砂漠の国は常識が違いすぎて眩暈がします 1
夜になって、わたくしはファティマさんとともに宴会会場である広間へ向かいました。
クウィスロフト国のパーティーと違い、バラボア国の宴会は座って行われるそうです。
絨毯の敷かれた広間に、大きな円を描くように皆さまが着席なさいます。椅子ではなく、絨毯の上にそのまま座るのです。
上座にはサラーフ様が座られていて、何故かわたくしの席はその隣に用意されていました。
……いいのでしょうか。普通、国王陛下のお隣は王妃様のお席だと思うのですけど。
おずおずとサラーフ様の隣に着席しますと、途端に周囲から突き刺さるような視線を感じます。
きっと、こいつは一体誰なんだと思われているに違いありません。
わたくしは今、上半身は白地に緻密な刺繍の入ったオフショルダーの服を着ております。これは腕を上げればお腹が出てしまいそうなほど丈が短いです。下はくるぶしまであるゆったりとした赤色のズボンです。そして、昼間同様、手首にも首元にもたくさんの飾りをつけられました。
ちょっと心もとなくて、そして派手な気がしたのですけど、こうして見ますと、この場にいらっしゃる女性の方はどなたも似たような装いですね。きっと、これが女性の宴会の正装なのでしょう。
『よく似合っている』
サラーフ様がわたくしを見て目を細めて微笑まれました。
ファティマさんの通訳を聞いた後でお礼を言おうとしたのですけど、その前に悲鳴のような甲高い声がいくつも聞こえてきて目を丸くしてしまいます。
……い、いったい何事ですか?
まさか魔物でも現れたのでしょうかと警戒して周囲を確認しておりますと、サラーフ様が「気にしなくていい」というようなことをおっしゃいました。
皆様の前にお食事が運ばれてきますと、サラーフ様が金色の杯を持って立ち上がります。
……わたくしには重すぎるあの金の杯です。ものすごく重たいのに、それを片手で持つなんてサラーフ様は力持ちですね。
『竜の導きにより、この地に竜の巫女が到着された。我らが神、風竜様のお目覚めも近い! 皆、今日は前祝だ! 乾杯!』
『『『乾杯!』』』
皆さんが杯を掲げましたので、わたくしも慌ててそれに倣います。片手で持てないので両手になってしまいましたが許してほしいです。
……って、ハッ! 今更ですが、グレアム様から教わった、物の重さを感じなくする魔術を使えばよかったのでは? わたくしはなんて馬鹿なのでしょう。もっと早く気づけばいいものを。
今更ですが、わたくしは魔術で金の杯の重さを軽くします。これで片手で持って飲めるようになりました。
『アレクシアは魔術も得意なのだな』
着席なさったサラーフ様は、魔力の流れでわたくしが魔術を使ったのがわかったのでしょう。サラーフ様も魔術が使えるほど魔力をお持ちのようですからね。
「まだ複雑な魔術は使えないので自慢できるものではないのですが、このくらいは」
『いや、見事なものだった。魔力量も驚くほど多いし、竜の血も引いている。アレクシアは素晴らしい』
そういえば、今日の昼までは「巫女」と呼ばれていた気がするのですが、いつの間にかアレクシアになっていますね。いえ、巫女と呼ばれるのは落ち着きませんので、名前で呼んでくださる方がありがたいにはありがたいのですけど。
手放しでほめてくださるサラーフ様に、わたくしは少々恥ずかしくなってしまいます。本当に大したことはないのです。グレアム様はもっともっとすごいのですよ。わたくし、早くグレアム様に追いつきたいのです。お役に立ちたいので!
グレアム様はとにかく身を守る魔術を優先的にわたくしに教えてくださいますので、結界魔術は一通り覚えて自在に使えるようになったのですけど、他はまだまだなのです。
『明後日の夜まで退屈だろう? 町の外には出られないが、町の中なら案内してやれる。明日は私に町を案内させてくれ』
……え? 国王陛下自ら町案内ですか⁉
驚きましたが、ファティマさんも平然としたお顔をなさっているので珍しいことではないのでしょうか。
クウィスロフト国やホークヤード国と文化が違うとは思っていましたが、わたくし、今までで一番驚いたかもしれません。
普通、国王陛下が客人に町案内なんてしませんものね? 護衛とか、いろいろややこしい問題がたくさん付きまとうので、クウィスロフト国などでは、あまり気軽に出歩けない身分の方ですもの。
「わたくしは嬉しいですけど、本当によろしいのですか?」
心配になりましたので、わたくしは念のために確認します。
国王陛下が町を練り歩けば民の皆様が緊張されるでしょうし、護衛の方も大変なのでは?
