ホークヤード国に参ります 1

 さかのぼること一週間前のことでございます。


「どうしてそんな意地悪を言うんですか! 私もついて行きます! ハイリンヒ山の火山の噴火問題は、私も尽力したじゃないですか‼」


 ホークヤード国王にお招きを受けたグレアム様とわたくしが、鳥車に荷物を詰めておりますと、コードウェルのお城の前でドウェインさんがぎゃーぎゃーと大騒ぎをはじめました。

 ダメって言ったのに、この方はなかなか諦めません。

 コードウェルではすっかり冬の装いでも、南のホークヤード国では秋でございます。ドウェインさんいわく、「キノコの季節」なのだそうです。一年で一番キノコが大量発生する時期なのだとか。


「わたくしたちは王都にお招きいただいたのであって、キノコ狩りをするために向かうのではありませんよ」

「そんなことわかっていますよ!」


 嘘です。絶対嘘です。だってキノコのためについて行きたいと言ったのです。ドウェインさんの頭の中にはキノコしか詰まっていません。


「……ホークヤード国のお城の中で、キノコには一切かかわらず、おとなしくしていると誓えますか?」

「無理です」


 即答ですよ!

 ダメです。やっぱり連れていけません!


「ドウェイン、いい加減にしろ」


 ここ数日、ずーっとギャーギャー言い続けているドウェインさんに、グレアム様はげっそりしていらっしゃいます。


 ……今度ばかりは、魔石でもグレアム様はつられませんでしたからね。思惑が外れて、ドウェインさんも必死なのです。


 わたくしとしては、何かあるたびに魔石でグレアム様を釣るのはやめていただきたいところですが……。グレアム様、貴重な魔石を目の前に出されるとすぐに釣られますし。でも、さすがに今度ばかりはドウェインさんがホークヤード国の王族の方々に失礼を働くのではないかという危機意識の方が勝っていたみたいですね。


「この季節は、王都周辺の山に、この季節しか採れない貴重なキノコが生えるんですよ!」


 貴重な「毒キノコ」がですよね。

 いえね、わたくしもドウェインさんが普通のキノコを採るのならばまだここまで反対はしませんよ。問題は、ドウェインさんが毒キノコを好む点にあるんです。


 ……ホークヤード国の王族の皆様の前で、毒キノコを食べて笑い転げたり痙攣したり泣き出したり踊りだしたり……という奇行を繰り広げられたら大変ですもの。ましてや、王城の部屋でキノコ栽培なんてはじめられては卒倒ものですよ。お礼で招かれたのに、こちらが頭を下げて回らなくてはならなくなります。ホークヤード国の王城のお部屋で「ぐげげげげげげ」という混沌茸の声が響きはじめたらと思うと……カオスです‼


 わたくしたちと同じくお招きを受けているジョエル君からも、「絶対にドウェインだけは連れてくるな!」というお手紙が届きましたし。


「ドウェイン、我も今回は留守番なのだ。我慢しろ」


 ガイ様は本当に大人ですね。さすが火竜様です。

 それにしても、外見五歳児のガイ様に諭される二十五歳のドウェインさんっていったい……。

 ガイ様はお行儀のいい方ですので、ドウェインさんと違って問題も起こしませんし、お連れしてもよかったのです。

 ですが、グレアム様とジョエル君が相談した結果、ガイ様を王族に会わせるのは危険だろうと判断されました。


 ガイ様が火竜様だと言うのは内緒ですからね。

 何かの拍子でばれてしまうと、大騒ぎになってしまいます。

 それどころか、各国が目の色を変えてガイ様を狙いはじめるかもしれません。

 ガイ様にお世話係に任じられたわたくしにも危険が迫るかもしれないとかで、グレアム様は念には念をと、ガイ様のお留守番を決めました。


 ……一緒に行くとおっしゃると思ったのですけど、ガイ様は長きを生きる火竜様ですので、人間社会の面倒くささはよくご存じのようです。何かにつけて「人の理は感知しない」と意味不明なことを言うドウェインさんとは大違いですよ。言っておきますけどドウェインさんも人間ですからね。


「火竜様、キノコが私を呼んでいるんです‼」

「そんなわけあるか。お前の勘違いであろう」


 ガイ様、もっと言ってやってください!

 しかし、何とかしてドウェインさんを諦めさせないと大変ですよ。

 この方、キノコを除けば優秀なのです。こちらがダメだと言っても自力でついてきてしまいます。


「ドウェインさん、栽培しているサンゴを放置できないでしょう?」

「水を自動で循環させ、光を自動管理させる魔術具を開発したので数か月くらいなら放置しても問題ありません」


 ……本当にこの優秀さが憎たらしいですよ。


「水の循環と光を調整する魔術具だと?」


 ……あー、グレアム様が食いついちゃいました。


 グレアム様は魔術具研究が大好きです。新しい魔術具の存在を知って、無視できるはずがありません。


 ……でもグレアム様、水と光を自動で管理する魔術具なんて、ほかにどこで使うのですか? ドウェインさんのようにサンゴを育てているわけでもありませんし、コードウェルでお魚さんを育てているところもありませんよ?


 しかし、この疑問を口にするのはナンセンスです。だって、利用できる場所があるとかないとか、研究者であるグレアム様には関係ないのです。新しい魔術具を作りたい。新しい魔術具の構造が知りたい。この点が重要なのです。使える使えないは後回しなのですよ。


 わたくしはなんて無駄な魔術具を作ったんでしょうかと思いましたが、研究者目線では違うようですね。

 ドウェインさんの作った魔術具は一つの魔術具で水を循環させて光を管理するそうで、水と風と光と火という、四つの魔石を組み合わせたものらしいです。

 複属性の魔石を組み合わせて魔術具を作るのは、とってもとってもとーっても難しいのだそうですよ。

 それを四つも組み合わせたのですから……危険です。グレアム様が魔術具の構造と引き換えにドウェインさんを連れていく未来が見えます。先手必勝で何とかしなくては!


 わたくし同様、メロディも同じ危険を察知した模様。

 さっとデイヴさんとマーシアに目配せしています。


 ……わかっていますよ、皆様。わたくしだって、コードウェルでドウェインさんに問題を起こされたくありません。


「ドウェインさん、お留守番をお約束してくださるのならば、コードウェルの領内でしたら好きにキノコ狩りをしてくださって構いません!」

「本当ですか⁉」


 食いつきました。わたくし、やりましたよ!

 コードウェルはすでに雪がちらついている冬の季節です。それほどキノコが生えているとも思えません。けれど、キノコオタクさんには関係ないのです。ドウェインさんは未知なるキノコへの探求心が人の数百倍、いえ、数万倍も勝っている方ですからね。知らないキノコを求めて、嬉々としてあちこちを徘徊することでしょう。


 ……ドウェインさんが城にいない方が、デイヴさんたちの心の平穏にもつながります。


 わたくしはホッと胸をなでおろして、それから一番大事なことを言い忘れていたことを思い出しますと、慌てて付け加えました。


「『混沌茸』をドウェインさんのキノコハウスの外に出すのは禁止ですからね‼」


 帰ってきたら「ぐげげげげげ」の大合唱という、悪夢のような状況は二度とご免です‼




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