ガイ様の憂鬱

 赤い髪に赤紫色のくりっとした大きな瞳。

 ぷっくりとした頬を紅潮させて、五歳児姿の火竜ガイは、ぱたぱたとコードウェルの城を駆け回っていた。

 別段、どこかへ行くわけでもなく、ただ走っている。

 じっとしているのが退屈だったからだ。


 世話係のアレクシアがグレアムとともにホークヤード国へ向かった早数日。

 留守番くらいなんてことないと高をくくっていたが、これが思いのほか退屈でつまらない。

 マーシアとデイヴ、それからたくさんの獣人たちもいるにはいるが、やはりアレクシアがいないと物足りないのだ。


(ドウェインもな……)


 あのキノコ馬鹿は、遊び相手にするには変人すぎる。

 結果、暇を持て余したガイは城の中を駆け回って時間をつぶしていたのだ。

 ついでに、何か面白そうなものを発見できればなおのこといいと、てってってっと軽やかに駆け回っていたガイは、さっそく窓の外に妙なものを発見して足を止める。


「……あやつ、また妙なものを」


 窓から見えるのは裏庭である。

 コードウェルの城の裏には、ドウェインが作ったキノコの形をした妙な家が二つある。何を思ってわざわざキノコを巨大化させた挙句に複数の魔術を用いて家に加工したのか、ガイには甚だわからない。長き時を生きてきたが、ガイにもドウェインという男の思考回路は読めないのだ。


(我のような崇高な存在には、変人の考えることはわからん)


 ガイの行きついた結論はこれである。

 つまり、理解しようとするだけ無駄。


「それにしてもあれはなんだ?」


 じーっと窓の外を見下ろしていたガイの中で、好奇心がむくむくと膨れ上がった。

 ドウェインは面倒くさいので近づきたくない。

 だが、あれは気になる。


 うーむと腕を組んで唸ること三分。

 好奇心に抗えなかったガイは、とりあえず「あれ」を近くで見てみることにした。


 てってってっと再び走り出して裏庭へ向かう。

 そして裏庭に到着したガイは、窓から見ていた「あれ」を見上げて唖然とした。


「これはこれは火竜様」


 あんぐりと口を開けてそれを見ていたガイに、それの影からドウェインが現れる。


「…………そなた、グレアムとアレクシアが戻ったら怒られるぞ」


 ガイの目の前のそれは、巨大なキノコだった。

 ドウェインが制作したキノコの家よりも巨大である。

 しかもなんだか――


(ぶよぶよしている……)


 おっかなびっくり目の前の巨大キノコに触れて、ガイは眉を寄せた。

 まるで、トロールの太鼓腹のようにぶよぶよだ。……気持ち悪い。


「ああ、まだ製作途中なので触れないでくださいね。大丈夫だと思いますけど、胞子が体に付いたら体からキノコが――」

「それを早く言え‼」


 ガイは叫んで、魔術で水を生むと頭からかぶった。

 火竜なので水はあまり好きではないのだが、この際そんなことは言っていられない。

 ぶるぶると濡れた髪の毛を振って、火の魔術で全身を乾かすと、じりじりと巨大キノコから距離を取る。


(こやつ、なんて危険なものを作っているのだ⁉)


 やっぱりドウェインは頭のねじが数本飛んでいる。

 しっかりと巨大キノコから距離を取ったガイは、小さな人差し指をそれに突き付けて叫んだ。


「それはなんだ⁉ 返答次第ではお前ごと火だるまにしてやるから覚悟せよ!」


 ガイはアレクシアから、くれぐれもドウェインに暴走させないでほしいとお願いされているのだ。

 これは間違いなく暴走一歩手前――いや、すでに暴走していると言っても過言ではなかった。

 ガイとしては、帰ってきたアレクシアに可愛らしい笑顔で「ガイ様ありがとうございます」と言われたいので、なんとしてもドウェインの暴走を止めなくてはならない。


「そなた、アレクシアにもグレアムにも、キノコの家をこれ以上増やすなと言われていただろう!」

「ガイ様、これはキノコの家ではないのですよ。だから約束は破っていません。家でないからいいんです」

「家でなければ何を作ってもいいとは言われておらんだろうが!」

「作ってはいけないとも言われていませんよ」

「ええい! 屁理屈をこねるな!」


 ガイは地団太を踏んだ。


(なんなのだこやつは! 本当に人間か⁉ こんなに意思疎通ができない人間などはじめてだぞ! 新種の生き物ではあるまいな⁉)


 そして悲しいかな、火竜の一族であるドウェインは、多かれ少なかれガイと血がつながっている。どれだけ薄まっていようとも、その体の中にガイの血が流れているのだ。こんなに絶望したい事実があるだろうか!