けれど、サラーフ様は楽しそうに笑われます。
『問題ない。まだ近くでオアシスも見ていないだろう? ほかにも、アレクシアに見てほしいものがたくさんある』
「そ、そうですか、それではお言葉に甘えて……」
サラーフ様は本当に友好的です。竜の巫女がどれほどこの国にとって重要な存在かわかります。すごく心を砕いてくださっているようですから。
『陛下、ご挨拶させてくださいませ』
サラーフ様とお話していると、数人の女性の方が近づいてこられました。
一応、立ち歩いてもいいみたいですね。歩き回っている方はあまりいらっしゃいませんが、一部でお酒を注ぎに行かれている方もいらっしゃいます。
それにしても、来られた女性の方々は皆さま着飾られていてとてもお綺麗です。バラボア国にはまっすぐな黒髪の方が多いのですね。まるで魔力を流した闇の魔石のように艶々していてとても綺麗です。
ただ、わたくしを見る視線はどなたも鋭いです。新参者が当たり前のように国王陛下の隣にいるからでしょうね。
「酋長の娘たちです。アレクシア様がお相手する必要はございません」
わたくしの斜め後ろに控えていたファティマさんが、そっと耳打ちしてくださいました。
……酋長って、この国で言うところの領主様ってことですよね。領主様のお嬢様方ならきちんとご挨拶した方がいいと思うのですけど……。
でも、相手をする必要がないと言ったファティマさんは、彼女たちが何を言っても通訳してくださいませんでした。でも、一言だけわかりましたよ。「バーダバーダ」です。確かバーダバーダは盗賊や侵入者というような言葉だったはずですが、わたくしはまた盗賊と間違えられているのでしょうか。
困惑していると、国王陛下がかばうようにわたくしとご令嬢の方々の間に入ります。
『巫女様は疲れているのだ。下がれ』
その一言で、ご令嬢たちは引き下がりました。サラーフ様の声が心なしか低かったせいでしょうか、皆さま怯えた顔をなさっています。
……サラーフ様は怒っているようにも見えますが、ご令嬢の方々は何をおっしゃったのでしょう。気になりますが、ファティマさんの様子を見るに教えてくださりそうもありません。
それ以降、こちらにやってくる方はいらっしゃいませんでした。
食事もあらかたすんだあたりで、会場に舞子の方が入って来られます。
二人組の女性の方で、共に三日月形の剣を握っていらっしゃいました。
円を描くように座っているわたくしたちの中央に歩み出て、お二人が向かい合うようにして剣を構えます。
……舞子の方だとファティマさんはおっしゃいましたよね? 今からはじまるのは舞――すなわちダンスですよね。どうして剣が必要なのですか?
鈍色に輝く三日月の形の剣に、わたくしはごくりと生唾を飲んでしまいます。
なんだか大変なことが起こりそうな、嫌な予感がするのです。
ファティマさんを振り返りますと、今からはじまるのは剣舞だとご説明くださいます。リュートと呼ばれる弦楽器の音色に合わせて、剣を持って舞うのだそうです。
……よ、世の中にはそのような危険なダンスがあるのですか……!
怪我とかしないのでしょうか。
しかし不安を覚えているのはわたくしだけで、皆さま楽しそうな表情をなさっています。
剣を構えている女性たちも、穏やかな笑みを浮かべていらっしゃいました。
ピイーンと、リュートの弦が爪弾かれた途端、剣舞を踊るお二人の表情が一変します。
きりりと表情を引き締め、びっくりするくらい早い動作で回転し、とびあがったり反り返ったりしながら、たまに剣を打ち合って舞うのです。
……本当に大丈夫ですか⁉ 切っ先がかすっただけでも大怪我をすると思いますよ⁉
こぶしを握り締めてハラハラしながら見守っていますと、舞を舞っている女性のお一方と目が合いました。
何故かじっとこちらを見つめられた気がしたのですけど、わたくし、もしかして視線がうるさかったでしょうか。
そんな風に思った、次の瞬間でした。
「――――ッ!」
ビュンっと風を切るようにして、舞手の方が持っていた剣がわたくしめがけて飛んできました。
「風よ‼」
反射的にわたくしは目の前に風の結界を展開させて剣を防ぎます。
ザワリと周囲からさざ波のような喧騒が巻き起こりました。
……ハ! もしかしてこれは演出でしたか? うっかり手を滑らせたとかではなくて? どうしましょう、舞の邪魔をしてしまいましたよ⁉
でもあのままだったら、わたくしやわたくしの斜め後ろのファティマさん、そしてお隣のサラーフ様に当たっていたかもしれませんし……。
おろおろしておりますと、サラーフ様が険しい顔で立ち上がりました。
『捕らえよ‼』
サラーフ様の怒号に、兵士たちがなだれ込んできました。
剣舞を待っていたお二人があっという間に拘束されます。
「え? え?」
どういうことでしょう?
わたくしが目を白黒させていると、サラーフ様が今夜の宴会はお開きだとおっしゃいます。
「アレクシア様、お部屋に帰りましょう。ここはこれから騒々しくなりそうです」
ファティマさんがわたくしを促します。
茫然としながら舞手の女性の方を見ますと、お二人とも、青ざめた顔をなさっていました。
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