これは魔術具? それとも鍵? 3
次の日は、ホークヤード国王妃クロディーヌ様と、第二王女のルイーズ殿下、第三王女のミシェル殿下とお茶会です。
お約束の時間の少し前にサロンへ向かいますと、すでにクロディーヌ様とルイーズ様、ミシェル様がお待ちくださっていました。
そして、何故かジョエル君までいらっしゃいます。
女性に囲まれて、どことなく居心地が悪そうです。
……はて? 女性だけのお茶会と聞いていたのですけど、予定が変わったのでしょうか?
わたくしの席はジョエル君の隣に用意されていましたので、ご挨拶をして席に着きますと、クロディーヌ様がおっとりと「ごめんなさいね」と頬に手を当てます。
「ミシェルがジョエル様もどうしても、と。驚いたでしょう」
「いえ、お気になさらず」
なるほど、そういうことだったのですね。
見ればミシェル様がうっとりした顔でジョエル君を見つめていらっしゃいます。
……ふふ、モテますね、ジョエル君。もしかしなくても、ミシェル様はジョエル君のことがお好きなのかもしれません。
ジョエル君も、「王」とか「姫」とかにこだわらず、純粋に好きだと思う方と結婚すればいいと思いますよ。……まだ十一歳ですから、ゆっくり時間をかけて、生涯を共にしたい方を探せばいいと思うのです。
ジョエル君は大人になったらわたくしを迎えに来るつもりでいるのかもしれませんが、ジョエル君が大人になってもわたくしはグレアム様の妻をやめるつもりはありませんからね。
どことなく困った様子のジョエル君を微笑ましい気持ちで見ておりましたら、ミシェル様がずいっと身を乗り出されました。
「ジョエル様から、アレクシア様は『火竜の一族』の姫だと聞きましたわ。ジョエル様は王なので姫を娶るのだと。でもアレクシア様はグレアム様のお妃様でいらっしゃいますでしょう? どうなさいますの⁉」
……ええ⁉
まさかの質問に、わたくしは驚いて目をしばたたいてしまいます。
「こ、こらミシェル! 不躾ですよ!」
クロディーヌ様が慌てていらっしゃいます。
ルイーズ様は、本日はバンジャマン様がいらっしゃらないので、先日のパーティーの時のように不機嫌ではいらっしゃいませんでしたが、ミシェル様のご質問を聞いてわたくしをじっと見つめられます。
……うぅ。値踏みされるような視線ですよ。わたくし、もしかしなくても二人の男性を天秤にかけた悪い女みたいに思われているのでしょうか。
対してジョエル君は平然としています。
お茶を一口飲んで、けろりとした顔で言いました。
「姫と王が婚姻を結ぶのは火竜の一族の決まり事だ。例外はない」
……いえいえ、例外作ってくださいよ!
わたくしは急いで首を横に振りました。
「わ、わたくしはすでにグレアム様の妻ですから!」
「私は気にしない」
「気にしてください!」
少なくとも、ミシェル様の前でそれを言ったらダメです! ほら、むっとされていますよ!
「じゃあ、ジョエル様が成人なさったら、アレクシア様はグレアム様と離縁なさいますの? それとも、グレアム様とジョエル様のお二人を夫にいたしますの?」
とんでもないことを訊かれますねミシェル様!
「わ、わたくしは、グレアム様以外の殿方と結婚するつもりはございませんよ……!」
「だったら、ジョエル様の結婚の申し込みに速くお断りしないとダメじゃない」
断りましたよ! 納得してくださらないだけなのです……!
