砂漠の国は常識が違いすぎて眩暈がします 2
「ファティマさん、あのお二人はどうなってしまうのですか?」
ファティマさんと、それから物々しい護衛の方五人とともに部屋に戻ったあとで、わたくしはファティマさんに訊ねました。
兵士の方に取り押さえられていましたが、まさかあのお二人は罰せられるのでしょうか?
……きっと手を滑らせただけだと思うのですよ! 誰も怪我をしなかったのだからいいと思うのですけど、さすがに国王陛下にお怪我をさせる危険性があったので無罪放免にはならない……のでしょうね。
でも、剣を持って踊るのですから、手を滑らせてしまうこともあると思うのです。どうか情状酌量の余地が与えられるといいのですけど……。
「それはこれから尋問しての判断になるでしょう。故意なのか、それとも偶然だったのか、それによって変わるでしょうが……おそらくあれは故意的なものだったと思われます。陛下かアレクシア様を狙ったと」
「わ、わたくしですか?」
サラーフ様が狙われたのだとすれば一大事ですが、しかし国王陛下はどこの国でも命を狙われる危険があると言います。だからどこへ行くにも厳重な護衛を伴うのです。
でも、わたくしは昨日この国に来たばかりで、しかも他国の人間です。わたくしを狙っても何の得もないと思いますが……。
わたくしが首をひねっていると、ファティマさんがちょっとあきれた顔をしました。
「アレクシア様は巫女様ですよ」
……そういえばそうでした。でも、バラボア国の人たちは風竜様がお目覚めになるのを心待ちにしているのですよね? わたくしを狙うのは本末転倒では?
「もしかして、わたくしが偽物だと思われているのでしょうか?」
その可能性が高い気がしてきました。わたくし自身、自分が竜の巫女と呼ばれることに懐疑的ですもの。わたくし、巫女を選ぶというこの鍵に間違えられた気がするのですよ。
「いえ、そうではありません。巫女様は巫女様です。アレクシア様が狙われたのは、偽物の巫女様だとおもわれたわけではなく別の理由でしょう」
「別の、と申しますと?」
「兄が――サラーフ陛下が、アレクシア様のことを娶るつもりだと思われているのだと思います」
「ああ、そういう――なんですって⁉」
なるほどーと頷きかけて、わたくしはぎょっと目を見張りました。
ちょっと待ってください!
今の短い言葉の中に重要なことがたくさん入っていましたよ⁉
まず、え? ファティマさんってサラーフ様の妹さんなんですか⁉ つまり王女様⁉
そしてサラーフ様がわたくしを娶ると思われているってどういうことでしょう⁉
混乱です。大混乱ですよ!
……深呼吸ですアレクシア。まずひとつずつ解決しましょう。サラーフ様のことも気になりますがまずはファティマさんです!
「ファティマさんは王女様なんですか⁉」
「そうですね。先王の娘です」
「そ、そ、そんな方がわたくしの世話をしたらダメだと思います!」
「巫女様は至上の方ですから当然のことです。それに、王都でアレクシア様がお使いになられる言語が扱えるのはわたくしだけですし」
「それでもですね!」
至上の方と言われても、わたくしはグレアム様と結婚するまで「いらない子」として扱われていた取るに足らない人間なのですよ!
王女様にお着替えとかお風呂のお世話をしていただいていたなんて……どっ、どうしましょうっ、動悸が! 不敬罪! 不敬罪というやつではないですかこれは⁉
道理で、宴会での皆様の視線が険しかったわけです。何王女様を侍らせているんだこの異国人って思われていたのですよきっと!
クウィスロフト国とバラボア国はほとんど国交がありませんが、でもこれは国家間に亀裂を入れるというやつじゃないですか? わたくしのせいで両国の関係が悪化したらどうしましょう?
浅い呼吸を繰り返していますと、ファティマさんが背中をさすってくださいます。
だからダメですよ! わたくしの世話をしたらダメなのです!
ついメロディにされるように甘えてしまったわたくしもどうかしていました!
グレアム様に嫁いでから、誰かに世話をされることに慣れてしまっていたのでしょう。わたくし、なんて贅沢で傲慢な子になっていたのでしょうか⁉
「わたくしのことはお気になされず。落ち着いてくださいませ、アレクシア様」
「落ち着けませんよ……! そんな、だって、だって……って、そうでした! もう一つあったんですよ! サラーフ様がわたくしを娶ると思われているって、どういうことですか⁉」
「それについては、あながち周囲の勘違いというわけでもないのですが……」
「はい⁉」
「兄はおそらく、アレクシア様に好意を抱いていると思います。これまで誰一人として妃を娶ってこなかった兄にようやく訪れた春です。もしアレクシア様がよければ、このまま兄のもとで過ごしていただければわたくしとしても嬉しいのですけど、ダメでしょうか?」
「だだだだだ、ダメですよ! わたくし、既婚者ですもの!」
「え?」
「え?」
「ご結婚されていたんですか?」
「そ、そうですよ! ほら、これ! これが結婚指輪です!」
わたくしはグレアム様とお揃いで作った結婚指輪を見せます。
けれどもファティマさんは首を横に振りました。
「申し訳ありません、既婚者が指輪をする風習はこの国にはなくて……」
そういえば、クウィスロフト国でも必ず結婚指輪をつけるわけではなかったですね。最初に既婚者だと言わなかったわたくしの落ち度です。
……いえ、でも、国王陛下がわたくしを娶ろうと考えるとは思わないじゃないですか!
ファティマさんはおっとりと頬に手を当てます。
「ですがあまり関係ないかもしれません」
「……どういうことですか?」
ファティマさんは申し訳なさそうな顔でおっしゃいました。
「この国では、略奪婚は普通ですから」
……とんでもない文化ですよバラボア国‼
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