第1話 一縷の希望
十人の受験者が交錯し、魔法弾を発射し合う。それを見守るはシワが深い五十代ほどと見られる、黒いスーツを着た試験官達。
俺は今、夢を叶えるために国一番のエリート校「エルディライト学園」の最終試験を受けている。
試験内容は五対五の集団戦。敵に当てれば1ポイント、味方と連携して当てれば連携に参加したメンバー全員に3ポイント、当てられたらマイナス1ポイントで、ポイントが多い上位五人が晴れて合格することができる。
つまりこの試験は、いかに相手を倒すかでなく、いかに味方と連携するかが重要になってくる。
チームになった五人で一時間ほど作戦会議をする時間があり、その時にペアと決められた奴と一緒にポイントを稼ぐことになった。そして現在、試験会場にあるパネルを見ると受験者の中で6位という位置につけているのを確認できた。そして5位との差は1ポイント。
試験時間僅かになった時に試験官から通達があると言われたのを考えると、残り二、三分ぐらいだろうか。ならば追いつく余裕はある。そう考えた瞬間だった。
「試験時間残り10秒!」
「んなっ!?」
まさかの残り時間10秒での通達。普通こういうのって残り一分くらいで伝えるだろ! そう心の中で叫んでも現状は変わらない。残り10秒で連携してポイントを取るなんて無理だ。でも単独で2ポイント取る時間もない。このままでは落ちてしまう。
そう思った時、視界の端に俺と同じチームの受験番号48番に追いかけられている5位の受験者がいた。5位の男はこのまま逃げ切りを計ることに決めたようだ。彼は受験番号48番から逃げるのに必死で、俺の方を見ていない。
ここで不意を打って彼に当てれば、俺に1ポイント加算、彼はマイナス1ポイントとなり順位は逆転する。こんな千載一遇のチャンス逃すわけにはいかない。
俺は魔法弾を準備し、5位の男の方を向いた。残り時間は多分3秒ほど。この一発を当てなければ受験に落ちる。
それなのに俺の射線上に受験番号48番が入ってきた。
「全力疾走! これで俺の勝ちだ!」
(うるせぇよクソッ! 邪魔だ!)
急にスピードを上げて5位の男に追い付いた48番が魔法弾を構えながら叫ぶ。この邪魔者に心の中で悪態をつくが、残り時間的にこのまま投げるしかない。俺は一縷の望みを賭けて、魔法弾を投げると同時にこう叫んだ。
「48番! 頭下げろ!」
腐っても最終試験まで残った男だ。これくらい反応できるはずだ。そう思っていたのに。
「あ?」
その男は間の抜けた声を出してこっちを見ただけだった。俺が投げた魔法弾は48番の顔面に命中し、味方への誤射でポイントは入らず、無情にも試験終了のブザーが鳴り響いた。
こうして俺はエルディライト学園の受験に失敗した。
○○○
受験後、抜け殻のようになった俺は未練がましくエルディライト学園の中央広場で空を見上げていた。橙色に染まった空を見ていると受験に失敗した悔しさが増大し、自然と涙が溢れてきた。
「今日まで死ぬ気でやってきたのに……クソッ!」
右腕で顔を押さえながら、左手の拳を地面に振り下ろす。芝生の上に落ちた拳からはトンという虚しい音が響いて消えた。
「俺の夢は……もう……」
俺の夢は魔法界一の魔法使いになることだ。そのためにも、魔法界一と名高いエルディライト学園に入るのが絶対だった。浪人してもう一度受験する道もあるが、そんな男が魔法界一の魔法使いになれるわけがない。
夢への道が閉ざされた絶望感と喪失感で、もう動けない。せめて両親に心配をかけないよう、涙が止まるまでここに居よう。第二志望の学園も悪いところじゃない。少なくとも親はそこに行ったとしても俺を誇りに思ってくれるだろう。例えそれが俺が満足できる立ち位置でなくとも。
「少年よ、こんな所で何してるんだい」
そんな思考を巡らしていた俺に、顎髭を生やした怪しい黒髪の男が話しかけてきた。今日という日にこの場所で泣いている人間がいたら事情は察せられるだろうに。
「……受験に落ちたんだよ」
一人にしてくれと暗に言うように、デリカシーのない男にぶっきらぼうに吐き捨てた。しかし男はその場に留まって、顎を撫でて考えるような仕草をした。
「そういえば今日は最終試験の日だったな。ここまで来たのに落ちるというのは辛いだろうな」
「……うっせぇ」
励ましのつもりだろうが、知りもしない男にそんな事言われてもイラつくだけだ。今度は包み隠さず敵意を向けると、その男はニヤリと笑った。