「ミシェル。おやめなさい。そのような失礼なお話をするためにお茶会を開いたのではありません。やめないのであれば退出させますよ」
クロディーヌ様が先ほどよりも低い声でミシェル様を止められます。
ミシェル様は口をとがらせて、渋々と言った様子で「申し訳ありません」と謝罪なさいます。
「お気になさらず。その、わたくしは、ええっと……」
この場で、重ねてジョエル君に向かって「嫁ぎません」と宣言するのは、ジョエル君に対しても失礼な気がします。それに、ジョエル君はわたくしが断ったところで気にしません。一族の王であるジョエル君は、一族のルールに則って行動なさいますもの。
……でも、もう少し大人になったら、ジョエル君もきっと誰かに恋をすると思うのですよ。だからわたくしは、それを気長に待つことにしましょう。
「アレクシア様は、先日アーレ地方に新婚旅行に行かれたんですって?」
クロディーヌ様が気を取り直してように微笑まれて、わたくしとグレアム様のことをお訊ねになりました。
わたくしは助け船にホッとして答えます。
「はい。ゆっくりさせていただきました。アーレ地方はとても美しいところですね」
まあ、いろいろあったにはあったんですけどね。でも、綺麗なところで楽しかったのも本当です。
「そうでしょう? わたくしもたまに陛下と避暑に行くのですけど、この国で一番綺麗なところよ。でもあのグレアム様がご結婚なさったと聞いたときは驚きましたわ。その……、昔のことですけどご結婚なさらないお聞きしましたもの」
「そう……ですね。わたくしとの結婚も、最初は乗り気ではいらっしゃいませんでした」
グレアム様は王弟です。大魔術師と恐れられている国内ではともかく、他国から縁談が舞い込むこともあったのでしょう。ですので、成人なさった後で、「結婚するつもりはない」というようなことを内外に周知なさっていたと聞きます。
わたくしとの結婚は、スカーレット女王陛下のご命令で落とし込まれましたので、拒否できなかったのですけどね。
わたくしがコードウェルに到着して早々のことを思い出しておりますと、クロディーヌ様がきらりと目を輝かせました。
「まあ、その結婚嫌いのグレアム様を、どうやって射止めましたの?」
「射止めると言いますか……」
わたくしの場合は、射止められた方ですよ。
いつの間にかグレアム様のことが大好きになってどうしようもなくなっていたのはわたくしの方なのです。
ですから、結婚式をしようとおっしゃってくださったときは本当に嬉しかったのですよ。
わたくしはちょっと恥ずかしくなって、もじもじしてしまいます。
「その……わたくしの方が、グレアム様のことを好きになってしまったのです」
「まあまあ」
クロディーヌ様、楽しそうですね。
わたくしは顔から火が出そうですよ。
「こんなにお可愛らしいんですもの。グレアム様が心奪われるのも頷けますわね」
……うぅ、もうこのあたりで勘弁してください。
両手で頬を押さえて、部屋の隅で待機してくれているメロディに視線を向けます。ですが、メロディは満足そうに頷いているだけで、助け船は出してくれませんでした。
「仲がよろしいのね……」
ぽつりとつぶやき声が聞こえたので顔を上げると、ルイーズ様のお顔が先ほどよりも険しくなっていました。
……わ、わたくし、何かしてしまったでしょうか? ルイーズ様のご機嫌が悪くなった気がします。
「わたくしも素敵な殿方と結婚したいですわ」
ミシェル様がうっとりとおっしゃいます。そしてちらちらとジョエル君を見ますが、ジョエル君は気づかないふりでやり過ごしています。
クロディーヌ様はくすくすと笑って、娘の恋を見守っていらっしゃいますね。
陛下もジョエル君を狙っていたようですし、加えてクロディーヌ様とご本人のミシェル様まで乗り気とあっては、本格的に縁談が持ち込まれるのは時間の問題でしょうか。
「ミシェル。男は平気で裏切るのよ」
ほんわかしてきた空気が、ルイーズ様の放った一言で凍り付きました。
クロディーヌ様も困惑顔で視線を泳がせます。
ミシェル様も表情をこわばらせて、ルイーズ様を見やりました。
ジョエル君は我関せずです。
おろおろしておりますと、ルイーズ様がまっすぐわたくしを見やります。
「アレクシア様も覚えておくといいわ。グレアム様も男ですもの。いつ裏切られるかわからないわよ」
「……わ、わたくしは、その、グレアム様を信じております」
ルイーズ様のおっしゃるとおり、まったく不安がないわけではありません。ですが、常にそんな不安を抱えていると、グレアム様の一挙手一投足すべてを疑いそうになります。ですので、わたくしは信じたいです。
……ときに不安になることもございますが、そういったときも、グレアム様の腕の中にいれば安心できますから。そうして少しずつ、グレアム様を信じる心を強くしていきたいと思うのです。
それに、もしもの時は、わたくしも戦うつもりでいますよ。みすみす誰かにグレアム様を奪われたくありませんからね!