 ドウェインはガイの嘆きなど関知しない顔で、巨大なぶよぶよキノコを見上げて大きくうなずいた。


「これだけ大きくなれば充分ですね。そろそろ成長を止めましょう」

「……やはり魔術で巨大化させていたのか」

「はい。このキノコは私が改良に改良を重ねたものでして、このように巨大化させることができるのです。……ただ、巨大化させている過程でやたらと胞子を飛ばすので、あとあと回収が……」

「きゃあああああああ‼」


 ドウェインの説明の途中で、城の中から甲高い悲鳴が上がった。

 何事かとガイは表情をこわばらせ、声のする方へ駆けだそうとしたのだが、その前に「いやあああああ‼ キノコ――‼」という声を聞いてぴたりと止まる。


「……おい」

「どうやら城の中にも胞子が飛んだらしいですね。ただこのキノコは食用に向かないので、増えても全然嬉しくないのですけど。胞子が飛んだらすぐに生えてくるとっても成長の早いキノコなのに、食べても美味しくないなんて……残念です」

「何呑気なことを言っているのだ! さっさとどうにかしろ!」


 毒キノコでも平然と食べるドウェインが「美味しくない」というくらいだからよほどなのだと思うが、今は味の話をしているのではないのだ。


「大丈夫ですよ。魔術で成長を促進させない限り、大きくなっても十センチ程度ですし」

「大きくならなければいいという問題か⁉」

「壁や床からキノコが生えているなんて、可愛くていいじゃないですか」

「可愛いものか‼ キノコを生やすならそなたの頭の中だけにしろ!」


 ガイは頭をかきむしる。


(もう嫌だ! アレクシア、早く戻ってくるのだ! こやつの相手は疲れる‼)


 今すぐ「お留守番」とやらを放棄してアレクシアを追いかけたくなってきた。

 ガイが会話を諦めて嘆いていると、血相を変えたマーシアとデイヴが裏庭にかけてきて、巨大キノコを見上げて悲鳴を上げる。


「なんですかこれは!」

「ドウェイン様、キノコ栽培はあのキノコの家の中だけにしてくださいとあれほど注意したはずですが⁉」


 息ぴったりの夫婦は、同じように眉を吊り上げてドウェインに詰め寄ったが、基本的にキノコ以外に興味を示さないドウェインはどこ吹く風だ。


「放っておくと胞子を飛ばして増えるので、増えるのが嫌なら早く回収して燃やしたほうがいいですよ」

「なんてこと!」


 マーシアは叫び、デイヴを連れて城へ駆け戻る。

 今から使用人総出で城に生えたキノコを回収して回るのだろう。


(はた迷惑なことこの上ない……)


 ガイは嘆息したが、庭の隅にひょこっと頭を出しているキノコを見つけてひくっと頬を引きつらせた。

 そうだ。城の中に生えているというのだ、庭に生えていないはずがない。


(アレクシアが帰ってきたときに庭一面にキノコが生えていたら卒倒するぞ!)


 そしてガイのお留守番能力を疑われるのだ。それだけは絶対に避けなければ。

 ガイは慌てて庭に生えているキノコを片っ端から燃やしていく。

 まったく、雪の中でも平然と生えてくるなんて、どんな生命力だ。


 ガイが庭を走り回ってキノコを燃やしている間にも、ドウェインは鼻歌を歌いながら巨大キノコに何やら細工をしていた。

 庭中の点検を終えて、ぜーぜーと肩で息をしながら、ガイは扉やら窓やら、果ては翼やらがつきはじめた異様な巨大キノコを見上げて訊ねた。


「それで、そなた、それをどうするつもりだ」


 ドウェインはいい笑顔で答えた。


「これはキノコを探しに行くための乗り物にするんです。コードウェルにはこの時期はあまりキノコが生えていなかったので」

「そなた、ついてくるなと言われただろう!」

「ついてくるなとは言われましたが、よそに行くなとは言われていません。ホークヤードでなければいいのでしょう?」

「ああ言えばこう言う……!」


 ガイは顔を覆って空を仰いだ。


(すまんアレクシア。我にはこやつの相手は無理だ……!)




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