「……君は別の学園に行くつもりかい? それとも浪人してもう一度トライするのかい?」
「うるせぇって言ってるだろ!」
やけに絡んでくる怪しい男の態度に痺れを切らして、勢いよく立ち上がって男に殴りかかった。しかし俺の拳は空を切り、男はいつの間にか俺の背後にいた。
「いいね、その現状に満足していない飢えている目。俺はそんな奴を探しに来たんだ」
怪しげだった男の雰囲気が変わった。ただ怪しいだけだった男からは、明確に危険な雰囲気が感じられた。
「俺には野望がある。エリートどもの凝り固まった思想やら慣習やらで雁字搦めにされて腐り切った魔法界をぶっ壊してやりたいのさ」
「んなっ!?」
唐突に明かされた怪しい男の頭のおかしい野望に、俺は驚いて声を上げた。男はそんな俺を無視して更に熱を込めて話を続ける。
「災いを呼ぶだなんておかしな理由で闇魔法を忌み嫌う。確かな血筋と魔力を持つ貴族階級を絶対視し、在野の才能達に目を向けない。魔法の無限の可能性に蓋をする愚かなエリートどもを俺はぶっ潰してやりたい!」
狂っている。エリートをぶっ潰したいだなんて、エリートの代名詞であるエルディライト学園で叫ぶなんて。ただ、この狂気にどこか魅力を感じている自分がいるのも確かだった。
「この野望のため、俺は今年からフライハイト学園を開校する! そして俺の野望の実現のための才能を探している。もう、俺の言いたいことは分かるな?」
この狂った男が作った学園なんて危険すぎる。何の実績もない学園に入るなんて、大したことも出来ないまま日々を過ごす可能性だってある。
だが、こう考える俺もいる。
ここで賭けをしなくてどうする。エルディライト学園の受験に失敗し、夢を叶えるための道がわからなくなった俺に突然降って湧いた希望。
まさに一縷の希望。こんな細い勝ち筋に自分の人生を賭けるなんて狂ってる。だが、そうでもしなきゃ俺の夢は叶わない。嫌々第二志望の学園に入ったところで、その先に夢を叶える俺はいない。
例えどんなに危険でも、例えどんなに可能性が低くても、俺が俺であるために俺の全てをここで賭けるべきだ。
「ぶっ壊してやろうぜ! 能無しのエリートどもがのさばる魔法界をよ!」
そう言って男が差し伸べた手を、俺は俺の中にある夢の熱に押し上げられるように掴み取った。
「俺の名前はアギト・ハロル。俺の夢は魔法界一の魔法使いになることだ!」
受験すら突破できない俺が宣言するには大きすぎる夢。きっとここのエリート共に言ったらゲラゲラと腹を抱えて笑われるだろう。しかし目の前にいる狂気の男は、満足そうに歪んだ笑みを見せた。
「常識外れな素晴らしい夢だ! その飢えた目! 恥を知らないビッグマウス! 俺の学園の校風に相応しい人格だ!」
男はそう叫び、懐から封筒を取り出して俺に投げた。
「だが、我が校は完全実力主義。俺が集めた才能達の中で成り上がれるかは君次第だ。今の君の姿が若さ故の無謀さで現れた姿か、それとも本物の才能か……フフッ楽しみだ」
その言葉でこの男は本当に常識から外れているのだと分かった。コイツが今俺に向けた目は、自分の学園に入学する学生に対する期待を込めた目ではなく、蠱毒の壺の中に好奇心で新たな毒虫を入れる魔術師の目だった。
コイツは愛情と期待を込めて生徒を育てるつもりなんてない。自分の野望のために生徒が潰れたって構わない。エリートをぶっ壊す最強の一人のために、その他の生徒を迷いなく切り捨てる奴だ。
教育者という姿からかけ離れた、狂気の夢想家なのだ。
「詳細はその封筒を見れば分かる。それではまた会おう。夢に狂う少年よ」
男はそう言うと、さっき俺の殴りを避けた時と同じように一瞬にして消えた。
もう日が沈みかけたこの場所で、俺は受け取った封筒の裏面を見た。そこにはムジク・オーラルと署名がしてあり、あの怪しい男の名前がようやく分かった。
夢に狂う少年か。ムジクさんも言ってくれるじゃないか。あぁ、狂ってやろうじゃないか。アンタが創り出す蠱毒の壺の中で、アンタの理想を叶える魔法使いになってやる。
代わりに、俺を魔法界一の魔法使いにしてみせろ。それが夢に狂っている俺に一縷の希望を与えたアンタの責任だ。
もう泣いて空を見上げていた俺は居ない。強く地面を踏み締めて夢のために前に進む、以前にも増して夢に狂った男がそこにいた。
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