ですが、わたくしのこの回答は、ルイーズ様をご不快にしてしまったようです。
ルイーズ様は鼻白んで、無言でティーカップに口をつけます。
「えっと、アレクシア様の、その、ネックレスは素敵ね! とってもかわいい鍵の形をしているわ!」
ミシェル様が気を使ってくださったのか、明るい声で話題を変えました。
わたくしの首には、昨日グレアム様からお預かりした、おそらく魔術具かもしれない鍵がぶら下がっております。メロディが紐をつけてくれたのです。
グレアム様からの大切なお預かりものですからね。こうして肌身離さず持っておくのです。
「グレアム様からの贈り物かしら?」
「そのようなものです」
贈り物ではなく預かりものですが、訂正すると昨日の骨董市のお話からしなければいけませんから長くなりますので、わたくしはただ頷いておくことにします。
「魔術具か?」
一人だけ空気の外にいるような顔でお茶とお菓子を楽しんでいたジョエル君が、はじめて興味を示しました。
「そうかもしれませんが、まだグレアム様もわからないとのことです。ジョエル君はわかりますか?」
「いや……私はあまり魔術具には詳しくない。特に古いもののようだからな。ドウェインあたりなら知っていることもあるだろうが」
ドウェインさんですか!
あの方は本当に物知りですからね。人とは違った物差しをもっていらっしゃるので、情報を引き出すまでが大変ですが、まるで頭の中に図書館をお持ちなのかと思うくらいにいろんなことを知っているのです。
……ただ、何かを訊いてもいつの間にか脱線してキノコの話になるので、よほどのことがない限りドウェインさんを頼りにはしませんけどね。
「本物の金かしら?」
「それほど重たくないので、違う気もしますけど……」
わたくしは首から鍵を外してクロディーヌ様にお見せします。
「この中央の石はエメラルド?」
「いえ、たぶん風の魔石だと思います」
「つまり、魔力を通せば光るのね」
ミシェル様が身を乗り出しました。
クロディーヌ様もミシェル様もルイーズ様も、魔術を使えるほどの魔力はお持ちでないので、魔石に魔力を通すことはできません。
「魔石が光るととっても綺麗よね。見てみたいですわ!」
ミシェル様が無邪気な顔でおねだりなさいます。
「この鍵は魔術具かもしれないのです。ですので、魔力を通すとどうなるかわかりませんので、不用意に魔力を通さないように言われています」
「そうだな。小さなものだからそれほど危険ではないと思うが、魔力を通すなら準備をしてからの方がいい」
ジョエル君も頷きました。
ミシェル様はつまらなさそうに口をとがらせます。
すると、ルイーズ様がニッと口端を持ち上げました。
「少しだけならいいのではなくて? 何か起こっても、ここには火竜の一族の王がいらっしゃるのですもの。たいていのことはどうにでもできるでしょう?」
「ルイーズ、それは……」
クロディーヌ様がお止めしようとしましたが、ルイーズ様はツンと顎をそらします。
クロディーヌ様はルイーズ様の実のお母様ではございませんので、いろいろ難しい関係なのでしょうか。あまり強く言えないようです。
……ど、どうしましょう。ここでお断りしたら、ルイーズ様がさらに不機嫌になられるのでしょうか。
わたくしのせいで、ホークヤード国の王族の方々との関係が悪化するのはまずいです。
かといって、グレアム様の言いつけもあります。
ジョエル君も首を横に振っていますし、ダメだと思うのです。
「魔術具が発動しないくらいの少しの魔力にすればいいじゃない」
「お姉様、アレクシア様が困っていらっしゃるわ」
見かねてミシェル様が止めようとなさいますが、ルイーズ様はひと睨みでミシェル様を黙らせました。
……これは、どうしようもない雰囲気なのでしょうか。
グレアム様に確認するのがいいと思うのですが、グレアム様は本日、ガイ殿下と一緒に魔術具を見に行っているのです。
「ジョエル君。これが魔術具だとして、発動しないくらいの魔力量がどのくらいかわかりますか?」
「……やめておいた方がいいと思うが、仕方がなさそうだな」
ジョエル君は鍵をじっと見つめて、ティースプーンで紅茶をほんの少しだけすくいました。
「魔力量は伝えにくいんだが、このくらいだと言えばわかるか? 石がほんの少しだけ光るくらいの量だ。そのくらいなら、万が一動いたとしても完全には発動しないだろう」
「そのくらいですね。わかりました」
古代の魔術具で正常に動作するものは今のところ見つかっていないと言いますから、魔術具であっても壊れていて動かない可能性の方が高いですが、用心するに越したことはありません。
「ごめんなさいね、アレクシア様」
「いえ、大丈夫ですよ」
申し訳なさそうなクロディーヌ様に微笑んで、わたくしは鍵の持ち手についている風の魔石に、ゆっくりと魔力を流しました。
――そのときでした。
ぱあっと目の前が輝いたと思った瞬間、わたくしは、ホークヤード国のお城とは別のどこかに飛ばされてしまったのです。
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