竜の巫女ってなんですか? 1
バラボア国の王都の城の豪華な部屋にぽつんと取り残されたわたくしは、ぼんやりと窓から外を眺めておりました。
多分ここは客室なのでしょう。
それも、貴賓室だと思います。
文化が違うようなので、調度品は見慣れない模様だったり色使いだったりするのですけど、見るからに豪華ですもの。
薄い布が幾重にも重ねられた天蓋付きのベッド、ふかふかの絨毯。
飾り棚には絵皿や壺、陶器の人形などが飾られています。
わたくしは目利きではありませんので本物の金なのかどうなのかはわかりませんが、金色の猫足のついたローテーブル。
ふかふかの布張りのソファは見慣れない複雑な絵柄でとてもカラフルです。
続き部屋のバスルームには、なみなみと水の張られた、十人以上は入れそうな巨大なバスタブが。
床はタイル張りで、バスタブの周りにはたくさんの蝋燭が置かれていました。
一通り中を見て回りましたが、まるで王女様がお使いになるようなお部屋でしたよ。
……でも、どうしてわたくしは、このような場所に通されたのでしょう。
岩で作られた山の中から外に出たとき、わたくしを取り囲む方々の様子は、決して友好的と呼べるものではありませんでした。
その雰囲気が変わったのは――そう、どなたかが「ダナ」とわたくしを呼んだときからです。
……ダナってなんですかね。
おそらくそれが、この厚遇を紐解くヒントになると思うのですけど。
……それにしても、地図のおかげでここがどのあたりなのかはわかりましたけれど、クウィスロフト国やホークヤード国と距離が離れすぎていて、逃亡は難しそうですよ。わたくしではさすがにあの長距離を飛ぶことはできませんからね。
バラボア国と教えていただいたときはすぐに思い出せませんでしたが、十二歳までつけられていた教育係に、この大陸のことを教わったことがあったのを思い出しました。
バラボア国は、大陸最南端の国で、国土の六割以上が砂漠と呼ばれる砂地で覆われている国です。
砂漠の中にはオアシスと呼ばれる水源があり、バラボア国はそのオアシスを中心に町を築いていると教わりました。
その中でも一番大きなオアシスに王都を築いたそうですので、窓の外に見える巨大な湖のようなオアシスがバラボア国で一番大きなものなのでしょう。
残念ながらクウィスロフト国と国交のない国ですので、教育係から教わった情報はこのくらいです。
……それにしても、ホークヤード国からはるかに離れたこの国に、わたくしはどうやってやって来たのでしょうね?
「この鍵の力ですかね。まさか、空を飛ぶ力が秘められている魔術具でしょうか? でも、空を飛んだなら空を飛んだ時の記憶があるはずですもんね?」
気がつけばバラボア国にいたなんてことにはならないと思うのですよ。
窓には窓ガラスがはめ込まれておりませんから、ここから逃亡を図ろうと思えば可能なのですけど、逃げ出したところでホークヤード国まで戻ることができなければ意味がありません。
グレアム様にご連絡できればいいのですけど、その方法も思いつきません。
……困りました。
窓の外を眺めていても仕方がないので、わたくしはソファに座って息を吐きます。
ローテーブルの上にはみずみずしい果物がたくさん置かれていて、ぐうとお腹の虫が主張いたしますが、食べていいのかどうかわかりませんので手は伸ばせません。
水差しも置かれていますが、状況がわからないので、飲むのも躊躇われます。
わたくしは目の前のズシリと重い金杯を手に取って、魔術で水を生みました。
……この重さから察するに、本物の金でしょうか。杯を金で作ったら重くて使いにくいと思うのですけどね。
両手で杯を持って、やっとのことで水を飲み干します。
「ふう……生き返りました」
乾いていた喉を潤せたところで、グレアム様との通信手段を考えましょうか。
方法は思いつきませんが、考えているうちに何か閃くかもしれませんものね!
……わたくし、帰ることを諦めるつもりはないのですよ! 意地でもグレアム様のもとに帰るのです! めそめそしたりしませんよ! だって、泣いても事態が好転しないことは、わたくし、よく知っているのですから!
クレヴァリー公爵家で冷遇されていたわたくしは、泣いたところで拳や鞭が飛んでくるだけということを知っています。泣いたっていいことはないのです。
……グレアム様は、わたくしが泣いていると優しく抱きしめてくださいますけど、ここにはグレアム様はいらっしゃいません。今の状況を嘆いて泣く暇があったら、頭を使うのです。帰る方法を探すのですよ。
「うーん、以前火竜の一族の方々が使っていた光魔術はどうでしょう?」
光魔術が使える方が二人いれば使える魔術です。一方の方がいらっしゃる場所を、相手に見せることができる魔術なのですが……。そういえばわたくし、使い方を教わっていませんでした。
あとは鳥の獣人さんに手紙を届けていただくという方法もありますが、鳥の獣人さんがいらっしゃいませんし、たとえいたとしても言葉が通じないので意思疎通はできない気がします。
……ここに連れてきたときに乗った、空飛ぶ絨毯はどうでしょう。うまく盗み出すことができれば――って、さすがに泥棒さんはいけません。
いくら頭をひねっても名案は閃きません。
どうしましょうと唸ったとき、廊下につながっている部屋の扉が叩かれました。
さっきの男性の方が戻ってきたのでしょうか?
「はい、どうぞ」
わたくしが返事をすると、部屋に入ってきたのは先ほどの男性の方ではありませんでした。
肩ほどで切りそろえられた艶やかな黒髪に、黒曜石のような神秘的な黒い瞳。白い布を巻き付けベルトで止めただけのような服。そして編み上げのサンダル姿のわたくしと年周りの変わらなそうな女性の方です。
「あのぅ……」
わたくしはつい話しかけようとしてしまいましたが、考えてみれば言葉が通じないのです。
わたくしがなんとなく意味を理解したバラボア国の言葉は「カボ」と「ファラ」と「ファーラ」の三つだけです。これでは会話は成立しません。
せめて紙とペンがあれば絵を描くなりしてもう少し意思疎通ができるでしょうか?
でも、紙とペンに当たる言葉を知りませんのでお願いすることもできません。
……通訳してくださる魔術具が切実に欲しいです。グレアム様のもとに無事に帰りつくことができたら、それとなく作れないか聞いてみましょう。
とりあえず……生命維持のために目の前の果物を食べていいかどうか、身振り手振りで伝えられないでしょうか。
わたくしが果物の中からブドウを手にしようとしたとき、突然、女性が目の前に跪きました。
……こ、これはまさか……。
案の定、ここに来る前で見たように、彼女は目の前にひれ伏すと「ダナ」と言い出しました。
また出ましたよ「ダナ」!
いったいダナって何ですか⁉
困惑していると、女性はハッとしたように顔を上げて、それからわたくしをうっとりと見つめてこうおっしゃいました。
「『竜の巫女』! お待ち申し上げておりました……!」
……ええっと、今度は何を言われているのか言葉は理解できましたが、やっぱり意味がわかりませんでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます