バラボア国王との謁見 5

「バラボア国⁉ そんな南の果てに奥様がいらっしゃると⁉」


 メロディの悲鳴が、ホークヤード国の城に響き渡った。


「そうじゃない、メロディ。アレクシアが消えた原因を作ったあの鍵が、バラボア国の遺跡から盗掘されたものだとわかったと言ったんだ」


 ホークヤードのアシル国王への報告を終え、グレアムは予定を切り上げてホークヤード国を去ることに決めた。コードウェルに戻る時間も惜しいので、このまま鳥車でバラボア国へ向かうと言うとメロディが悲鳴を上げたのである。

 ジョエルにも手掛かりがバラボア国にあるかもしれないと告げたが、一族の王である彼は独断で遠く離れた異国に向かうことはできないらしい。ひとまず現在ホークヤード国のデネーケ村を拠点としている火竜の一族に確認へ向かうそうだ。


(確認に行ったところで、王であるあいつが自由に出歩けはしないだろうがな)


 ジョエルの側近のケントを思い出す。あれはドウェインとは違って真面目そうな男だった。ジョエルがバラボア国へ向かうことを許可したりはしないだろう。

 これがドウェインならキノコで釣ればあっさり許可しそうなものだが、ケント相手ではそうはいくまい。


「アレクシアにつながる手掛かりは今のところあの鍵だけだ。あれが一体何なのかを調べなければならない」


 遠回りに見えるが、他に手掛かりはないのだ。あの鍵が何なのか、魔術具ならどのような効果をもたらすものなのかがわかりさえすれば、ある程度考察は立てられる。


「バラボア国ですか。ほとんどつながりのない国です、女王陛下が許可なさるかどうか……」


 ロックが厳しい顔で言うが、グレアムは何を言っているんだろうかと首を傾げた。


「許可? そんなもの取る必要ない」

「ええ⁉」

「何を驚く。申請しても却下されることがわかりきっているのに、わざわざ報告するなんて馬鹿げているだろうが」


 グレアムは王弟だ。王族なのである。国交の少ない遠い異国に気軽に向える立場ではない。

 スカーレットはアレクシアのことを心配するだろうが、女王として許可できるはずないのである。


「そんなことをしたらあとから怒られますよ⁉」

「ばれなきゃいいだろう? 夫が妻を助けるのに何の問題がある」

「そんな無茶苦茶な……」


 ロックは頭を抱えたが、意外にも乗り気だったのはメロディだった。


「よく言いましたよ旦那様! そうです、旦那様は奥様の夫なんですから、奥様を助ける義務があるのです!」


 アレクシアが消えて落ち込んでいたメロディだったが、多少でも手掛かりを見つけて立ち直ったらしい。

 ロックをキッと睨みつけて、人差し指を突きつける。


「ロックは奥様が心配ではないんですか⁉」

「そ、そういうわけではないが……、おいオルグ」


 ロックが助けを求めるようにオルグを見るが、オルグは端から行く気満々だ。無駄に準備運動をしつつ、真面目な顔をして頷く。


「腹をくくれロック。バラボア国だろうと世界の裏側だろうと、奥様につながる手掛かりがあるのならば行くべきだ」


 オルグは以前、目の前でアレクシアを攫われる失態を犯した。そのことをずっと後悔している彼は、何が何でもアレクシアを助けるのだと意気込んでいる。

 こうなればロックは折れるしかないだろう。

 案の定、諦めたように肩をすくめた。


「わかりましたよ。私も奥様が心配ですからね。行きましょう。鳥車の準備を整えておきます」

「荷物はアシル陛下がこの部屋に置いたままにしておいていいとおっしゃってくれた。メロディ、必要なものだけまとめてくれ」

「わかりました!」


 メロディは腕まくりをして、急いで持って行く荷物を選別し、鞄に詰めていく。


「バラボア国ではこちらの貨幣が使えない。金に換金できそうな宝石類などがあれば荷物に入れておいてくれ」

「了解です!」

「オルグ、さすがにバラボア国までは鳥車でも一日では到着しない。途中で休憩を挟みながら向かうつもりだが、念のため食料を詰んでおけ。アシル陛下がキッチンで頼めば用意してくださると言っていた」

「わかりました! 弁当と、日持ちしそうなものをもらってきます!」


 オルグが部屋から飛び出して行く。


(デイヴとバーグソンのじじいに帰りが遅くなると手紙だけ出しておくか)


 バラボア国まで行くのだ、予定していた日数でコードウェルには帰れまい。

 グレアムがデスクに向かって手紙を書こうとしたときだった。


 部屋の扉が叩かれてメロディが開けると、第二王女のルイーズが青ざめた顔で立っていた。

 メロディは少なからずアレクシアが消えたのはルイーズのせいだと思っているので、一瞬顔をしかめてグレアムを振り返る。


 グレアムは立ち上がり、ルイーズの元へ向かった。


「どうされました、ルイーズ王女」


 たとえアレクシアが消えたのがルイーズの発言のせいであっても、相手はこの国の王女だ。あからさまに邪険にはできない。

 ルイーズは胸の前でぎゅっと手を握り締めて、小さく震えながら口を開いた。


「その、わたくし……わたくし……」


 どうやらルイーズは、アレクシアが消えた件に少なからず罪悪感を抱いているらしい。

 だが、グレアムはルイーズの謝罪を受け入れられる精神状態ではなかった。

 続く言葉を手で制して、ふうっと息を吐きつつ告げる。


「謝罪はアレクシアが戻った後で直接お願いします。……今は時間がありませんから」


 ルイーズは息を呑んで目を見開くと、悄然と頭を下げて、とぼとぼと去っていった。



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