風竜様はお寝坊さんです 4

 わたくしはガイ様と、それから大変不本意ですがドウェインさんを連れて、バラボア国の王都へ戻りました。


 あの妙なキノコの家なのか何なのかわからない物体も一緒です。

 本当はあのキノコは放置していきたかったんですが、ドウェインさんが大騒ぎして、おいて行くことに納得してくださらなかったのです。

 とんでもない高度な魔術の集大成なのだとか言っていましたが、とんでもない高度な魔術の粋を集めて作ったものがキノコだという事実に脱力しそうですよ。


「アレクシア様のご兄弟の方は……その、変わっていらっしゃますね」

「いえあの方は他人です!」


 ファティマさんがしみじみとおっしゃいましたので、わたくしはもちろん即否定しました。

 わたくしの苦し紛れの言い訳で、ガイ様はわたくしの弟ということで一応の納得をしてくださったファティマさんですが、ドウェインさんのせいで、わたくしを見る目が少々……その、不安そうになっています。


 あのキノコはわたくし無関係ですからね!

 わたくしがドウェインさんは他人だと宣言したので、ファティマさんは安堵したようです。


 ……というか、あのキノコ、羽をぱたぱたさせて空を飛んだんですよ。空飛ぶキノコ。トラウマになりそうです。


 ガイ様の説明によると、ドウェインさんは、わたくしについてくるなとは言われたけれど出かけてはいけないとは言われていなかったと屁理屈をこねて、キノコ探しの旅に出かけることにしたらしいです。

 すっかり冬の装いのコードウェルにはドウェインさんの求めるキノコはなかったみたいですね。

 そして、温かい地域に向け出発し、情報を集めているうちに、この国に珍しいキノコがあると知ったのだとか。


 ……その情報をドウェインさんに伝えた方、恨みますよ……。


 せめてわたくしがこの国にいないときならよかったのに。何故このタイミングなんですか。

 とにかく、ドウェインさんとエウリュアレーという名のキノコを邂逅させてはなりません。何としてでも妨害せねば。エウリュアレーを見つけた暁には、混沌茸同様、量産しはじめるかもしれませんから。


 今回ばかりはキノコに悩まされずに過ごせると思っていたのに、キノコ同様どこにでも現れるのはどうしてですか? ドウェインさんもまさか胞子で増えるわけではないですよね⁉


 ガイ様がわたくしと同じ部屋でないと嫌だとおっしゃったので、ファティマさんにはドウェインさんの分の一部屋だけ新たに部屋を準備してくださいとお願いします。


 ……ドウェインさんは、あの空飛ぶキノコの中で生活したいみたいでしたが、あの方の奇行がそのままわたくしの評価の低下を招くので、なんとしても阻止せねばなりません。


 言葉も通じない異国の地では、一人一人に釈明して回ることができませんもの!

 ひとまず休憩をして、風竜様のことは午後から話し合われることになりました。

 わたくしも、階段の上り下りで体力を奪われましたし、なによりドウェインさんの登場で精神力をごっそり持って行かれたので一休みしたいです。


「すまんな、アレクシア」


 部屋にお茶が用意されると、ガイ様がそれをちびちび飲みつつ、もう一度謝罪なさいました。


「いえ、ガイ様のせいではないのですよ」

「だが、やはり止めるべきだった。……ところで、そういえばアレクシアはどうしてここにいるんだ? グレアムたちはどうした」

「ええっとそれについては話せば長くなるのですが……」


 わたくしは、ホークヤード国からバラボア国へ来た時のこと、竜の巫女に選ばれたこと、風竜様を起こすまで帰れないことをかいつまんでガイ様に説明します。

 ガイ様はふむふむと聞いていらっしゃいましたが、さすが長きを生きた竜の方です。ある意味荒唐無稽なこの話を、すぐにご理解くださいました。


「それは古代魔術のかかった魔術具だろう。対象者を飛ばす魔術がかかっている。アレクシアは文字通り鍵に選ばれ、この地へ一瞬で移動させられたのだろうな」


 ……なんと、この鍵すごいですね! グレアム様に教えて差し上げれば喜ぶこと間違いなしです。


「それにしても、竜の巫女か……」


 ガイ様は腕を組んで、うーんと唸ります。

 そんなガイ様とわたくしを見比べて、ファティマさんが首を傾げました。


「アレクシア様は弟のガイ様に非常に丁寧に接されるのですね」


 ……早くもやってしまいましたよ。弟を「様」付けで呼ぶのは違和感しかありませんよね?


 わたくしがおろおろしていると、ガイ様が顔を上げて、しれっと答えます。


「我は『火竜の一族』の中でも特別な存在だからな。姉であっても無礼は許されぬ」


 ……さすがですガイ様‼


 ファティマさんはガイ様の言葉と、それから高貴な威厳に納得の表情を浮かべました。


「そういうことでしたか。失礼いたしました、ガイ様」

「うむ」


 ガイ様は顎を引くように頷いて、考えの続きに戻ります。


「アレクシア、鍵を見せてくれ」

「はい、こちらです」


 首から下げていた鍵を外してガイ様に手渡しますと、ガイ様はそれをじーっと眺めて、それから薄く笑いました。


「……なるほど、あいつらしいと言えばらしいか」

「何かわかりましたか?」

「この鍵はおそらく、風竜自らが作ったものだろう。違うか?」


 するとファティマさんは目を見張って、ぎこちなく首肯しました。


「そう伝わっておりますが、何故わかったのですか?」

「簡単なことだ。これは魔石に直接魔術の効果を付与している。だが、それは人間や獣人では不可能なのだ。なぜ人間や獣人が魔術具を作るのかというと、魔石に直接魔術の効果を刻印できないからなのだよ。だが竜は違う。魔石に直接何らかの効果を刻印することができる」

