ホークヤード国に参ります 2

 ドウェインさんをおいて行くことに成功したわたくしたちは、鳥車に乗ってホークヤード国へ飛び立ちました。

 グレアム様は、出発前にドウェインさんから魔術具の構造を聞き出せなかったのが残念でならないようです。めちゃくちゃ後ろ髪をひかれています。


 ……思うんですが、ドウェインさんも大概ですが、グレアム様も魔術具と魔石が絡むと、ドウェインさんに通ずるところがありますよね。言えばショックを受けそうなのでもちろん言いませんけど、珍しい魔石や新しい魔術具が絡むと目の色が変わりますもの。


「グレアム様、魔術具は逃げませんよ」

「あ、ああ……そうだな」


 鳥車の中、わたくしがそっと手を握りますと、グレアム様はようやく窓から外を見るのをやめてくださいました。

 対面に座っているメロディはすっかりあきれ顔です。オルグさんは苦笑していらっしゃいます。

 メロディはわたくしの侍女役、オルグさんは護衛で同行です。


 メロディの負担が大きいので、わたくし専属の侍女さんを雇った方がいいでしょうかとお訊ねしたところ、メロディにもグレアム様にも渋い顔をされました。

 コードウェルのお城には、メロディ、マーシア、デイヴさんのほかに人間の使用人の方はいませんし、かといって獣人さんでは勝手が違うところもあるので、大勢のメイドの一人ならばいざ知らず、たった一人の専属の侍女は難しいかもしれないとのことです。

 その……、今ではそれなりに丈夫になったと思うのですが、グレアム様やメロディに言わせれば、わたくしは体調を崩しやすいのだそうですよ。

 そしてわたくし自身が体調を崩していることに気づかないので、些細な表情の変化から体調を読み取らないといけないそうで……基本的に人間よりも丈夫な方が多い獣人さんでは、そのあたりの機微がわかりにくいのだそうです。


 ……でも、メロディは本来、わたくしの専属ではありませんからね。お忙しいのに、わたくしの都合で振り回すのはいけないと思うのですよ。


 メロディはメイド頭であるマーシアともども、お城の使用人の方々の采配を取っています。

 最近はずっとわたくしにつきっきりですが、手が空いているときにお城のお仕事をしていることをわたくしは知っているのですよ。そのうち過労で倒れてしまうかもしれません。


「ほら、グレアム様。ホークヤード国のお城には、空気を冷やす魔術具が置かれているのでしょう? それを見たいとおっしゃっていたじゃないですか」

「ああもちろんだ」


 魔術具の話をすると、グレアム様は楽しそうに笑いました。

 ホークヤードは暖かい国で、特に夏は暑さが厳しいのだそうです。

 そのため、お城には数年前に開発された、空気を冷やす魔術具が取り付けられています。

 グレアム様曰く、こちらも高度な技術が使われているそうです。空気を循環させるだけではなく冷やす効果も付与されているので、風と水の両方の魔石が使われているのだとか。

 グレアム様も複数の魔石を使った魔術具を作られたことはあるそうですが、何度も実験と失敗を繰り返して、たくさんの魔石を無駄にしながらになるので、お金と根気と時間がものすごくかかるのです。


 ……効率化を考えて、混沌茸から複属性の魔石が得られないかどうか実験中ですからね。そのせいでドウェインさんの混沌茸栽培を許可しちゃいましたほどですから。複数の属性を持つ魔術具の制作は、グレアム様の探求心と好奇心を限りなくくすぐるのです。


 ドウェインさんがキノコオタクでなければ、きっと楽しく魔術具開発ができたんでしょうけどね。あの方はキノコが絡まなければ面倒くさがってあの優秀さを発揮してくれませんので、お誘いしたところでお断りされるのが関の山なのですよ。


 ……キノコで釣れば動いてくれると思うんですけどね。こんなことを言えばグレアム様が本気で考えそうなので言いません。お城が毒キノコで占拠されたら大変ですもの。


 グレアム様が、ホークヤード国の空気を冷やす魔術具がいかに優れているのかを、熱心に語られています。

 メロディは端から聞く気がないようで、さっそく寝たふりをはじめました。

 わたくしも、説明されても半分も理解できませんでしたが……わたくしは、グレアム様の妻ですから! グレアム様が楽しそうにお話ししているのを見るだけで嬉しいです。


「空気を冷やす魔術はどうするんですか?」

「ああ、そうだな。まずそこから説明した方がわかりやすいか」


 そう言って、グレアム様が説明しながら鳥車の中で魔術を発動します。

 途端に、鳥車の中がひんやりと、まるで氷室のように寒くなりました。


「ちょ! 旦那様! わたしたちを凍死させるつもりですか⁉」


 寝たふりをしていたメロディがたまらず叫びました。


「少しの間だ、我慢しろ」

「我慢できませんよ!」


 暑がりなオルグさんは意外と平気そうですが、メロディ同様、わたくしも凍えそうです。


「グレアム様、なんとなくわかりましたから、もう大丈夫ですよ」


 このままではそのうち天井から氷柱が伸びてきそうです。

 水の魔術で空気を冷やす方法は理解できましたから、ここではないどこかでこっそり練習すれば使えるようになるでしょう。それほど難しい魔術ではないようですし。


「そうか?」


 グレアム様は空気を冷やす魔術の発動をとめると、すぐに火の魔術で鳥車の中を温めてくださいました。

 グレアム様曰く、ホークヤード国の空気を冷やす魔術は、先ほどの水の魔術のように空気を冷やした後で風の魔術で循環させているものだそうです。


「つまり、グレアム様がお作りになった、空気を循環させる魔術具と、先ほどの空気を冷やす魔術が合わさったものなのですね」

「そういうことだ。ホークヤード国の魔術具を応用すれば、空気を冷やすのではなく温める魔術具が作れる。コードウェルの城に取り付ければ、暖炉を焚かなくていいから便利になるだろう?」

「確かにそうですね!」


 コードウェルのお城は、暖炉で温められた空気を、空気を循環させる魔術具で城内に回しています。でも、グレアム様のおっしゃる魔術具が完成したら暖炉に火を焚く必要がなくなるのです。


「別に二つの効果を一緒にしなくても、空気を温めるだけの魔術具を作ればいいじゃないですか。すでに循環させる魔術具はあるんですから。ただ旦那様が作りたいだけでしょう?」

「メロディは黙っていろ」


 グレアム様、図星だったんですね。

 ま、まあ、グレアム様のおっしゃる魔術具が完成したら、コードウェルのお城だけではなくほかのところでも活用できますからいいではないですか。

 ここのところ外出続きでグレアム様の魔術具研究が滞っているようですし、ホークヤード国王が許してくださるのであれば、思う存分魔術具を調べればいいと思いますよ。




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