竜の巫女と言われても困ります!
プロローグ
……いったいどうして、こんなことになったのか。
わたくしは、どこまでも続く黄金色の砂と、それから目が痛くなるほどの青空を眺めて茫然としました。
無数の丘と谷を形成しながら広がる砂漠地帯。
わたくしの眼前には、オアシスを中心に整えられた大きな町が広がっていました。
ここは、クウィスロフト国からはるか南に位置する、大陸最南端のバラボア国の王都です。
国土の六割以上を砂漠が占めているバラボア国は、このようにオアシスを利用して作られた町がいくつもあるそうで、そのうち一番大きな町がこの王都だとか。
そして、わたくしがどうしてここにいるのかと申しますと……正直、わたくし自身にもよくわかっておりません。
わたくし、ホークヤード国にいたはずなのですよ。
アーレ地方で新婚旅行を楽しんだのち、クウィスロフト国のコードウェルに帰還したわたくしたちでしたが、それほど間を置かずしてホークヤード国へ戻ることになりました。
と言いますのも、ホークヤード国の国王陛下からお招き預かったのです。
ハイリンヒ山の噴火を止めたお礼がしたいとかで、わたくしとグレアム様、火竜の一族からはジョエル君がご招待されたのでございます。
火竜のガイ様もついて行きたいとおっしゃいましたが、ガイ様の存在は秘密にしておりますので、今回はお留守番をしていただきました。
ドウェインさん?
もちろん彼もお留守番です。
キノコに夢中になって陛下以下ホークヤード国の王族の皆々様に多大なるご迷惑をおかけしそうな気がいたしましたので、王都でキノコを探したいだとかわけのわからないことを言って大騒ぎしておりましたが、心を鬼にしてお留守番をさせました。
……お留守番してくれるならコードウェルでキノコを探すという交換条件が付きましたが。コードウェルではすっかり冬の装いでしたから、探してもほとんど見つからないとは思うのですけど。
デイヴさんやバーグソン様にご迷惑をかけたらいけませんよと注意しておいたのですけど、果たしてどうなっていることか……。
おっと、いけません。
目の前の状況に脳が拒否反応を起こして、どうでもいい回想をはじめてしまいましたよ。
そうなのです。
わたくし、つい昨日まではホークヤード国にいたのです。
それなのに、翌朝にはバラボア国の王都の、横に長い城から、青緑色に輝く美しいオアシスと、その周囲に広がる町並みをぼんやりと見下ろしているのでございます。
バラボア国の文化なのか、窓には窓ガラスも何もはめ込まれておりません。
カーテンすらございませんでした。
朝だというのに外はものすごく暑そうですが、このお城は分厚い岩を積み上げて作られているからなのか、意外と涼しいです。
わたくしはそのお城の中の客室に押し込められておりますが、部屋の中もとても広くて、過ごしやすいにはすごしやすいのですよ。
部屋続きの、いったい何人用ですかと聞きたくなるほど広いバスルームには、いつでも水浴びができるように水も用意してくださっています。
……ここはお風呂ではなく水浴び文化みたいですね。
って、いけません。現実逃避しようと脳が今の状況を理解することを放棄してしまいます。
窓の側にいると、外からの温かくて乾いた風が多少の砂とともに入り込んでくるので、わたくしは逃亡策を練るのを諦めて部屋の中央のソファに移動します。
ソファの前のローテーブルの上には、みずみずしい果物が山のように置かれていました。
「……はあ。どうしましょう」
いきなりここに連れてこられたわたくしは、どうしてここに連れてこられたのか、説明を受けておりません。
と言いますか、言葉が通じないので、何を言われても理解できないのでございます。
わたくしにバラボア国の言葉が通じないと判断されると、問答無用でこの部屋に押し込められ今に至るのですよ。
……お腹がすきました。この果物は、食べていいよってことだと思うのですけど、でも、あとから怒られるのは嫌ですので我慢です。
なんのこれしき。グレアム様に嫁ぐ前は、一日二日食事が得られないことも多々ありましたから、空腹を我慢するのは慣れているのですよ。慣れていてもつらいですけどね。
「グレアム様、心配してくださっていますよね……」
今頃、ホークヤード国では大騒ぎになっているかもしれません。
グレアム様が激怒して、ホークヤード国の王女殿下をお叱りになっていないといいのですけど。
わたくしは、テーブルの上の、空っぽの金杯を確認します。
最初は装飾品かと思いましたが、同じく金で作られている水差しと一緒に置かれているということは、コップとして使っていいということでしょう。
わたくしは少し考えて、水差しの水ではなく、魔術で水を生み出して金杯を満たします。
言葉が通じない場所で、連れてこられた理由もわからないのです。この状況では、出された水は飲まない方がいいと思います。
金で作られているせいか、金杯はとっても重いです。
両手で抱えもって、わたくしはやっとのことで水を口に運びます。
……コップを金で作る必要はないと思うんですけどね、わたくし。使いにくいですし。
水を飲み終え、どうにかしてグレアム様に連絡を取る方法はないかしらと考えておりますと、廊下につながる部屋の扉が叩かれました。
返事をすると、艶やかな黒髪の、わたくしとさほど変わらないくらいの年齢の女性が入ってこられます。
バルボア国の衣装なのでしょうか。
白い布を巻き付けてベルトで止めただけの、薄くてなんとも心もとない衣装をお召しです。ですが、こうも暑い気候ですと、このくらい薄い服でないとダメなのでしょう。少なくとも、今わたくしが身に着けているような、幾重にも布を重ねたドレスでは暑すぎます。
「あのぅ……」
話しかけようとして、わたくしはハッとします。
ここの方々には、言葉が通じなかったのです。困りました。
どうしましょうと眉尻を下げていると、女性がわたくしの前までやって来て、そして、なんと目の前にひれ伏してしまいました。
……え? え? ええっと……?
これは一体どうしたことでしょう。
わたくしの戸惑いが最高潮になります。
おろおろしていると、彼女は小さく顔を上げ、まるで神でも降臨したかのような恍惚な表情を浮かべて言いました。
「『竜の巫女』! お待ち申し上げておりました……!」
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