「つまり、この鍵の魔石がそうなのですか?」

「ああ」


 魔術具にしては小さすぎると思っておりましたが、そういうことでしたか。

 グレアム様が研究している魔術具の小型化のヒントになるのではと思っておりましたが、竜が作ったものであればヒントにはならないかもしれないですね。


「そして、我が見たところ、この魔石が反応するのは竜の血を引いたものの魔力のみになっている」

「竜の血、ですか?」

「ああ。アレクシアの魔力に反応したのは、アレクシアの中に竜の血が流れているからだ。見てみろ」


 そう言ってガイ様が魔力を込めますと、鍵の緑色の魔石が強く光りました。


「まあ!」


 ファティマさんが驚きの声を上げます。


「おそらくだが、グレアムが魔力を流しても反応しただろう。つまりこの鍵は竜もしくは竜の末裔のみに反応するようになっているのだ」

「風竜様は何故そのようなことを……、この国には竜の血を引くものはおりませんのに」


 ファティマさんはすっかり困惑しています。

 しかしガイ様はその理由もわかっているようでした。


「だからだろう」

「だからと申しますと?」

「……これ以上はそなたには言えぬ。ええっと、そう、これは火竜の一族以外には教えられぬことなのだ」


 ……そんな秘密があったのですか?


 ファティマさんはなるほどと納得されて、この事実をサラーフ様にご報告に行くと部屋を出ていきました。

 二人きりになると、ガイ様が疲れたように肩を鳴らします。


「まったく、アレクシアは面倒なことに巻き込まれたものだな」

「すみません……」

「いや、アレクシアが悪いのではない。だが、あやつを起こすのは骨が折れるぞ」


 ガイ様はわたくしに鍵を返しながら、少しだけ声を落としました。


「先ほどは火竜の一族の秘密と言ってごまかしたが……」


 まあ、あれは方便だったのですか。てっきり重大な秘密があるのかと思っていました。

 ガイ様にちょいちょいと手招きされたので顔を近づけますと、ガイ様が耳元でささやきます。


「鍵が竜の血にしか反応しないように作られていたのは、この国に竜の血を引く人間がいないとわかっていたからだ。風竜は誰かと番い、子をなしたことはないからな」

「つまりどういうことですか?」

「風竜は、自分の寝床に誰も入れたくなかったということだ」


 この鍵は、竜の血に反応します。その対象者がいないので、もちろん誰も竜の巫女に選ばれることはなく、ご寝所を開けることはできません。……なるほど、誰も入ってほしくないから、バラボア国の誰にも使えない鍵を作ったということですか。


「しかし今回、何らかの原因で鍵がそなたの手に渡った。そのせいで魔術が発動し、そなたはこの国に飛ばされた。風竜にとっては想定外の事態だっただろう。しかしこの国には竜の巫女の伝承が残っており、そなたは竜の巫女になってしまった。……それにしても、風竜が眠りについて五百年もよく伝承が残っていたものだな」

「本当ですね。バラボア国の方々は、よほど強く風竜様を信仰していらっしゃるのですね」

「信仰?」

「はい。バラボア国では、風竜様は神様なのだそうですよ」

「神様⁉」


 ガイ様は素っ頓狂な声を上げて、そのあとでぷっと吹き出しました。


「あやつが神様だと? 柄でもない! あれの真実を知ったら五百年の信仰など、一瞬で冷めることだろうよ」

「ど、どういうことですか?」


 ガイ様はけたけたと笑いながら続けました。


「風竜はな、とにかく怠惰なやつなのだ。趣味は昼寝と豪語して、放っておけば何十年であろうと惰眠を貪るどうしようもないやつだ。我も昔苦労した。闇竜を鎮めるのに手を貸してもらおうと思ったのだが、なかなか起きんでな。目の前に大量の食事を並べて大声で叫び続けてやっとのことで起こしたのだ」


 ……そ、それはすごい。それほどまでに起きない方だと、大変――ん?


 わたくしは何か引っかかりを覚えて首を傾げます。


「あの……風竜様は五百年前にお眠りになったとのことですが、ガイ様のように魔石になってお眠りになっていたのですよね?」

「そうだが、もう五百年だからな。いい加減魔石からは出ているんじゃないか?」


 ……嫌な予感がしてまいりました。


「ち、ちなみにですが、風竜様の髪は、緑色だったり……しますか?」

「ああ。緑色の髪に碧い目をしている」


 ……あー。


 わたくしは両手で顔を覆いたくなりました。

 もしかしなくとも、ご寝所のベッドで熟睡されていた方は風竜様だったのではないですか⁉


 ……声をかけても揺さぶっても起きてくださいませんでしたよ⁉ わたくし、あの方を起こさなければ帰れないのですか⁉


 がっくりとうなだれるわたくしに、ガイ様が不思議な顔をなさいます。


「どうした?」

「いえ……その、ご寝所のベッドにですね、何をしても起きてくださらない方がいたのですけど、髪の毛が緑色だったのですよ……」


 それ以外は、うつぶせの状態だったのでわかりませんでしたけどね。

 ガイ様はポリポリと頬をかいて、何とも言えない顔をしました。


「風竜だろう。間違いない」


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