファンタジーだから数百年前のレベルの文明だと思ってしまう人が多いと思うので。
この魔法界の文明レベルは「現代の文明+魔法で無茶を叶えられる」くらいだと思ってください。こればっかりは登場人物の視点で解説するわけにはいかず、ここで補足させてもらいました。
今回の補足は以上です。次回投稿は明日の今日と同じくらいの時間帯です。よろしくお願いします。
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